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 長期休暇に入る直前、絶対に風紀のそばを離れないようにと念を押された棗は課題以外にやることもないので、おとなしくあてがわれた風紀委員と行動をともにしていた。ふだんならばわざわざひとをひとりつけて護衛するなんてことはしないようなのだが、棗は要注意人物であるため例外的な措置をとられたらしい。確かに、蓮二と雷貴がいないこのときを狙われたらひとたまりもない――と、常人ならば考えるだろう。
 雑魚はどれだけ集まっても結局雑魚だ。無傷でやり過ごすのが難しかったとしても、自分ならばうまく切り抜けられるという自負があるが、実力を披露する機会はもうしばらくないようなので、その言葉は喉の奥にしまった。
 護衛についてくれることになったおとこは、同じ二年生の椿原真澄(つばきはらますみ)といった。基本的に彼は横に並ぶことなく、一歩さがって棗の視界に入らないよう努め、なるべくいつも通りの日々を過ごせるように気を遣ってくれている。だが、それでも四六時中ふたり一緒という事実はひっくり返らないわけで。なんだかんだ、暇を弄んでいる際には会話を交わす程度には距離が縮まっていた。
 夏休み中の食堂はひとがまばらで、メニューの数もぐっと減る。――が、料理のできない棗はここに通うしかなかった。真澄は飯のたびにどこかに連絡を入れ、なにかしらの確認をとり、棗を食堂まで送ってくれる。おそらく、生徒会のやつらと鉢合わせしないように手を打ってくれているのだろう。気づかなかっただけで、あの騒動があってからずっと、彼らは陰ながら自分を守ってくれていたのかもしれないと、今さらながらその結論に至った。
 わかれて座るのもめんどうなので向かい側に座るよう視線で促せば、棗が着席した椅子の真ん前に真澄も腰をおちつける。
「風紀って、夏休みも忙しそうだな」
 今のところ大きな問題は起きていないが、小さな問題の処理は毎日のように飛び込んできていた。学園に残っているというのに姿を見ない生徒会のやつらよりもよっぽど忙しいのでは、と棗がおもってしまうのもむりがないほどだった。
「まあ、ひとがいないのをいいことによからぬことを考える輩がいるからな」
「真澄も帰省したほうが楽だったんじゃないのか?」
「帰るか風紀の仕事をやるか天秤にかけて、後者を選んだのはおれだ。文句を言うつもりはないよ」
「ふうん」
「それに、夏休みは副委員長が帰省するから、委員長と接する機会がほんのすこしだけど増えるし」
 この前対応してくれた彼が副委員長だったということは、のちに知った。そして、委員長はといえば。
「委員長、一回も見たことないんだけど」
 何度も風紀室に訪れているのにまったく顔を合わせることがない。ほんとうに存在してるのかと、疑いたくなるほどに。
「委員長室にこもってるから。なまじなんでも揃ってるせいで、あそこから一歩も出ようとしないんだよな。でも、風紀委員のスカウトは委員長がするもんだからさ。自分の能力を認めてくれてるひとをきらいに、無関心に、なることはできない」
 わかるよ、と心の中で呟く。
 だれかを認めるということは簡単ではない。だからこそ、認められたときにはうれしくなる。しかし、話を聞いていた棗の頭にはふと疑問が浮かびあがった。
「委員長って人気なくてもなれるものなの?」
 生徒会は人気者の集まりだと聞いた。ならば、風紀のトップも同じではないのかと。それは外からきた棗にとっては至極まっとうな疑問だった。
「風紀委員長は指名制なんだ。生徒会とは違って実力主義の集団だから。今の委員長、背が高くて威圧感がある割に髪がぼさぼさで目が隠れるくらい前髪が長くてぱっとしない印象だし、初めはみんなだいじょうぶかな、って心配してたけど、杞憂だった。今の委員長になってから、風紀の活動の効率が格段によくなったんだ。風紀委員長が必ずしもけんかに強くなければいけないってことはないんだよな」
 現在のメンバーが好きなのか、誇りを持っているのか、風紀のことを語るときの真澄はとくべつ饒舌になる。
 風紀委員長は絶大な人気を獲得しているわけではないのに、生徒たちからの信頼をそれなりに得ているようだった。実績があるのだろう。面白い人物だ、とすこしだけ興味が湧く。それでも、自ら近づこうとはおもわなかった。まだ、閉ざされた世界の中にいたい。どうせ近いうちにここから飛び出さなければいけなくなるのだ。それをするのはできれば、王が隣にいる瞬間がよかった。


 長期休暇中くらいあいつらもおとなしくしているだろうという予想は見事に外れ、むしろ今が好機だと言わんばかりに役員たちは棗とかち合おうとしていた。
 そばには常に真澄がいるものの、それでも様々なところで様々な人間の鬱憤がたまっていたようだ。ついに、大々的な制裁が計画されることになったらしいという報告を、他人事のように聞いていた。
「……高宮。これは、おまえのための話なんだけど」
「わかってる。けど、今まで通りの生活続ける以外に、おれにできることってあるのか?」
 ぐ、と言葉につまったおとこもわかっているのだろう。棗が、現状を打開する術を持たないということを。
「まあ、なるべく気をつけるから。言われた通り、真澄から一時も離れないようにするし」
「……そうしてくれ。とは言っても、おれだけじゃ守りきれない事態に発展する可能性もある。委員長の部屋にある電話の番号を教えておくから、やばくなったらかけて」
 わかった、とうなずいてスマートフォンをとり出す。まあ、登録した番号を使う日はこないだろうなとおもいつつその数字の羅列を見つめた。

――その計画が実行されたのは、それから一週間後のことだった。


 ****


 その日は朝から風紀室で仕事をしていた真澄につきあっていたのだが、ちょっと昼寝がしたいとおもい、昼食を済ませたあとに部屋に戻りたいという旨を伝えてあった。
 昼過ぎ、棗の要望をかなえるために真澄が寮への道のりをたどっていたとき、電話がかかってきた。
「え? ほんとうですか?」
 さっと顔色を変えた彼は、あたりを見渡しながら自分の手をとり先ほどまでいた部屋に逆戻りしようとする。なにかあったのだと察した棗はそれに逆らうことなくついていこうとしたが、前からきた「それ」に対抗すべく、真澄の手を振り払い脚を伸ばした。
「あっ」という声とかしゃんというなにかがおちる音が聞こえたが、かまってはいられない。
「……武器はまずいだろ」
 振りおろされた棒を靴底で受けとめ、黒いマスクを被った体格のいいおとこの顔をもう片方の足で蹴りあげる。ぐっ、と呻いたそいつの敵をとろうとしたのか、三人ほどいた覆面のうちのふたりが襲いかかってきた。

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