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――そうして迎えた、期末テスト。
 配られたプリントにある字を目で追う。すると、前回とは違ってなにを問われているのかがわかるし、それにどう答えればいいのかもわかった。蓮二のおかげだ、とひっそり感謝する。
ペンはとまらない。紙の上を淀みなくすべっていく。手応えを感じ、わずかに口角があがった。
「棗さんの実力だ」
 テストの結果を報告したら、そう言って蓮二は微笑むだろう。それは確信に満ちた予想というよりは予知に近い感覚だった。
 三日目、テスト最終日、最後の教科。空欄をすべて埋め、見なおしを済ませたところで教師の声が発される。
「――はい、これにてテストは終了です。鉛筆をおいて、答案用紙を裏返してください」
 用紙の回収は、右端から順にされていく。この間に鉛筆を持とうものなら即零点となるため、皆が前を向いておとなしく待っていた。
 紙をすべて手にとり、教壇に戻って世界史担当のおとこが「はい、では解散していいですよ」と微笑めば、クラスの生徒たちははりつめていた緊張の糸を一斉に緩ませ、「やっと終わったー!」「どうだった?」「どうしよう、数学やばい〜」等々、近くにいたやつらと喋り始める。
 棗はすぐそこまでふたりの男子がやってきていることに気づいていたので、鞄を手にして声をかけられる前に顔をあげた。
「よぉ、棗。テストどうだった?」
「今回はたぶん、そこそこいい感じ」
「まあ、めちゃくちゃがんばってたしなあ」
 そんなやりとりを雷貴と交わして、立ちあがる。
「めんどうみてくれてありがとう、蓮二」
「いや。力になれたならよかった」
 礼を告げればふっと蓮二が微笑し、それにやられたファンたちがふらふらっとよろめいていた。大袈裟すぎないか、とおもうもこれがこの学園の生徒たちの正しい反応だ。突っ込んではいけない。
 寮への道のりをたどるあいだ、夏休みの予定を三人で話した。
「おれはしばらく避暑地にいる」
「まあ、おれも似たようなものだな」
 雷貴と蓮二が順にそう言い、棗は? と訊ねてくる。
「おれは……、予定とかないんだけど、この学園って残ったらだめな感じ?」
「やー? 残るやつもそこそこいるぜ。……つうか、棗を寮にひとりにするの、ふつうにやばくね?」
 今さら気づいた、というような反応をする雷貴に、やばい忘れてた、と青ざめる蓮二。
 べつにへいきだとおもうけど、と言いたいがそれを空気がゆるしてくれず、長い沈黙ののちに「……しかたない」と呟かれたその声に首を傾げる。
「風紀に護衛を頼もう」
 初めて聞く風紀という単語に、棗の疑問はますます深まるばかりだった。


 ****


 風紀委員。それは、学園の秩序を守る機関のひとつ。生徒会に次ぐ権力を持ち、メンバーはスカウト制。
 棗は呼び出しを受けても蓮二と雷貴がすぐに駆けつけてくれるし、自分で親衛隊を撃退することも可能だ。そのため世話になったことがなかったし上記のような説明を受けてもぴんとこなかったのだが、風紀は日々見回りをして制裁を抑制し、現場を発見した際には現行犯逮捕をしているらしい。確かに、助けを求めるなら適切な相手だ。
 善は急げと風紀室に向かい始めたものの、ともにいるふたりのおとこの足どりは重い。
「なに、ふたりとも風紀委員苦手なの?」
「おれは苦手……」
「苦手というか……、いや、うん、苦手だな……」
 まあ、蓮二と雷貴は不良であることを主張するような外見をしているわけだから、風紀と仲はよくないのだろう。
「いや、なんてーか、あいつら頭かっちかちなんだよ」
「一緒にいると息がつまる。居心地がわるくなる」
 息の合った意見が順に、リズムよく放たれる。やっぱり仲いいなあとおもいつつ歩き続けていると、重厚な扉と風紀室という字を掲げたプレートが見えてきた。
 ドアの前までくると一旦立ちどまり、深呼吸をするふたりに「そこまで?」と棗は訝しんだが、左右のとってをそれぞれが握り豪快に扉がひらいた瞬間、なんとなく蓮二と雷貴がここにくるのをいやがっていた理由を理解した。
 肌がひりつくような緊張感に満ちた部屋。突然の来訪者に集まる視線。――確かにこれは、長居したくない場所だ。
「芦塚に埜田と……編入生の高宮か。三人揃って風紀になんの用ですか」
 口をひらいたのは、眼鏡をかけ前髪を七三にわけている真面目そうな青年だった。こういうやりとりは蓮二の役目だろうと、棗は雷貴とふたりして口を噤んだ。
「……夏休み中、棗さんの護衛を風紀に頼みたい」
「ああ……、高宮は帰省しないんですね」
 目線がこちらに向いたためこく、とうなずくと、切れ長の目をさらに細めておとこは考えるしぐさをした。
「……学園に残る予定の風紀委員をひとりつけましょう。ただ、彼にも仕事があります。高宮には風紀室に頻繁に出入りしてもらうことになりますが……」
 それでもいいか、と問われる前に「それでもかまわない」と蓮二が言う。
 いや、めんどくさいしもう護衛とかいらなくね? というのが棗の本心だったが、過保護な彼が妥協してくれるはずもない。
 約束をとりつけたならもうここに用はないので、さっさと退散しようと踵を返したところ、頭の後ろにつきささるものがあった。
「…………あの、なにか?」
「……いや。夏休み初日は風紀にきみを迎えにいかせます。ちゃんと、寮にいるように」
「了解しました」
 風紀のおとこにじっと、見られていた。その視線は、学園を騒がせている問題児をしっかり記憶するための行動というにはあまりに熱心だった。しかし、すぐにどうでもよくなってしまい、扉が背後でしまった直後、彼のことを頭から追い出してしまった。
「彼が、高宮棗」
 ぽつり、その人物が独り言を呟いていたなんて、とうぜん知る由もなく。

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