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 新入生歓迎会が終わったあとの、5月の末にやってきた棗はわるい意味で目立っていた。
 二年生の中でも飛び抜けて人気がある蓮二と雷貴のふたりと行動していることもそうだし、ぱっと見た棗の容姿が決して褒められたものではないというのも大きな要因のひとつだった。
 家柄と外見がものをいうこの学園で、自分はとても不利な状況にあるのだとわかってからはや一週間。六月に入り、雨が降る日が増えてきたころのことだ。嫌がらせが始まったのは。
 机に落書きをされたり、教科書を盗まれたり。靴と少々小物を入れることができるロッカーには鍵がついているのでそちらは無事だが、あまりいい状況とは言えなかった。
「副会長のとこの親衛隊が動いたのか?」
「わからない……が、どうします? 捕まえて主犯を吐かせましょうか?」
「べつにいいよ。今日から教科書はちゃんと持ち帰るし。机はまあ……、ゴミとかつめられるようになったら風紀委員とか、美化委員? にどうにかしてもらえばいいんじゃない?」
 さすがです棗さん、と褒めてくる蓮二を小声で「敬語」と咎めれば、彼ははっとしたように「すみ、……わるい」と謝ってきた。雷貴は慣れたのか、そんなやりとりを見ても気にとめない。
 放課後に裏庭へひとりでこいだの、体育館倉庫にこいだの。代わり映えのしない呼び出しを何度も受けたが、もれなく無視している。
 ひとりでいくなんてことを蓮二と雷貴がゆるすはずがなかったし、三人で向かえば話にならないのは目に見えていた。卑怯者だとか、ずるとか言い放ってこちらの倍以上の人数をひきつれて逃げていくのだ、どうせ。そいつらに、多人数でひとりを痛めつけようとするのは卑怯ではないのかと問いかけたい。
 まあしかし、味方がふたりしかいないような状況で逃げ続けることなんて不可能だと棗はわかっていた。だから、蓮二と雷貴が教師に呼び出しを受けて、自分たちが戻ってくるまで教室にいるようにと口を酸っぱくして言われても。
「高宮棗。ちょっと、顔貸してくれる?」
 ――と、小さくて可愛らしい生徒五人からつめ寄られてしまえば、否定できなかった。
 もしも暴れることになるなら、目撃者はなるべくすくないほうがよかったから。


 よく、呼び出しを受ける裏庭につれてこられ、壁を背にした棗を彼らはきれいにとり囲んで口をひらいた。
「呼び出された原因はわかってるよね?」
「……あんまり。どこの親衛隊のひと? 副会長?」
「そうだよ、ぼくらは生徒会副会長、赤松恵都さまの親衛隊の隊員だ。きみがあのおかたの好意を拒んで無礼な態度をとったことはもう知っている。それだけでもじゅうぶん制裁対象になり得るけれど、慈悲深い隊長は今回のことを忠告にとどめると仰った。それなのにきみは、ぼくたちの呼び出しを再三無視して……!」
 いや、あんな高圧的で従う気をなくすような文章を書くほうがわるいだろ。
 頭ではそうおもいつつ、口ではべつの言い訳を紡ぐ。
「はあ、でも、蓮二と雷貴が呼び出しは無視しろ、ひとりになるなってうるさくて。おれがふたりをつれてきたら、あんたたちも困ったんじゃないの?」
 彼らのべったり具合は、外から見てわかっていたのだろう。隊員がうっと息を飲み込んだ。
「だ、だいたい、芦塚さまと埜田さまに馴れ馴れしくして、空気読みなよ! おふたりとも、あんたみたいなきもいやつがそばにいていいかたじゃないんだから!」
「面倒とか迷惑、かけてる自覚はあるけどあのふたりはそれでも離れていかない。それだけの話だ。……ていうか、あんたたちは副会長の隊員なんだろ? ほかのやつとのつきあいのことに、いちいち口出ししないでほしいんだけど」
 生意気! と憤慨し、ひとりの生徒が手を振りあげたが冷静な頭を持っているらしいひとりがそれをとめる。
 今回は忠告だけって言われてるんだから、殴ったらまずいよ、と小声で諭され、その生徒はおちついたようだ。
「とにかく! またあんなことがあったら次は容赦しないから! あと、赤松さま以外の役員の皆さまに近づいても本格的な制裁が始まるんだからね! せいぜい気をつけな!」
「……忠告どうも」
 正当防衛ってどこまでかな、と考えつつ親衛隊が去るのを待つ。そして、ひとりになったところでようやく、バイブレーションがわずらわしくてほとんどサイレント状態にしている携帯をポケットからとり出した。
「うわあ」
 液晶に映るのは、間抜けな声を洩らしてしまうほどおびただしい数の着信。もちろん、すべて蓮二と雷貴からだ。
 このあと部屋で説教くらうんだろうな、と予想しつつ、履歴から電話をかける。
 ワンコールで出たおとこに「今どこだ!?」と大声で叫ばれ、その半分にも満たない声量で「裏庭」と答えた。すると、絶対に動くなよ、と念を押され通話を切られてしまった。それから数分後、息を切らしてやってきたふたりの形相は、まさに鬼のそれだった。


 自室に戻ると、案の定蓮二から小言を言われた。昔のエピソードまで持ち出してくどくど自分の危機感のなさについて語られるのは、なかなかの苦行だ。
 初めは一緒になって怒っていた雷貴も、まだ続くのか? と戸惑い始めたくらいだった。いい加減終わらせようと「お腹すいた……」と呟けば、ぴしりと固まった蓮二が数秒ためらい、はああと大きなため息を吐いた。
「すぐに準備する」
 そう告げてすっと立ちあがり、キッチンに向かうおとこを見送り視線をもとの位置に戻すと、雷貴とそれが合う。
「おまえ……、あいつの扱いめちゃくちゃうまくね?」
「まあ、前にも何回かあったし。こういうこと」
「成長してねえ……」
 ――成長、なんて。するはずがない。王が消えたあの日から、棗の中の時間はとまったままなのだから。
 彼は、どうだろうか。ひとりで、一歩ずつでも前に進めているのだろうか。
 本来ならば自分もそうでなくてはならないのに、寂しさをいだいた。
 今、どうして手を繋ぎ合って、ふたりで歩いていないのか。
 理由は明白だけれど、わかりたくない。脳が理解することを拒んでいる。
 表情を変えることなく悶々しているうちに、飯ができたと蓮二に呼ばれた。
 その日の夕食は、キャベツとベーコンがたっぷり入った、やさしい味つけのパスタだった。


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