6

 

 ****


 朝と同じ轍を踏まないように、昼は寮に戻って簡単なものをつくって食べた。棗は料理にはいっさい手出しも口出しもしていない。食べることができれば出来はどうでもいいからだ。
 チャーハンと卵スープという野菜のないメニューにおもうところがあったのか、蓮二と雷貴は申し訳なさそうにしていたのだが、棗は気にせず黙々とそれを胃につめていった。
「噂、ひろまってたな」
「会長が蓮二のこと気に入ったっていう噂?」
「そう、それ」
 唐突に始まった会話の内容に蓮二が苦虫を噛み潰したような表情になる。
「……まあ、でも棗さんの判断は正しかった。あのまま芦木に唇を奪われてたら会長と副会長、ふたつの親衛隊から目をつけられただろうからな。朝のように、危ないときはいつでもおれを盾にしてくれ」
 芦木ってだれだ、と考えていたのがバレたのか、雷貴が「会長の名前、芦木隼人(あしきはやと)っていうんだよ」と教えてくれた。覚えるつもりがさらさらない棗はへえ、と気のない返事をすることしかできなかった。
 蓮二には申し訳ないがあの状況ではああするしかなかったとおもうし、事実、最悪の結末だけは避けることができた。食堂のキス事件のショックが強すぎたおかげで恵都が棗のことを気に入っているという話はあまりひろがらずに済んだようだ。が、その場にいた恵都の親衛隊は黙っていないだろう。
「蓮二は制裁を受ける心配はないのか?」
「おれの隊もそこそこ大きいし、力づくでどうこうしようとするやつはいないはずだ。おれ自身も、弱いとはおもわれてないだろうから、余計にな」
 かつてtrampにいた際に真っ青に染められていた髪は元の色に戻ってはいたが、両耳に大量についているピアスとひとを寄せつけない雰囲気から蓮二はいかにも不良ですという印象を受ける。背が高く筋肉もしっかりついているので、とても惰弱には見えない。実際、強いので心配はあまり必要ないのだろうな、とおもう。
 それにしたって、テロメアのやつらが蓮二の正体に気がついていないのはなぜなのだろう。抗争の回数は多くなかったとはいえ、顔は何度か合わせている。まさか、覚えていないなんてことがあるのか。
「あのさ、なんで蓮二はあいつらにジャックだってバレてないわけ?」
「……実は、テロメアとの抗争のときに前線に出てたのはクイーンで、おれはあいつらとじかに顔を合わせたことがなかったんだ。だから同じ学園内にいつつも、まったく接点はなかったし、絡まれることもなかった」
 では、クイーンはだいじょうぶだったのか。
 棗がそうおもい至ることを予想していたのか、こちらが訊ねる前に蓮二は補足するように言った。
「クイーンは、棗さんも知っての通り戦闘狂なので、むしろ突っかかってきてくれないかと積極的に正体をバラしてたな。まあ、テロメアのやつらも校内で大きな問題を起こすわけにもいかないのか、さすがにけんかをふっかることはなかったが。……だが、今のクイーンは……」
 言葉を濁したおとこに、彼になにかあったのかと眉を寄せたところ、続けられたそれの内容が意外すぎて棗は珍しく感情をあらわにし、目を見ひらいた。
 ――クイーンは現在、芦木とつきあっている。
 意味が、わからなかった。だって、彼はキングのことがすきだった。自分だけではなく、王に近づく者全員に睨みをきかせ、時には暴行まで加えていた彼が、「あれ」とつきあっているだって?
「こんなこと、憶測で言うべきじゃないのかもしれないが……、あのひとは、『キング』がすきなわけではなかったのかもしれない」
 では、なにがすきだったというのか。まったく見当もつかない棗に反し、雷貴はすぐにとある結論を導き出したらしかった。
「ああ、あれか。一番上に立ってるやつにしか興味ないやつ」
 棗は、その言葉を否定できるほどクイーンのことを知っているわけではない。だから、「それは違うとおもう」なんて軽率な発言はできないし、しても信憑性に欠けるので意味がない。それでも――、心の中でひっそりと呟くことはとめられなかった。
 ほんとうに、そうなんだろうか――、と。




 棗たちが食堂を避けて自室で昼食をとっているころ、生徒会の面々はそこにやってきた。
「編入生、いないじゃん。つまんなーい」
「……なに、棗のこと、気に入ったの?」
「んー、そうだなぁ、わりと? 恵都が邪険に扱われるとかそうそうないじゃん? そう考えるとあの子めっちゃ面白いなって」
 会計の言葉に朝の出来事をおもい出したのか、恵都は綺麗な顔を顰めてさっさと二階の生徒会役員専用のスペースへとあがった。そのあとを、残りの三人がやれやれやれ、といった様子でついていく。
 厳密に決まっているわけではないが、ほぼ定位置となっている場所にそれぞれが座り、馴れた手つきでタッチパネルを操作し注文をしていく。
「まあ、どうせ暇潰しなんだろ」
 隼人がそう口にすれば恵都が図星をつかれたことを隠そうともしない声音で、反論する。
「……本気かもしれないだろ」
 それに「ないわー」と突っ込みを入れたのは会計、佐久間翔(さくましょう)。無口な書記、板鞍克巳(いたくらかつみ)は声こそ発さないものの、翔に同意するかのごとく頷いている。
 恵都がちっ、と行儀わるく舌打ちをすると、隼人が不敵に笑った。
「おれらの獲物はただひとり――、『銀翼』だけだ。あいつ以外の相手は、お遊びでしかねえだろ。そんなん、わかり切ってる」
 ――だれもかれもが、あの銀に囚われてるんだからな。
 テロメアの幹部は皆、とあるひとりの人間に熱をあげている。それは、かつてtrampにいた、ひどく美しいおとこだ。テロメアの面々は蝶のようにひらりひらりと逃げていく銀の少年のことを、『銀翼』と呼んでいた。
 チーム内でひとりのおとこを巡って争うなんてばかげている。しかし、だれも譲ろうとはしなかったし、まずは仲間うちで牽制し合う前に、敵をどうにかしないとなにも始まらなかった。――敵とは、trampのトップ、キングのことだ。遠目から見ても銀翼はキングに一番懐いていたし、彼もまた、見目麗しい少年を溺愛しているようだった。
 ふたりのあいだになんとか入り込む隙を探して、成果のないまま時間ばかりが過ぎ去ったころ、朗報が届いた。――原因不明の、trampの解散。居場所を失ったおとこをなんとしてもテロメアにひき抜くぞと意気込んで銀翼を捜索するも、彼はキングと同様夜の街に姿を現さなくなった。
 銀翼探しは未だに続いている。もうあきらめましょうと下の者には何度も言われたが、どうしてもむりだった。あの強烈な銀色が、瞼の裏にこびりついているのだ。
「絶対に、見つけ出しておれのものにする」
 そう零して瞳に激しい炎をともす隼人に、恵都と翔と克巳の三人は「負けないから」と返す。
 ――彼らはまだ、気づかない。恋焦がれている獲物が、すぐそばまでやってきていることに。


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -