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 翌朝、三人は食堂にいた。自炊をしようと言ったにもかかわらずここにきてしまったのは、雷貴のせいだ。
「わりー……。自分の寝起きの悪さを完全に失念してたわ……」
 ベッドからおとし、布団を剥いでも起きなかったものだから驚きだ。蓮二とふたりで食べてしまってもよかったのたが、なんとなく気がひけ、結局雷貴が覚醒するのを待っていたら朝食を用意している暇がなくなってしまっていたというわけだ。
 棗がトーストとサラダでいいのではないかと提案してみたが、そんなんで腹が膨れるわけねーだろと反対され、慌ただしく支度をした雷貴に先導され食堂にきたというわけである。
 蓮二に雷貴の寝起きの悪さを知らなかったのかと訊ねてみれば、遅めの時間帯にあくびをしながらやってきてはいたが、遅刻しそうなほどぎりぎりに起きてくるということもなかったため、起きようとおもえば起きれるタイプだと勘違いしていたと返された。
「今より三十分はやく起きる癖つけなおさなきゃだなあ……」
 なるほど、決まった時間に起きるよう体に教え込んでいたのか。これは朝はやくに起きなければならない日は大変だろうな、とおもいつつも遅刻をしないように努める雷貴に感心する。棗は起きるのが面倒になったら潔く遅刻するつもりだった。
 やっぱり不良じゃないんじゃ……と雷貴に疑いのまなざしを向けるも、彼は気づかない。
「さっさと注文して食べて教室へ向かおう。まだ多くの生徒が食堂に残っているということは、生徒会のやつらがきてないってことだろう」
「はあ? あいつら授業免除の特権があるからって、遅刻してもいーやとかおもってギリギリまでこないとかずりーわ……」
 会話を交わしながらも馴れた手つきで注文を済ませるふたりに続き、棗もパネルを操作してモーニングセットを頼んだ。
 五分も待てば蓮二と棗の前にプレートがおかれた。蓮二もモーニングセットを注文したようだが、棗のものと比べると量が倍近くなっている。
 重たいものをがっつり食べるのはきついが、量はほしい。そんな生徒にモーニングセット(大)は好評なのだそうだ。
 先に食ってていいぞ、という雷貴の言葉にあまえ、ふたりが食事を始めてから数分後。雷貴が頼んだものがやってきた。
「お、きたきた」
「……………………」
うれしそうに箸を握るおとこを凝視するも、やはり彼は気づかない。ぱちぱちとまばたきを繰り返して蓮二のほうを見れば、これは現実だ、とでもいうように首を横に振られた。
 棗は自身が目にしているものを信じることができなかった。――カルビ丼定食。しかも、肉大盛。雷貴は、そんな重たいものを朝から食べているのだ。
 見ているだけで腹が満たされそうだったが、なんとかプレート上のものを胃におさめ、ふたりが食べ終わるのを待っていたときだ。
 ――きゃああああ!
 と、アイドルの出現に対して歓喜の叫びをあげる女子のような声を、周りの生徒たちがあげた。
 おもわず耳を塞ぐと、雷貴と蓮二が顔を顰めていた。なんなんだ、と後ろを振り返れば、中央の道を堂々と歩くテロメアのメンバーが目に入った。
「棗、あんま見んな。今日は端の席にいっから気づかれにくいはずだし、おとなしくしとけ」
「……ん」
 おとなしく雷貴の忠告に従ったというのに、それを意味のないものにしたのは恵都だった。
「あ、あの頭。たぶんあの子じゃないかな」
 そんなことを言い、先導するおとこに役員たちはおとなしくついていっているようだ。
 ざわめきが、視線が、おのずとこちらへと向く。
 あれ、これまずいんじゃ? と棗が気づいたころにはもう手遅れで、「やあ、棗」と声をかけられてしまっていた。
「…………副会長」
「やだなあ、副会長なんて他人行儀な呼びかた。恵都でいいんだよ?」
 断っても断らなくてもまずそうだということが棗にもわかった。無表情のままどうするか思案していると、ありがたいことにひとりのおとこが言葉を発してくれる。
「これが、おまえが言ってた編入生か? ……なんだ、ただのオタクじゃねえか」
「なにも知らないくせに、棗を貶すのはやめてもらえるかな?」
 庇うような台詞を口にしつつも、その瞳に温度はない。昨日、邪険な扱いをしたことを根に持っているのか、彼はわざわざ棗に迷惑をかけようとしているらしかった。
「棗さん、いつあいつと関わったんだ?」
「きのう、すこし校内を案内してもらっただけ」
 その説明でだいたいの予想がついたのか、蓮二はこっそり眉をひそめた。
「んー、でもさあ、芦塚と埜田とつるんでるってことは……、なかなかこの子、面白いところがあるんじゃない?」
 前髪を可愛らしい花のついたピンでとめている女子のような容貌のおとこがずいっと顔を覗き込んできて、おもわず体をひく。
「っせぇな……。どうでもいいだろ。つーか、生徒会が気安く一般生徒に話しかけてんじゃねーよ」
 波風をたてないようおとなしくしてた雷貴だったがたえ切れなくなったのか、それでも冷静に正論を述べた。しかし、すぐに恵都に痛いところを突かれてしまう。
「それは、きみも同じじゃない? というか、きみのほうがタチがわるいんじゃ? 大きな親衛隊があって、それがぼくたちのところより統率されてないんだから」
「っ! うっせーな、それは今日にでも話つけるつもりなんだよ!」
「ふうん、ま、どうでもいいけど。――ぼくと棗が友人になるのに、きみは口出しする権利はないはずだ」
 ぐ、と押し黙り、雷貴は悔しげに唇を噛んだ。傷になる、とぼんやりそれを見つめていると、「で、」と恵都が続ける。
「友達に、なってくれる? 埜田よりもぼくのほうが家柄も人気も高いし、断る理由はないとおもうんだけど」
 もう、ここまできてしまえば穏便に済ますことはできないだろう。だったら我慢するだけ無駄だ。食堂内の視線が集まる中、棗はすう、と息を吸い込み、告げた。
「――むり。家柄とか人気のことひきあいに出して友達になろうとか言われても、ぜんぜんうれしくないし」
 ぐ、と見ひらかれる役員と雷貴のまなこ。まあこうなるよな、とでも言いたげに苦笑する蓮二。
 申し出を拒まれた恵都は羞恥で赤くなり、なにか言おうとしたが笑い声にそれを遮られてしまった。
「ははっ! おまえ、おもしれーじゃん。――気に入った」
 ぐっと近づいてきたのは、テロメアの総長。おそらくこいつが会長なのだろう。
 今や自分たち以外は一言も発せずにいるこの状況が動いたのは、次の瞬間だった。
 顎を指で持ちあげられ、顔を寄せられ、これはまずいと本能的に感じた棗は――すいっと彼の口づけを避け、生贄として隣にいた蓮二の顔を突き出した。
 重なるふたりの唇。絶叫が響く食堂。
 慌てて蓮二とおとこは離れるも、役員と雷貴は絶句していた。棗だけが平然としていて、「じゃ、授業があるんで」と立ちあがり、歩き出した。それに動揺を隠せないまま雷貴が続き、唇を心底いやそうにこすりながら蓮二もついていった。


 ――この事件は、当然のごとくその日のうちに全校生徒へと知れ渡ったのだった。


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