背徳の恋 | ナノ

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 ふたたびベッドで一眠りし、夕食の時間帯に目を覚ますと今度は高弥からメッセージが届いていた。
『お昼、一緒にどうかとおもって教室を覗いてみたんですけど、先輩が見あたりませんでした。あしたはいますか?』
 慌てて『ごめん、今日体調悪くて休んだんだ。あしたならだいじょうぶ。おれが教室に迎えにいくよ』と返信をし、ため息を吐く。
 まさか、この学園でだれかと交際する日がくるなんておもっていなかった。
 未來は見た目をつくづく裏切る性格をしている。周りからは繊細そうに見えているらしいが、実際はずぼらだし気がきかない。故に、こういった恋人どうしのやりとり的なものは苦手なのだ。
 会いたくなったらてきとうに部屋にいって、話をして、抱き合って。そんなふうに気の向くまま行動してほしいし、そうしたい。でも、いきなりそんなことを言ったら高弥は戸惑ってしまうに違いない。そして、未來は「それって恋人どうしって言えるんですか?」と言われてしまうのだろう。
 やはり、しばらくは自分が我慢するしかないな、という結論に至った。
 腹はすいていたが起きあがるのが億劫で、しばらくベッドに横になったままでいることにする。
 ごろり、寝返りをうちながら考えるのは数日後に控えている朝礼での現役員の引退式と、新役員の紹介のことだ。
 仕事内容を教わり、会長印と温室の鍵を渡され、最後に会長になるためのゲームについて話を聞き、引き継ぎは完了した。
 ――生徒会長になる日が、もうすぐやってくる。
 うれしくはないが、ほっとしていた。これで、父に叱られることはない、と。
 未來の両親は、体面というものをひどく気にする人物であった。未來は上に兄がふたりいるのだが、そのどちらもが有名な進学校に通っていた。しかし、ふたりとも成績は上の中。それは父と母の期待に添うものではなかった。
 そんな中、未來は物心がつく前から勉強や習い事をさんざんさせられた。どの教師も口を揃えて「未來くんはとても優秀な子です」と言うものだから、親は期待した。この子なら、自分たちが求めている結果を出してくれるかもしれない――と。
 小学生にあがるまでに厳しい教育をほどこされ、強制的に受験させられた新緑学園に見事合格した未來は、わずか六歳で家を、親元を離れることとなった。
 同じような境遇にある少年ばかりが集っていたからか、生活に順応するのはさほど難しいことではなく、むしろ厳しい両親から解放されてうれしいとすら感じていた未來はすぐにこの学園のことを自分の家だとおもえるようになった。
 勉強は難しく、ついていくのが大変ではあったが、定期的におこなわれるテストでは常に上位をキープしていたので、彼らも満足してくれているに違いないと、浅はかにも未來はそう考えていたのだ。
 満点の答案を見せてもそれが当然なのだと言って褒めてくれたことなど一度もなかった父と母。彼らに試験の結果を伝えると、兄よりは見込みがあるがまだまだそんな点をとっているようじゃだめだ、と言われた。
 そのとき、未來はふたりの兄がいつも浮かべている、疲れたような表情をおもい出した。彼らは、やさしかった。未來が優秀なぶん罵られる機会が多くなってしまったにもかかわらず。でも、きっとあれは同情だったのだ。これで両親の執着から逃れることができるようになるという安堵と、今度はそれを一身に受けることになる未來への憐情が混ざった、そんなやさしさだった。
 家を出て十年。未來は、一度も家に帰っていない。「勉強がしたい」と言えば、帰らなくてもゆるされた。電話で成績を、テストの点数を伝えるだけ。そうして、ここまできてしまった。
 会長にならなければいけなかったのも、父に命令されたからだった。彼にも、母にも。どうしても、逆らうことができない。小さなころに両親に従順であるようしつけられた記憶に支配されているからなのか、捨てられるのが怖いからなのか、――そのどちらもなのか。未來には、わからない。わからないが、自分はこのままふたりが描いた道を歩んでいくのだろうとおもう。それが、未來に与えれられた義務だからだ。
 柏木家が経営しているのは大きな会社だ。父は「家は未來に継がせる」とずいぶん昔に宣言した。兄たちは、もう社会に出ている年齢のはずだった。今、ふたりは父のもとで働いているのか。それとも、家を出ていったのか。未來はそれすらも、知らない。もう、会っても兄のことに気づけないかもしれないし、あちらも未來のことなどわからないのではないだろうか。
 こんなふうに家のことや家族のことをおもい出すことは、多くない。なにかに揺れているときや、不安なときに、自分の立場を自覚するために勝手に脳が動いているような気がする。
 親は確かに、未來を利用しているのかもしれない。けれど、それは未來だって同じなのだ。彼らを利用して、ここでなにひとつ不自由のない生活を送っている。だから――裏切れない。
 最後に至るのは、結局そこだった。
 未來は両親を裏切ることができない。今さら、兄たちに迷惑をかけることもできない。ここを、未來の唯一の居場所を、奪われたくなかった。
 皮肉なものだ。外の世界から隔離するようにして林の奥に鎮座している檻の中が、未來にとっては一番心休まる、自由な空間なのだから。
 自分がいつか妻を持ち、こどもを授かったら、彼らと同じようなことをその子に強いるのだろうか。強いるよう、強制されるのだろうか。
 いやだな、とおもった。しかし、それを自分は拒否することもないのだろうな、ともおもった。
「……寝よう」
 起きていてもろくなことを考えない頭に嫌気がさし、未來は今日一日ひたすら貪っていた惰眠をもう一度食らうことにした。そして、次に起きたときにご飯を食べ、シャワーを浴び、あしたの支度をしてふだん通りの自分に戻るのだと、強く決意する。
 意識が薄れる直前、未來の心をかき乱すことができるただひとりのおとこの顔が脳裏に浮かび、自身の愚かさに嘆きたくなった。
 ――はやく、塗り変えてしまおう。高弥に抱かれて、あの唇の感触も、掌の温度も、砂糖菓子のようなあまい声音も、ひとつひとつ、忘れていこう。
 そうして、とり返さなければならない。かつて奪われてしまった、自分の心の一部を。



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