背徳の恋 | ナノ

3 




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 朝方、未來が体を清めたあと、入れ替わるようにして駆がシャワーを浴びているあいだに、重たい体をひきずってこっそり自室に戻りベッドに倒れ込むと、未來はそのまま眠ってしまうことにした。
 あらぬところが痛むし、疲労感もひどい。むりをして授業に出ても周りを心配させてしまうだけだろうから、今日はやはり休むしかなさそうだ。
 つい先ほどまで犯されていたため、尻の穴が熱を持ってあまく痺れている。
 脳裏に浮かぶ、高弥の顔。罪悪感をいだくも強烈な睡魔に勝てず、意識がまどろんでいく。
「――……ごめん、」
 ぽつり、おとしたその謝罪は、だれに向けたものだったのか。未來にも、わからなかった。




 しばらく寝たあと、目を覚ますと携帯がちかちかとひかっていた。横についている小さなボタンを押し、ロック画面を見ると時刻は正午を過ぎたところだった。外が明るくなってくるまで体を酷使されたのだ。寝すぎ、ということもないだろう。
 液晶をタップしてアプリをひらき、きていたメッセージを確認する。
『未來、今日休み?』
『おーい』
『駆から聞いたよ〜。具合悪いんだって? ノートとっておくからあした貸すね!』
 それらをわざわざ休み時間のたびに送信してくれていたのは、未來の数すくない友人のひとり、鶴沢飛鳥(つるさわあすか)だった。
 飛鳥は、生徒会の補佐をともにこなしていた仲間なので一緒にいる時間も長く、未來にとって一番仲のいい友達だといっても過言ではない。
『心配かけてごめん。ノートありがとう。あした借りるね』
 そう返信し、スマートフォンを放り、起きあがる。あれだけ激しい運動をしたにもかかわらず朝からなにも食べていないせいか、無性に腹が減っていた。
 リビングを通って使用頻度の低いキッチンに向かい、冷蔵庫の中を確認するも、水とヨーグルトしか入っていなかった。まあなにも食べないよりはましか、とヨーグルトを掴み、スプーンを持ってリビングにあるソファーに座り、ふたを剥いでさっそくそれを口にした。
 生徒会役員は全員がひとり部屋だが、補佐も例外ではない。そもそも、補佐に任命される生徒は次の役員の候補なのだ。故に、そのままその部屋を使うことが多い。
 新緑学園の生徒会役員は、完全指名制だ。選挙というものはない。ただし、指名される人物と人数は生徒会の役員で話し合って決めるものの、役職は毎回会長が独断で決定することができるらしい。この前、現会長からその話を聞かされた。
 役員に指名されるには成績や人柄、ほかにも様々な要素が必要になるのだが、基本的にはテストの順位のトップ十人から選ばれることが多いようだった。今回も例外なく、常に一位の未來、二位の駆、毎度五位以内に入っている飛鳥、そしてあとひとり、梶原籐士郎(かじわらとうしろう)が指名を受けた。辞退することも可能ではあるが、この学園の生徒会は教師よりも発言権があり、ほかにもいろいろな特権が得られる。しかも、この先大学を受験するにしろ就職するにしろ、新緑学園の生徒会所属の経歴があれば有利になるため、断る者はほぼいないのが実状だ。
 役員の采配については、もう決めてある。副会長は駆にしなければならないので、駆以外の指名はできない。会計はこの一年間で生徒会の仕事にだいぶ馴れた飛鳥に任せようとおもっている。そして、一番書類の量がすくなく比較的仕事を覚えやすい書記を、籐士郎にやってもらう。これがベストな選択だろう。まあ正直なところ、優秀な人物しかいないためだれがどの役職についてもうまくやってくれるだろうとはおもっている。
 そんなことをぼうっとヨーグルトを食べながら考えていると、インターホンが鳴った。
 だれだ……?
 訝しみつつ立ちあがり、だれが訪ねてきたのかをちいさなドアホン用のテレビで確認すると、駆と飛鳥の姿が見えた。慌てて玄関へ向かいロックを解除し、扉をあける。
「飛鳥、それに駆まで……。なんで、ここに?」
「駆に、さし入れついでに未來の様子見にいこうって誘われたから、きちゃった。体調どう?」
「あ……、それはだいぶよくなったけど……」
 これ、と渡された袋にはゼリーや果物、そのほかにも空腹を満たせるものが大量に入っていた。
「どうせ冷蔵庫の中からっぽなんだろ」
 駆にばかにするように言われ、反論しようとした未來だったが、事実だったので口を噤むしかない。
「ほんと、ふたりってぜんぜん仲よさげに見えないのに、お互いのことよくわかってるよね。やっぱり、一年間同室だったのが大きいのかな」
 駆と未來がわずかに硬直したことに気づかず、飛鳥は話を続ける。
「絵に描いたような優等生の未來とサボり癖があるくせに常に次席の駆なんて、ケンカばっかして移動願い出しまくって寮長困らせるとおもってたのにさ、うまくやってるんだもん。びっくりしたよ」
「……そういうおしゃべりは今度にしろ。未來も、まだ休みたいだろ」
 あ、ごめんね、と謝ったのち、じゃあまたあした、と手を振って飛鳥は踵を返した。それにすこし遅れ、駆も同様に未來に背を向ける。その広い背中を、じっと見つめてしまう。
 きのう、何度も何度もひっ掻いてしまったそこは、赤い線をひいたような傷だらけになっていることだろう。
 真っ昼間から情事のことをおもい出してしまったふしだらな自分を恥じ、頬を染めていると、心を読んだかのようにおとこが振り返り、「またな」と囁いた。それはとても小さな声だったが、未來の耳にはしっかり届いていた。
 真っ赤になりながら勢いよくドアをしめるも、おおきな音がたたないようにされている扉はふだん通り静かにしまり、未來の鬱憤はまったく晴れないままだった。
 リビングに戻って袋の中身をテーブルに並べていけば、駆が選んだものと飛鳥の選んだものが容易に予想できてしまい、先ほどまでの機嫌の悪さを忘れ、笑ってしまう。
 ゼリーや果物といった病人に対する見舞いの品は、飛鳥が。そして、カツサンドやチキン南蛮、白米などは駆がカゴに放り込んだに違いない。
 未來は儚げな容姿に反して、肉類が大好きなのだ。毎日三食肉でいいと豪語するほどだ。しかし、さすがにそれはまずいとわかっているため、なるべくバランスのいい食事をとるように心がけてはいる。
 駆がそれを知っていながらこのチョイスをしたということは、「こういうときくらい好きなもん食ったらいいだろ」と気を遣ってくれた結果によるものなのだろう。
 カツサンドを手にし、包装を破り、端から食べていく。
「美味しい……」
 ――駆は、やさしい。そんなこと、知っていたのに。知っていたのに――、そのやさしさが痛くて、涙が零れた。
「駆…………」
 未來は、どうしようもなく臆病でいくじなしな自分のことが、心底きらいだとおもった。



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