背徳の恋 | ナノ

1 


 さて、今年はどんなゲームにしようか。
 そうだなあ……、どんな手を使ってでもトップに立とうとする、きたない人間が勝つような、そんな内容にするのはどうだ?
 へえ、いいね。じゃあ、こんなのがいいんじゃない――?
 ……おれはそれでいい。では、手紙と蝋を用意する。


 平和な学園の隅、交わされた会話。それがなにを意味するのか――、「ゲーム」に関わる参加者は、すぐに知ることとなる。
 王座をかけたゲームが今、始まる。






  背徳の恋






 任期を終え、生徒会役員の交代がおこなわれる時期、補佐を務めていた二名と、新たに選ばれた二名が生徒会室に呼ばれた。しかし、待てども役員はやってこない。この状況を不審におもったひとりのおとこが、役員と連絡をとろうとポケットに入れていた携帯電話をとり出したとき、「それ」は生徒会室の重厚な扉の下から滑り込むようにして姿を現した。
「手紙……?」
 ぽつり、おとされた呟きに反応し、ひとりがそれを拾いあげ、確認する。――それは、手紙だった。なにも書かれていない真っ白な白の封筒に、生徒会長のみが使用をゆるされている印が蝋で押してある。よって、これが会長からの手紙であることは明白であった。
 なぜ顔を見せずにわざわざこんなものを――?
 その場にいた四人は同じことをおもったが、とりあえず内容を把握しようと、封を切る。
「……っ!」
「どうした?」
 目を大きく見ひらくおとこが声を発せずにいる中、焦れたほかの三人はその紙を奪うようにして手にし、白い便箋に書かれた文字を覗き込み、息を呑んだ。
「……へえ、おもしれえじゃん」
「!? こんな……っ、こんなことが、ゆるされると!?」
「でも、これは今までずっと続いてきたゲームなんだろ? おれたちの独断で廃止するには、重すぎる問題だ。こんなことが今でもまかり通っているということは、それだけ慎重に事を運んでいたか――、『上』にそれを容認している者がいる、ということだ」
「……やるしかない、か」
 重苦しい雰囲気の中、四人は一様に覚悟を決める。
 ――この手紙を燃やし尽くした瞬間から、ゲームを開始とする。
 手紙に書かれたルールを確認し合ってから、補佐をしていた生徒が棚の中から燭台とマッチを持ってきてテーブルの上においた。
「なんでこんなものが生徒会室にあるんだろうって疑問におもってたけど、こういうことに使うためだったんだね……」
 その声音からは感情が読みとれない。しかし、そのことを気にしていられるほど、余裕がある者はそこにはいなかった。
 マッチをすり、火をつける。
「いくよ」
 皆が頷けば、端から炎に包まれあっという間に一枚の紙は塵となった。
「それでは、今からゲームを始める。異論は……ないな?」
 沈黙、それが肯定の証だった。


『今年入学したただひとりの外部生の心を射とめた者が、次の生徒会長だ』


 ひとりの生徒の心を弄ぶようなそれに、湧く怒りは鎮まらずともゲームに勝たないわけにはいかない。
 未來(みらい)は目を伏せ、ひらき、決意した。
 ゲームになど、させなければいいのだ――。
 そのとき、強い意志のこもった瞳を見つめる人物がいたことに、未來は気づくことができなかった。


 ****


「ああ、やっぱり柏木(かしわぎ)だよなあ」
「…………ゲームにはおれが勝利しました。これで、会長になれるんですよね?」
「おう。噂はここまで届いてる。改めて事実確認をする必要もないだろう。――おめでとう、柏木」
 なにを考えているのかわからないこのひとが、苦手だった。でも、同時に尊敬もしていた。そんなものは、手紙を受けとったあの日にきれいさっぱりなくしてしまったけれど。
 外部生とつきあうことが決まってからすぐに会いにいった生徒会長から手渡されたのは、あの手紙に押されていた蝋の印。薔薇と剣の絵が描かれたそれは、未來が手にしなければならなかったものだ。しかし、それが手中におさまったというのに、これっぽちも満たされることはなかった。
「……柏木、今おれがなにを言ってもおまえはわかってくれないとおもう。けど、言わせてもらう。――しあわせになれよ、絶対に」
「は……」
 想定外すぎることを告げられ、戸惑っているうちに会長の厳かな雰囲気は失われ、引き継ぎの話へと移行してしまったので、結局彼の真意はわからなかった。
 生徒会室を出て寮に戻り、とあるおとこの部屋に向かいながら未來はおもう。
 ――しあわせになれ、だなんて。とんだ陳腐な言葉だ。
 足をとめ、扉の横にあるネームプレートに書かれている名前を確かめ、インターホンを押す。
「……逃げずにきたか」
「……逃げる気なんて、初めからない」
 現れたのは、ふたり部屋の片方の主、波多野駆(はたのかける)。
「そ。……同室のやつには今日は帰ってこないよう言っておいたから、安心しろよ」
「それは、どうも」
 促されるがまま室内に足を踏み入れる。すると、玄関先で唇を奪われた。――これが、すべてを丸くおさめるために動いた未來の、唯一の失敗だった。


 高校からの受験で入るには超がつくほどの難関であるここ、新緑学園に見事合格し、今年門をくぐったただひとりの外部生、川端高弥(かわばたこうや)に近づくことはたやすかった。彼の成績は学年で常に上位であったし、品行も方正で見目もよく、生徒会補佐を任命するのに難しくない人物だったため、補佐の候補に挙がっているということをほのめかし、休み時間に一年生の教室に赴き、ふたりですこし話をした。それから一週間、あいた時間に会って会話をしただけなのに、なぜかこちらから告白する前に告白をされてしまったのだ。
 学年一位を常にキープしている未來に、ずっと憧れていたのだと彼は言った。結果オーライというかなんというか、ほかの役員はやる気がなさそうだったのでそこまで心配はしていなかったものの、呆気なさすぎる結末に拍子抜けしてしまう。
 うれしいよ、ありがとう。じゃあ、つきあおうか。
 そんな返事を返せば顔を真っ赤にして驚愕している高弥に笑みを洩らし、よろしくね、と手を握れば彼はぎこちなく頷いた。
 翌日、だれがどこから嗅ぎつけたのか、外部生と柏木が交際を始めた、という噂が学園中にひろめられていて、ゲームの勝利を確信した未來だったのだが、駆から授業が終わったあと温室にくるよう言われ、いやな予感に体がぶるりと震えた。それでもいかないという選択肢はなく、未來の足は校舎からすこし離れたところにある目的地へと向かっていた。
「駆、」
「未來……」
「……どういうつもり? わざわざ会長からここの鍵まで借りて……」
 美しい草花で彩られた温室は、手入れをしている業者の人間のほかには生徒会長しか入ることをゆるされないとくべつな場所だった。というか、鍵がそのふたりのぶんしかないため、招待でもされない限り温室には何人たりとも侵入することはできないのだ。なのに、駆はどうやって彼を言いくるめたのかはわからないが、ここの鍵を会長から拝借したようだった。
「だれかに聞かれる可能性があるとおまえが困るとおもって、会長に頭さげて借りてきてやったんだよ」
 眉が寄る。その偉そうな物言いにも、話の内容にも。
「……だれかに聞かれたら困る話って、なに」
「外部生のこと」
 ――やはりそれか、とため息をつきたくなった。
「おまえ、このまま卒業まであいつとつきあうつもりなんだろ」
「…………そうだよ。だって、それが一番いいだろ。だれも傷つかなくて済むし」
「だれも傷つかない、ね」
 はっと鼻で笑われ、駆から視線を逸らす。
「……告白を受け入れたのはゲームに勝つためだったってこと、外部生にばらされたくなかったらおれのいうこときけよ」
「な、に……? 駆、なに言ってんの?」
 頭が混乱する。波多野駆というおとこは、こんな人物だっただろうか。自分が本性を知らなかっただけなのか、それとも。
 いくら考えをはり巡らせても解は出てこない。
 一言も発せずに立ち尽くしている未來の態度を肯定ととったのか、駆は話を続ける。
「おれの望みはふたつだけだ。ひとつは副会長になること。そして、もうひとつは――、」
 その唇から零れおちた台詞に、目の前が真っ暗になった。比喩ではなく、ほんとうに。
 やっと。やっと逃げることができたのに。忘れることができるとおもったのに。
 ――おれがおまえの部屋にいくか、おれがおまえを部屋に呼ぶかしたら、抱かれること。
 駆の言葉をどこか遠くに感じつつ、ぎゅ、と制服の袖を握りしめ、なんとか平静を保とうとする。けれど、そんなことは意味をなさなかった。
「どうする? 未來」
 悪魔が耳元でそう囁いてくる。
 未來に、それを拒否する術はない。
「…………わかった。それで、いいよ」
 力なく首を縦に振れば、驚くほど丁寧な手つきでそっと顎を持ちあげ、口づけられる。まるで、誓いのキスのようだなと、ぼんやりおもった。
 数秒にも満たないうちに唇は離れていき、今度は指先がそれにふれる。
「未來」
「……なに?」
「おまえは――、おれのものだ」
 未來にではなく、自らに言い聞かせるようなその声音に戸惑うこともゆるされず、抱きしめられた。
 痛いよ、駆。
 心の中でそう呟きながらも、未來は自分のものよりもずっとひろい背に手を回す。
 おとこのぬくもりに包まれているさなか、蘇るのは昔の記憶。過ちを犯した愚かな、自分の過去のことだった。



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