背徳の恋 | ナノ

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 未來は六歳のときに全寮制の新緑学園に入学し、親元を離れて生活を始めた。金持ちの家というのは実の親が四六時中そばにいてくれるなんてことは稀で、父母と離れたくないとわがままを言うことをあきらめたこどもたちは泣き喚いて帰りたいと駄々をこねることもなく、静かに暮らしていた。
 幼いころから一緒にいると、友情よりも奇妙な連帯感がうまれる。まともに接したことはなくとも、同じ校舎で、寮で過ごす同級生は自然と互いの顔を覚え、存在を認識し合うようになった。
 駆は目だっていたので、未來はすぐに彼のことを覚えた。
 駆とともにつるんでいる友人は今時の髪型をしていて毛の色を染め、制服を着崩している。自分とは無縁の輩だとおもっていたし、実際にそうだった。共学であれば女子たちの憧れの的であっただろうに、全寮制の男子校に親に放り込まれたせいでおとこからの黄色い声を浴びることになりかわいそうだなと憐れんでいたのだが、その中のひとり――当然駆なわけだが――と関わりを持つことになったのは、中等部の二年目がもうすぐ終わりを迎えるという時期だった。
 中等部は高等部ほど生徒会が優遇されているということがないため、親が成績以外に口を出してくることはなかった。そのため、そのころの未來は生徒会役員でも補佐でもなかった。ゆえに、一般生徒とふたり部屋で過ごしていたのである。
 部屋替えは年に一度おこなわれ、同学年の生徒と一年間を過ごすこととなるのだが、未來の中学生活最後の同室者が駆だったのだ。
――その出会いは、運命のいたずらか、それとも必然だったのか。答えは、だれにもわからない。


 ****


 寮の部屋で顔を合わせたそのとき、未來は初めて波多野駆というおとこと言葉を交わした。姿かたちは知っていたが、クラスが違い、まったくといっていいほど接点がなかったので話をしたことはなかったのだ。
「今日からよろしく、波多野」
「駆でいい。よろしくな、未來」
 挨拶すると、笑って手をさし出された。馴れ馴れしいやつだとはおもったが、ふしぎといやな感じはしない。その笑顔が予想外に爽やかだったからか――、とにかく、流れで握手に応じ、名前呼びをゆるしてしまう程度には一瞬で絆されたことは事実だった。
 娯楽はすくない、同性しかいない、長期休暇時以外の外出は許可が必要。――となれば、近くにいる者どうしで乱れた行為に走る生徒が多数いることもしかたなく、駆は顔さえわるくなければ抱いてくれると有名な人物だった。さすがに、共有スペースで事に及ばれるのは勘弁してもらいたかったので、真っ先に釘をさしておくことにする。
「あのさ、おとこのこ連れ込んでもいいけどやることは部屋でやってね」
 臆面もなくそう告げれば、彼はぱちくりとまばたきをして次の瞬間にはぷっと噴き出した。
「おまえの中でおれ、どんなくそ野郎って認識されてんの? んなことしねーよ。そもそも、プライベートな空間に他人を招く気はない」
「そうなの? 遊んでるって噂がすごいから、てっきり毎晩連れ込んでるものだとばかり」
「まあ、遊んでるのは否定しないけどな。毎晩はさすがにねえわ」
 当時の未來はよくもわるくも純粋で、駆の言葉を真正面から捉えることしかしなかった。そうなんだ、とうなずけば、深く追及してこない同室者に気をよくしたのか、おとこのほうから距離をつめてきた。
「おれも、おまえの話は耳にしてた」
「ガリ勉でつまんないやつって?」
 自分としてはこれ以上ない的確な返しだとおったのただが、駆は瞠目した。
「自覚ねえのかよ。ますますおもしろいな」
「なに……? おれ、なんて言われてんの?」
 未來の問いに、にやりと笑って彼は答える。
「難攻不落の要塞、高嶺の花、美の体現者、等々」
「……はあ?」
 聴覚は正常に機能しているはずなのに、理解ができない。どの単語も、自分には縁遠いものとしか感じられなかった。
「そんなんでよく貞操守れたな。前の同室者に襲われたこととかねえの?」
「おそ……。そんなことはなかったけど……まあ仮にそういうことになっても、死ぬほどきらいな相手でもない限り抵抗しない気がする」
 とは言ったものの、自分には「死ぬほどきらいな相手」など存在しないのだが。
 ひとさし指の第二関節で顎を撫でつつ、ふーんと興味なさげな声を洩らしたおとこはそれから、ずいと顔を近づけてきて未來のくちびるを奪った。
「…………、なにしてんの」
「お、ほんとに抵抗しねえ」
 くくく、と楽しそうに笑う駆は自分の初めてのキスを奪ったことを謝罪するつもりは一切ないどころか、行為を先に進めようとすらしていた。
「ちょっと、波多野、」
「駆だ、未來」
 ほんとうに同い年かと疑いたくなるような、妖艶な笑みを向けられると動きが固まってしまい、いやがる素振りすらできなくなる。
「う、む」
 困惑する未來を襲うのは、二度目の口づけ。それは一度目の、ただふれるだけのものとは異なり、性感を与えようという意思が明確に存在していた。
 どうすればいいのかわからずくちびるを結んでこらえていると、つんつん、舌先でそこをあけるよう促された。
 従っていいものか。
 逡巡したのはわずかなあいだで、未來は意を決すると緩やかに口唇を上下にひらいた。すると、次は角度を変えた接吻にみまわれ、怯えるように体を離そうとした。だが、駆はとうぜん、それをゆるさない。
「ん、んっ、ん、んんー……」
 下半身がじんと熱を持ち、重くなる。初めての感覚だった。未來は精通こそ迎えていたが、自慰はしたことがなかった。初めての射精も、夢精だったのだ。
知識としてあったので病気やなにかかと慌てることはなかったが、いやらしい夢を見たわけでもなければ、性欲を発散しなければふたたび夢精してしまう、なんてこともなく。実に無感動に、おとなの階段をしずしずとのぼったわけである。
 自分は、そういった欲求が希薄なのだとおもっていた。なのに――、駆に下肢を弄ばれると、否応なしに体が熱くなる。
 怖くなった。
「も……、やめ、て」
 小さく切れ切れに頼むも、おとこはその言葉を受け入れずにますます股間を刺激してくる。
「ん、んぁ、や、やだ、」
 たえきれずに首を勢いよく振るとキスがとかれたが、そのぶん手が淫らに蠢き未來を未知の世界へといざなった。
「なあ、おまえ、オナニーしてんの? そもそも精通してる?」
「そ、そんなこと、聞くな」
「ま、いーや。イかせればわかるし」
 駆のあまりの強引さにぐわ、と目を見ひらいた刹那、ベルトを外して性器を外に出された。羞恥にかっと頬が赤く染まったが、彼は自分などおかまいなしに、指でつくった輪っかに未成熟なペニスを通し、上下にやさしく扱き始める。



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