背徳の恋 | ナノ

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 新入生歓迎後、高弥と彼の部屋で久々に会い、体を重ねたあと補佐の話になった。
「結局、補佐になれなくて残念です」
「高弥、生徒会に興味あるの? 忙しいし、いいことなんかないよ。いや、確かにいろいろ進学とか就職とかに有利にはなるんだけど、そういうのに興味あるとか?」
「……先輩はもともと補佐候補としておれを見にきてくれたし、その期待に応えたいとおもうのも、恋人ともっと一緒にいたいとおもうのも自然なことだとおもうんですけど」
 苦笑され、内心冷や汗をかく。
 ああ、自分はどうしてこう、デリカシーがないのか。
「……ごめん。無神経なこと言った」
「…………っすみません!」
 謝った直後に勢いよく謝罪され、展開についていけずに戸惑っていると彼は寂しそうな表情をしながら胸の内の想いを明かしてくれた。
「ずっと会えなかったから、拗ねてただけなんです。先輩は生徒会の仕事で忙しいってわかってるのに……」
 その忙しい合間を縫って駆と体を重ねていたのだから、洒落にならない。すーっと青ざめるような心地がして、「……ごめん」とふたたび謝ると首を横に振られる。
「いいんです。先輩はこうして、時間をつくってくれましたし。正太と暁斗は同じクラスの友人兼ライバルなので、ちょっと悔しいきもちはありますけど」
「高弥がだめだったってわけじゃないんだよ。ただ、学園に慣れてない外部生を生徒会に入れると、お互いに気を遣い合ってめんどうなことになるかとおもってさ……」
「おれのこと、考えてくれた結果なんですね」
 うれしそうに笑う彼に胸が痛む。
 これ以上その話を続けたくなくて、そういえば、と話題の転換を図る。
「新入生歓迎会はどうだった?」
「楽しかったですよ。部活に入っていないとほかの学年のひととと関わることってあんまりないから、新鮮でした」
 歓迎会ははや押しクイズ大会だった。一年生、二年生、三年生の混合チームをつくり、勉強ができるだけでは答えられない問題を用意し、学年差というハンデをまずなくそうと努めた。それから、数の大きい計算問題や円周率を十桁等、学年に関係のないものを多数。
 一位から十位まで、順位に応じた期間の学内施設利用料金免除のカードが渡されるため生徒たちのやる気もなかなかあったようにおもう。単なる無料券ならばほしがる人間はすくないかもしれないが、免除カードには優先権も付属するのだ。
 クイズのジャンルを多種多様にすれば、メンバーの以外な一面を垣間見ることができて面白いのではないかという案を出したのは駆だった。
「ほんと? よかった」
 自分が褒められたようによろこんでみせると、頬を染めながら彼はこくこくうなずく。
 高弥と過ごす時間は平和だ。ふだん忙殺されている自分の時間が、ゆったり流れているような気分になる。しかし、彼を騙しているのだという負い目と本来の姿を曝せないもどかしさに常時蝕まれているのも事実で、一緒にいたいとおもう反面、それを実行するとひどく疲れる。
 おまえは日向でいきることはできないのだと責められているようにさえ感じてしまう。そうして疲れきったあと、駆に会いにいくのだから救えない。
 ふたりでただ眠る日というのも、たまにではあったが存在した。腕を体に回され、指でとん、とん、とリズムよく肩をたたかれるとあっという間に意識が夢の世界へと沈んでいく。
 ほんとうの自分を見せることができるのも、どこまでも無防備になってしまうのも、駆に対してだけだけれど、それはこの箱庭ありきの話だ。外に出れば、未來はためらわずに彼を切り捨てるだろう。そう、あらなければならない。
 どんどん、身動きがとれなくなっていく。くるしさは、増すばかり。
 進は駆がどうにかしてくれると言った。だが、未來にはそんなふうにおもうことができない。あのおとこがここを卒業してからも自分のそばにいようとするはずがないと、そう考えてしまう。信用していないとか、そういうことではなくて。たぶん、駆にそんな行動を起こさせると確信するだけの自信が、未來にはないのだ。
 顔はそれなりにいい。勉強もでき、家柄にも恵まれている。――けれどそれらはすべて、うわべだけのものに過ぎない。外見が完璧であっても、中身が優れていなければ末永く愛されることは難しい。そして未來は、自身は「中身」こそに問題があるということを、いやというほどに自覚していた。
 すこし傾けばあとは沈んでいくだけ。
そんな、絶妙なバランスを保っていた現状は呆気なく崩壊を迎える。今まで維持していたことのほうが奇跡だったのだ、とでもいうように。
 高弥と笑い合って話をしていた未來はまだ、その訪れがすぐそこまできていることを知らずにいた。
 自信なんて、ないくせに。それでも浅ましく、駆が自分を裏切ることはないと――どこかでそう、おもっていたのだ。




「え……?」
 自室に戻ったあと、自分を待ちかまえていた客を部屋にあげた。
 単に遊びにきたのだとおもっていた未來は談笑の途中で挟まれた話題に、つい訊ね返してしまった。すると、彼――飛鳥はにこりと笑って「だからね」と、先ほど告げたばかりの言葉を一字一句違わず丁寧に口にする。
「ぼくと駆……つきあうことになったんだ。未來には、一番に報告しておきたくて」
 くちびるが震えそうだった。しかし、ここで戸惑うような表情を見せてはいけない。
「えっ、と、飛鳥、駆のことすきだったの……?」
「そうだよ。ずっと……、ずっと、片想いしてた。だから、告白を受け入れてもらえたことがほんとうにうれしくて」
 頬を上気させ、愛らしい笑顔で心臓を的確に抉る飛鳥に、未來を襲うのは深い絶望。
 特定の相手はつくらない。そう宣言していた、駆が恋人をつくった意味。それがわからないほど、未來はばかではなかった。
「祝福してくれるよね、未來」
「…………もちろん。おめでとう、飛鳥」
 絞り出した声は、かすれても震えてもいなかったけれど、ただ明るいだけで感情がこもっていなかった。
 彼の選択に口出しする権利はない。だが、一言だけ。一言だけ、やつに言っておかねばならないことができた。
「ありがとう、未來」
 友人のしあわせを、壊さないためにも。



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