背徳の恋 | ナノ

3 




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 卒業式の準備は、来賓に祝辞をお願いするということもあってはやめに始めなければならない。またたくまに忙しい時期に入って、新生徒会の役員たちは仕事に勤しむこととなった。
 手紙の送付、返信の管理、式の準備やリハーサル、そして当日の司会進行。すべてが生徒会に一任されており、卒業生の保護者と学園が招待した人物のみではあるが外からのひとが入るほとんどない機会のひとつだ。ここで失態を見せてしまえば今期の生徒会は期待できないと、全校生徒だけではなく教師からも、その他のひとびとからも幻滅される。それだけは絶対に、避けねばならない。慎重すぎるくらいになって、進めていくべき事案なのだ。
 四人で、間違いがないか、これでいいかと何度も確認し、話し合って。そうして迎えた当日、緊張は最初から最後まで薄れることはなかったが、未來は式を「成功」で終わらせることができたのだった。


 そこらじゅうで泣いて、笑って。忙しい卒業生と最後のひとときを過ごすために、在校生もあちこちに散らばっていた。
 ひと気がないわけではない、まだ蕾が多く完全には開花していないものがほとんどの桜並木の下、未來は進に花束を渡すためにそこにいた。
「ご卒業、おめでとうございます」
 彼は卒業生代表として一度花束を受けとっているのだが、これは生徒会からのものだった。迎えがきているはずなので、花束がもうひとつくらい増えても持って帰るのに困りはしないだろう。
「ありがとう。わるいな、片手で」
「いえ」
 これを渡しても、まだ片づけやらなにやらすべきことは残っている。さっさと体育館へ戻ろうとおもったけれど、進がそれをゆるしてはくれなかった。
「――柏木、すこしいいか?」
「……なんですか?」
 そう返してすぐ、顔を近づけられる。なにをするつもりなのか、と訝しんでいると、いっそきもちわるいほどに整ったパーツが眼前いっぱいにひろがり、驚く。後退しようとしたがすでに遅く、進の唇が自分のそれにふれてしまった。
「――っ! な、なにを……」
 慌てておとこを突き飛ばし、口を制服の袖で拭う。
 生徒はまばらではあるがまだあちこちにいるのだ。だれにも見られていないなんてことはありえなかった。
「……補佐として、生徒会に入ってきたおまえに、おれはいつの間にか惹かれていた。ずっと、柏木のことがすきだったんだ」
 瞠目し、息をひゅっとおかしな音をたてて吸い込む。鼓動が、耳のすぐそばで鳴っているように感じるほど、うるさくなる。
「おれが、ゲームをここで終わらせてしまってもよかった。そうできる力が、おれには――『堂島』には、あった。けど、この試練はおまえたちにとって意味のあるものになるかもしれないとおもったから、そうはしなかった。柏木、たぶんおまえも次の世代に手紙を出す。あのゲームは、ただの卑劣な行為ではないという結論に至るだろうと、おれは予想してる」
 進は、なにか理由があってゲームをあんな内容にしたというのか。理解なんてできる気がしないし、したくもない。――けれど、今まで見てきた彼の姿が、すべてを否定することをよしとしない。信じたいと、心の底で願ってしまう。
「……ほんとは、いつだって寂しそうで苦しそうなおまえを、おれが救ってやりたかった。でも、おれには捨てられないものが多すぎた。だから、柏木をしあわせにする使命は弟に任せる。――あいつならきっと、おまえに自由を与えてやれる」
「おとうと……?」
 進に兄弟がいるなど、聞いたことがなかった。しかも、さも未來と関係があるかのような口振りだ。困惑に満ちた視線を送ると、おとこは静かに秘密を打ち明けた。
「『波多野』は、母方の姓なんだ」
「え……っ、」
「おれたちがまだ小学生のころに親同士が再婚したから、血は繋がってない。でも、仲はわるくないし、だれがなんと言おうとおれたちは『兄弟』だ」
 衝撃の事実に驚愕する。進が温室の鍵を駆に簡単に貸したのはだからか、と頭の隅で考えるも、まだ疑問は残る。
「駆はなんで、堂島の姓を名乗ってないんですか?」
「よくもわるくも、この名前は目だつからな。あいつは、小さいころからおとなの悪意を浴びせられてきた。連れ子のくせに、堂島の跡とりの座を狙ってるんじゃないかとか、ほかにもいろいろと。素行のわるさはわざとだし、勉強もやる気がないのはそういう理由があってのことなんだよ。あいつは優秀な人間だ。だからこそ、新たな後継者として祭りあげられないように、兄――おれにはかなわないんだってことをアピールし続けてる」
 きり、と胃のあたりが悲鳴をあげた。その件で、未來は昔に駆を責めたことがあるのだ。そんな事情があるなんて知らなかった、で済まされる問題ではない。なぜなら、あのときから――なにもかもが崩れてしまったのだから。
「……柏木、過去を変えることはできない。後悔をするなとは言わないが、かつての失敗をずっと悔やんでいるのはもったいないことだ。それを糧に、進んでほしい。少しずつでも、前へ」
「……………………はい」
 長い沈黙のあと、未來は頷くのが精一杯だった。
 謝るのも違う。やりなおそうと提案するのも違う。
 現状維持。誤解がとけたところで結局のところ、今の自分にできるのはそれだけだ。
 ――後悔ばかりするなと、前に進めと、しあわせになれと進は言った。しかし、それらはどれも未來にとってひどく難しいことだった。
 うじうじ昔のことを考えない性格だったなら。未来に希望をいだける人物だったなら。幸福を求めて自ら動くことのできる人間であったなら――、未來は、あんなゲームに参加して、生徒会長になることはなかったのだから。
 これではまるで、ただ助けを待つことしかできない非力なお姫さまだ。
 自嘲しても、それが事実だということに間違いはなくて、情けなくてたまらなくなる。でも、未來は確かに望んでいるのだ。自力では出ることがかなわない檻の中から、だれかが連れ出してくれるというおとぎばなしのようなハッピーエンドを迎えたいと。それがどんなに罪深いことだとしても、「自分はしあわせになってはいけないのだ」なんて殊勝なことをおもえるほど、未來はできた人間ではない。むしろ。ひと一倍弱くて、臆病で、卑怯。そんな、だめなやつだ。
「あなたが、」
「ん?」
「あなたがおれを連れ去ってくれる王子さまだったなら、よかったのに」
 わずかに目を見ひらいたのち、彼は笑った。
「柏木にそんなふうに言ってもらえるなんて、光栄だな。たとえそれが、逃げたい一心からの言葉だとしても――、おれは、うれしいよ。ありがとう。最後に、いいおもい出ができた」
 またな、と口にして彼はそのまま校門のほうへと歩み始めてしまった。ひきとめる台詞は出てこなかった。とても大きく見えるおとこの背中を、未來は視界から消えるまでずっと見つめ続けていた。



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