背徳の恋 | ナノ

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 代替わりした生徒会が発足して一ヶ月経ったが、生徒たちからの評判は決してわるくなかった。進と比べてしまうとどう見ても未來が劣っていることは明らかだったので、それはうれしい誤算だった。
 自分はともかく、ほかの役員が前期の役員と同等か、それ以上に優秀かつ美形というのが大きいのかもしれない。
指示を出せば皆が迅速に、正確にそれをこなしてくれる。
 この調子で通常業務だけでなく、大きなイベントもうまく運営できれば言うことはないのだが、はたしてうまくいくだろうか。
 こんな心配、今しても仕方ないとはわかっていたが、目先のことに囚われてあとのことを考えないのはよくない。それに、新生徒会の一番初めの大仕事はそこまで遠いわけでもないのだ。
 ――卒業式。それが、未來たちが手始めに乗り越えなければならない壁だ。とはいっても、今はまだ秋の半ば。時間はあるし、焦る必要はない。
 新生徒会の成立直後はばたばたしていて忙しい。その忙しさにかまけて高弥のことを放置しすぎてしまったため、さすがにこれはまずいだろうと未來から『生徒会のほうがようやくおちついてきたから、デートでもしようか』と誘いをかけてみた。数分後、『したいです! おれ、計画たてておきますね!』というテンションの高い文章が返ってきた。
 今まであまり外には遊びに出なかったので、恋人と街にいくことがとても新鮮に感じた。高弥がプランをたててくれるようなのでそれにあまえてしまうことにし、未來はただその日を待っていた。


 あっという間にやってきた週末、門の前で待ち合わせをして合流したふたりは、さっそく街へとおりた。
 バスと電車を乗り継ぎ片道二時間かけてたどりついたそこは同じ県内とはおもえないほどに都会で、未來は自分の格好がわるい意味で浮いていないか心配になる。勘違いでなければ多数のひとにちらちら視線を向けられているし、これは本気でまずいのではないか、と高弥に訊ねた。
「あのさ、おれ、今日の服装へん? なんか、見られてるんだけど……」
「えっ、あの、いえ、ぜんぜんへんじゃないです。なんていうか、未來先輩らしいっていうか……」
 上は白いワイシャツに厚めの黒いジャケット、下はスキニージーンズという選択をしたのだが、おかしくないというならばなぜこんなに視線を感じるのか。
 ほんとに? 嘘ついてない? と目で追及してみても、高弥は「ほんとに、だいじょうぶですから」と頬を染めて目を逸らすだけだった。
まあ、高弥が隣を歩いて恥ずかしいとおもわないのならかまわないだろう。
「今日は、水族館にいこうとおもうんですけど、いいですか?」
「うん。おれ、水族館初めてだから楽しみだな」
 えっ、初めて?
 驚く高弥に未來はうん、と頷く。
 親は娯楽を与えてくれることはなかったし、この学園にきてからも買い物や映画にいくことはあったが、水族館はなかった。
 遊園地やテーマパークにもいったことがないのだと話せば、じゃあ今度は遊園地いきましょ、と笑顔で言うおとこにぐらり、心が傾く感覚がした。
 こんなひとをすきになれたらよかったのに。年相応で、可愛くて。きっと、彼ならば一緒にいる間、自分を飽きさせないよういろいろなことをして楽しませてくれるに違いない。――でも、揺れることはあっても高弥に恋をすることはできないのだろう。胸中に、あの、いじわるなくせにどうしようもなくやさしいおとこがいる限り。


 バスに乗って移動し水族館につくと、入場料をさらっと払って高弥が中へと入っていった。イケメンだ、と感心しつつ夕飯は自分が奢ろうと考えながら、後ろをついていく。
 館内は暗めで、カップルや親子づれも多い。手を繋いだり、キスをしたり。そんなチャンスがごろごろ転がっていそうな雰囲気だった。自分たちもまったく進展していないので、こういう場所の力を借りるのはありかもしれない。
 ムードもへったくれもないことを考えていると、ひらけたところに出て視界いっぱいに魚の群れがひろがった。
「わ……、綺麗」
「ここ、珍しい魚も多いみたいなんです。初めての水族館、存分に楽しみましょう」
 そう微笑む彼に下心などまったく見えず、未來はついさっき邪な想いをいだいたことを申し訳なくおもった。心中で高弥に侘び、自然におとことの距離をそっとつめ、厚いアクリルガラスの向こう側を覗く。
 軽やかに泳ぐ魚は、いきいきしているように見えた。しかし、ひとの手によってここに入れられ、管理されているのも事実だ。
 自由を奪われても餌を自身で調達しなくていいのを幸運だとおもうか、住処からつれ出されたことを不運だとおもうか、感じることは各々で違うだろう。
 似ている、とおもった。この魚たちと、自分は。
「先輩……?」
 あまりに一点を眺めすぎていたためか、高弥に心配されてしまったようだ。慌てて「ごめん、夢中になって見てた」と繕えば、彼はじっとこちらを見つめたのち、「種類もたくさんいますしね」と話を合わせてくれた。
 こんなんじゃだめだ、と未來は鬱屈としたきもちを吹き飛ばし、その後はしっかり水族館を楽しんだ。イルカのショーもあり、前のほうの席をとれたふたりは水しぶきを若干浴びつつも笑顔の絶えない時間を過ごすことができた。
 併設されているショップで生徒会のみんなに、と土産に菓子を買い、ペアのストラップをひと組購入した。イルカどうしをキスさせると、ハートのかたちになるというものだ。店から出たあと、「あげる」とさっそく高弥にそれを渡せば、顔を真っ赤にして動揺しながらそれを受け取り、彼は礼を口にした。
 水族館を出るころには日が暮れていたが、冬が近づいてきているためか時刻そのものはそう遅くはない。しかし、わざわざ時間を潰すのもどうかということになり、すこしはやめの夕食をとることにした。
 食べたいものはあるかと聞かれたので、食べたいものの希望はないがファミリーレストランにいってみたいと告げれば、「ファミレスでいいんですか?」と驚かれてしまった。
 両親から教わったマナーを実践するために高級レストランへ訪れたことが数度あるくらいで、未來は外食もほとんどしたことがない。学生がよくいくという「ファミレス」に、正直かなり興味があった。
「先輩がいいなら」と、高弥がつれていってくれたのは名前くらいしか知らないファミリーレストランのチェーン店だ。席に通され手にとったメニューは品数が想像以上に豊富で、目移りしてしまう。五分ほど唸っても決まらず「おすすめとか、ある?」と助けを求めると、彼はこの店にそこそこきているのか「ここはオムライスが美味しいですよ」と淀みなく答えてくれた。じゃあそれで、と言うと高弥が店員を呼び、オムライスをふたつとドリンクバーを注文した。
 店員が注文を確認し、去ったあとでドリンクバーとはなにか訊ねたところ、数種類の飲み物を好きなだけおかわりができるのだと言われ、未來は未だかつてないほどの衝撃を受けたのだった。



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