背徳の恋 | ナノ

6 


 無邪気なみちるは子どものように、無垢な笑みを浮かべながら、「でもさ、びっくりしたよ」と切り出した。
「『あれ』に、未來が参加するなんてさあ。ぼく、未來たちの代で『あれ』はなくなるんじゃないかっておもってたんだよ」
 ぴし、と穏やかだった雰囲気が一瞬にして凍りつく。
 ぼかされていても、わかってしまう。みちるが話しているのは「ゲーム」のことだ、と。
「……的場」
 咎めるような声音で進に名前を呼ばれるも、知らんぷりをしてみちるは続ける。
 表情を曇らせる未來に助け船を出したのは、意外にも藤士郎だった。
「おれが、『おれたちの独断で廃止するには、重すぎる問題だ』と言ったんです」
「……ふうん? きみ、役員に選ばれただけのことはあるね。『あれ』はさ、この学園が創設された当初から続いてきたことらしいから、勝手に廃止なんてしたら卒業生が黙ってないし、理事長からもきっと圧力がかかる。その判断は正しいよ」
 ――想像以上にあのゲームが重たい意味を持っていたことを知り、未來の体が重くなった。
「おれたちの代はね、『ポーカーで勝利した者』だったんだ。しかも、掛け金は自分たちで各自用意しなきゃだったし、勝ったぶんはそれぞれがもらう、っていうね。結果はまあ進の圧勝。でも、こんなのはまだいいほうで、数代前の『あれ』では――、とある生徒を凌辱しろ、なんてのもあったみたいだね」
 その話だけ聞けば今回のゲームはまだやさしい内容におもえたが、正当化するのは無理だった。
 正しくないことをした。そうして、会長になった自分。罪滅ぼしのように高弥とつきあってみても、心の奥底で自身を責める声は静まることなく響き続けている。
「……的場、話し過ぎだ」
「なんで? 卒業したらどうせ先輩たちとの集まりで『あれ』の話になるんだから、今知るかあとで知るかの違いしかないじゃん」
 複雑そうな表情をしながらも、進はため息をつき、厳しい口調でみちるに言った。
「――それでも、それでも今はわからないことが、あとになって理解できることもある。現段階で『あれ』を悪いものだと印象づけるような発言は控えるべきだ」
 さすがにその言葉に反論をする気はないのか、頬を膨らませて不満げにしつつも彼は渋々「はぁい」と返事をした。
 ――その後の和気あいあいとした会話は、表面だけとり繕ったものになったのがまるわかりだった。みちるの話によって皆が各々「ゲーム」に関してなにかしらの想いを抱えていることが浮き彫りになったな、と未來はおもった。


 今日だけとくべつに生徒会室に食事を運んでもらい、夕食を終えるまで八人はずっとその部屋で話をしたり、純粋なゲームをして遊んだりして過ごした。
 夜の八時、そろそろ解散しようと進が言えば、皆がそれぞれ自室に戻っていく。
 未來も腰をあげ、生徒会室から出ようとした――、そのとき。
「未來」
 駆に、そう呼びとめられた。
「なに?」
「ちょっと、話がある。今から部屋いってもいいか」
 話ってなんだ、と訝しんでみても予想はつかず、しかしここで予定がないのに断るのもおかしいだろうと「……わかった」と頷く。すると、そのやりとりを近くで聞いていた飛鳥が「なに? 生徒会のこと?」と首を傾げたが、駆は軽く眉を寄せ、「違う」と短く返すだけだった。
「じゃあ、いこう」
 声をかけ、歩き出せば駆が後ろをついてくる。部屋を出る間際に、鍵をしめるためなのかまだ動く気配のない進に小さく頭をさげれば、彼は微笑を浮かべた。
 もう、卒業式までほとんど彼らと顔を合わせることはない。そのことに若干の寂しさを感じる。一年間ともに仕事をした相手と距離ができることに対して、まったくなにもおもわない情のない人間でなくてよかったと安堵すればいいのか、寂しさをわずかにしかいだかなかった自身の薄情さを責めたほうがいいのか。――未來には、わからなかった。


「相変わらず散らかってんな」
「……うるさい、ほっといて」
 かつて、同室だったころにだらしない面をいやというほど見られているので、今さら物が散乱している部屋を慌てて片づけるなんてことをするつもりはない。未來だって前もって「部屋にいきたい」と言われれば掃除くらいするし、さほど時間をかけずに室内をきれいにすることができる。だが、駆はいきなりきた。よって、気を遣う必要など皆無なのである。
 なにか飲むかと訊ねれば「いい」と否定されたので、無駄に高級で柔らかいソファーに座り、「で、話ってなに」と未來から話を始めるよう促した。
「おまえ、頭はいいのに察しは悪いよな」
 呆れた、というようにため息を吐くおとこにかちんとくるも、ひとの心を機敏に感じとることが苦手なのは事実だった。駆がなにをしにきたのか、考える暇も与えられないまま、唇を塞がれる。
「っ……、」
 浅くも深くもない、しかし心地よい口づけに戸惑いかけた瞬間、彼は言う。
「おれらのあいだに、言葉なんていらないだろ」
「…………そう、だったな」
 先に拒んだのは未來だ。だから――駆の台詞に傷つく権利は、自分にはない。……ない、のに。
「そんな顔すんな。おれがいじめてるみてーだろ」
「……もともと、こんな顔だし……」
 泣きそうな、くしゃりと歪んだ表情をしている自身が安易に想像できた。けれど、駆はやさしい言葉を、あまい言葉をかけることはない。そうすれば、完全に互いの関係に終止符が打たれるということを知っているからだ。
 声にはできない。だから、行動で駆は示す。そうして、未來は彼のやさしさに気づかぬふりをして、これは義務だからと自身に言い訳をして、このおとこに抱かれるのだ。
 未來は駆が自分とはぜんぜん違う系統の可愛い子と、誘われるがまま何度も寝ているのを知っている。しかし、「とくべつ」なのが自分だけだということも知っている。――というか、駆がそれをわからせてくる。困るのに、よろこんでしまうこともやめられなくて、心が宙ぶらりんな状態だ。
 駆とふたたび体を重ねるようになったことに絶望したのも確かだが、歓喜している部分があるのも、認めたくはないが事実であった。
 彼と離れるためには、ばかなことをしなければならなかった。でもまた、今回も同じことができるかと問われれば、未來は「できない」と答えるだろう。
 捨てたくなかったものを捨ててそれが返ってきたのに、それをもう一度捨てることができるほど、未來は強くないのだ。
 自分勝手で強引なように見せかけて、ほんとうはやさしくてあたたかいその手が。恋しくて恋しくて、たまらなかった。ずっと、――ずっと。



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