背徳の恋 | ナノ

5 




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 高弥と清いおつきあいを続けているうちに、引き継ぎの日がやってきた。
 聞きたくもない校長の話を聞いたのち、役員の引き継ぎがおこなわれる。
任期を終えた生徒会役員がひとりずつ言葉を述べる。そして、最後に会長が挨拶をした。
「生徒会長を一年間務めさせてもらった、堂島進(どうじますすむ)だ。去年の今ごろは、自分が会長になるなんておもってもいなかった。なったらなったで仕事は大変だし、特権があっても割に合わねーだろ、って不満に感じることもすくなくなかった。けど――、生徒のために、学校のために、必死に働いたおれたちはきっとだれよりも充実した学園生活を送れたとおもう。おれを役員に選んでくれた先代の生徒会のかたと、おれたちについてきてくれた全校生徒の皆に、感謝のきもちでいっぱいだ。ありがとう」
 堂島会長、とすすり泣く生徒が出始めた。
 彼は、とくべつなひとだった。だれもが従ってしまう、そんな、王者のような風格を持っていた。しかし、それに驕り高ぶることなく、自分に非があったときはそれを認めて謝罪をするし、仲間や生徒たちの意見にもきちんと耳を傾ける、彼はまさに名君と呼ぶに相応しい人物だった。だからこそ――、あんな「ゲーム」を廃止させず、今年も実施したことが信じ難かった。なにか理由があったのではないかと、そうおもいたくなる。それほど、未來は進のことを尊敬していたのだ。
「次の役員も、おれたちに負けず劣らず優秀なやつらが揃っている。でも、もしかしたらどこかで間違ってしまうかもしれない。そのときは――、おまえらで、それを正してやってくれ。役員が、おまえらと同じか、ひとつふたつばかり歳上なだけの、ただの高校生だってことを忘れるな。……ここで過ごすのもあとすこしだ。悔いのないよう、時間を無駄にせず、勉学に交友に励み、学園生活を満喫していこうとおもう。改めて礼を言わせてくれ。――一年間、ほんとうにありがとうございました」
 深く頭をさげるその姿に湧きあがった拍手は、しばらくのあいだ鳴り続け、やむことはなかった。


 進が話したあとに挨拶をするのはいやだとおもってしまうのがふつうなのかもしれないが、藤士郎は「ふつう」ではなかった。
 新たに任命された役員が順に書記、会計と決意表明を済ませ、今期の副会長の名が呼ばれた刹那、館内はざわついた。
「波多野が……副会長……?」
 次の役員は基本的にこの引き継ぎで全校生徒に知らされるし、もし知っていても口を噤むのが暗黙の了解となっている。よって、駆が副会長になるということを知らなかった生徒たちは意外な人選だ、と驚いているのだ。
 駆は真面目ではないし、彼らのきもちもわからなくはない。しかし、駆に進のようなひとを動かす力があることもまた、確かだった。
 彼が簡単に挨拶をすると、次は未來の番がやってくる。
『生徒会長――、柏木未來』
 せいとかいちょう。
 今さら、その役職に不安を覚えた。自分なんかが会長でいいのだろうか――。あんな最低なゲームへの参加を拒否することができなかったのは、ひとえに自分の弱さゆえだ。
 くらり、めまいに襲われ足をふらりと一歩前に出した瞬間、肩を掴まれる。
「……かける?」
「――みんなが待ってる。はやくいけ」
 わかってる、と唇を噛めば、ぐ、と顔を近づけて小さな声でおとこは言った。
「おまえが会長なら、不満におもうやつなんていないだろ。……おれとは違って」
 目を見ひらいたのち、ふふっと笑ってしまった。そして、「ありがとう」と返した。――久しぶりに、駆に対して素直になれた気がした。
 脇から出て、ライトのあたる壇上へとあがる。体育館の中には、生徒たちがひしめいていた。先ほど駆がくれた言葉がゆっくりと全身にいき渡り、迷いはなくなっていた。
「この度、生徒会長を務めさせていただくことになりました、柏木未來です――」
 用意していた台詞が、口からすらすらと淀みなく出てくれた。あたりさわりのない挨拶ではあったが、それを終えて一礼すれば拍手で館内が満たされた。
 裏に戻れば「よかったよ」と飛鳥が声をかけてくれた。それに礼を述べつつ、未來はちらりと駆へと視線を向けた。彼は進と話している。以前、温室の鍵を借りたと言っていたし、元々仲がよかったのだろうか。ちりっとした痛みを胸に覚え、そっと目を逸らす。――そんな自分の様子を飛鳥がじっと見つめていたことに、未來は気づくことができなかったのだった。




 朝礼が終わり、皆がぞろぞろと教室に戻るのを見届けてから前役員の彼らとともに生徒会室へと向かう。引き継ぎがあった日は、仕事と称して一日生徒会室で騒ぐのがならわしになっているらしいのだ。ほんとうかどうかはわからなかったが、息抜きが必要なことは未來にだってわかっているし、忙しくなればそれもかなわなくなるのだから今日一日くらいなら、とおもう部分もあった。真面目という単語がこれ以上ないほどに似合う前書記、メガネをかけた麗人、加藤啓一郎(かとうけいいちろう)がおとなしく参加しているあたり、これが通例となっているのは事実なのだろうが。
 ちゃんと前日に用意しておいたんだよ、とうれしそうに袋をとり出すのは前会計、的場(まとば)みちる。女子も顔負けの、可愛い容姿をしている先輩である。前副会長の斉木和彦(さいきかずひこ)はいつも穏やかな笑みを浮かべている美丈夫であるし、前会長堂島進に至ってはアイドルやモデルとしてテレビに出ていてもおかしくないほどの美貌と体型の持ち主だった。今期の役員も駆の顔が飛び抜けてはいるものの、あとのふたりの顔もひどくととのっている。未來は容姿には頓着してこなかったので自分がどう見られているかはわからないが、わるい意味で浮いている気がしなくもない。
 そういえば、前の役員も美形ばかりだったな、とぼんやり考えている未來は、知らない。系統の違いはあれども、未來は駆と並んでも遜色のない美人だと、生徒たちから騒がれていることを。
「未來、なにぼーっとしてるの? 一緒にお菓子食べようよー」
 スナック菓子の袋を手にしてそばに寄ってきたみちるに「ありがとうございます、いただきます」と告げてチョコレートでコーティングされた名前もよく知らないそれを口にした。こういったものは自分では買わないし、幼いころにも買い与えてもらったことがないので新鮮だった。
「美味しいですね」
「でしょー? これ、ぼくのお気に入りのお菓子なの」
 にっこり笑う彼はおんなだったらさぞかしモテただろうな、とおもったがこの学園でも頻繁に告白されていたようだし、性別など関係なかった。



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