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きみは世界でただひとり、ぼくだけの 1

※歳上×歳下
※基本的に一卵性双生児は同性のみです(もちろん例外もありますが……)ので、この話の双子はこういう「設定」としてお楽しみください




 とある住宅街のうちの一軒、沢村家をここらへんで知らぬ者はいない。
 そこには、アイドルにでもなれそうなほど可愛らしく、気立てもいい娘がいるのだ。
 皆が、彼女ばかりを愛でた。――兄など、最初からいなかったかのように扱って。
 周りからも蝶よ花よと育てられた沢村家の双子の妹、ありさ。彼女とは反対に、両親以外の人間の関心をまったくひかずに育ったあかり。
 現在のふたりは、お世辞にも似てるとは言いがたい。しかし、彼らが一卵性双生児としてうまれてきたこともまた、事実だった。


 ****


 見目も性格もよく、頭もわるくはない。そんな高校のアイドル的存在、ありさに双子の兄がいるということは、まったくと言っていいほど周知されていない。彼女が意図的に隠している、というのもその要因のひとつだった。
 兄、あかりは色素の薄い髪をしており、その前髪を鬱陶しいほどに長く伸ばしている。さらに、視力がわるく眼鏡をかけているため、顔つきがよく見えないのでありさと似ているのかよくわからない。勉強はできるが体がすこし弱く、体育は見学しがちだ。
 ――あかりは、妹にきらわれている。兄として見ても彼女はとてもいい子だとおもうのだが、ありさは「あんたみたいなのと双子とか最悪、信じられない」と毎日のように吐き捨ててくる。それはまるで暗示のように、あかりを蝕んだ。
 彼女に暴言を吐かせてしまうのは自分のせいだと疑わなくなって、もう何年もの月日を繰り返した。
 ずっと、このままどちらかが家を出るまで続くとおもわれていた生活は、ひょんなことから終止符が打たれた。


 ありさに彼氏ができることも、彼女が彼氏を家に呼ぶことも、特筆するほど珍しいことではない。
 その日も、妹はびっくりするほどのイケメンをつれて帰宅した。
 あかりはそのときリビングであたたかい飲み物を飲んでいたので、運わるく鉢合わせしてしまった。
 おとこが目を見ひらくと、ありさが慌てて説明する。
「先輩、彼はわたしのお兄ちゃん。いつもは部屋にいるんだけど……」
「ごめん、飲み物とりにきただけだから」
 そそくさと自室にこもろうとすると、「おまえ、」とよく通る綺麗な声が自分をひきとめた。
「……名前は?」
「え、あ……あかり、ですけど」
 あかり、と呟いた彼は、すこし考えるようなしぐさを見せたのち、「おれは夜。よろしく、あかり」と言った。
 夜(よる)と名乗ったそのひとは、その名の通りに深い黒の髪と瞳が印象的なおとこだった。
 芸能人みたいだ、とぼんやりおもいながら会釈したのちにリビングを出て階段をあがり、部屋に入りやりかけだった課題に手をつける。
 ――変わらぬ日常の崩壊は、それから一月もしないうちにやってきた。


 ****


 ありさは、恋人ができてもあまり長続きしない。原因はよくわからない。彼女の理想が高すぎるのか、相手からわかれようと告げられているのか。それは、あかりには知ることのできない部分だったし、興味もなかった。
 だから、夜ともそのうちだめになるのだろうとおもっていたし、彼はいつの間にかこの家にくることはなくなっていると見越していた。
 なのに、ふたりの関係は予想を裏切るものへと発展する。




「いつもさ、部屋でなにしてんの?」
「え……、」
 また、飲み物を下にとりにきたときだった。夜に、そう話しかけられたのは。
 彼は毎日きちんとセットしているのであろう、今時の高校生という字面がよく似合う髪型をしていて、制服も着崩している。あまりそういった人物と話をしたことがないあかりは、すこし緊張しながらその問いに答えた。
「課題を……。あとは、本を読んだり、音楽を聴いたり、です」
「ふうん。おすすめとかある?」
 繋げられた会話に驚きつつも、好きな本のタイトルを挙げれば夜は「さんきゅ、今度読んでみる」と微笑した。
 とても読書が好きそうには見えないし、単なる社交辞令なのだろうが、うれしかった。
 ありさはコンビニにでも行っているのか、姿が見あたらない。
 夜と会話をしているところなど、見られてしまったら彼女が激怒すること間違いなしなので、あかりは長居せずにそそくさと退散した。
「あかり」
「、」
 名前を呼ばれ、振り向けば。
「――次は、おまえに会いにくるから」
 謎の台詞を告げられ、首をかしげつつ逃げるようにその場をあとにした。


 ――一週間後、宣言通り夜は自分に会いにきた。
 外にほとんど出ないということをありさから聞いていたためか、直接家にやってきたのだ。
 ありさが不在で、対応を余儀なくされたあかりは困惑顔で彼の前に出た。
「あの……、ありさはまだ、帰ってきてないんですけど」
「知ってる。あいつ、今日は友達と遊ぶって言ってたから」
 じゃあなんで、とますますわけがわからなくなり眉をきゅっと寄せると、夜は言った。
「あかりに会いにきた。この前、言っただろ?」
 ――次は、おまえに会いにくるから。
 あの言葉が本気だったなんて、おもいもしなかった。
 あかりはどうしたらいいのかわからずにしばらく立ったまま悩んでいたのだが、このまま帰したらあとでありさにこっぴどく叱られそうだからと、彼をリビングへと通した。
 なにを飲みますか、と訊ねれば「いつもあかりが飲んでるやつ」と返され、いいのだろうかとおもいつつはちみつ入りのホットレモンを淹れ、テーブルにおいた。
 ソファーには夜がいて、なんとなく隣に座るのが憚られたあかりは向かいにクッションを敷いて座る。
「なんでわざわざそっちいくの」
「……すみません」
「や、謝んなくていいんだけど」
 こいよ、と横のスペースを手で叩かれ、おずおず近寄った。
 ちらり、視界に入れた夜の顔は、怖いほどにととのっている。
「あの……、どうしておれに……?」
「この前すすめてもらった本、読んだし。いろいろ話したいなとおもって」
 瞠目した。本をわざわざ購入して、時間をかけて読んだのだろうか。借りたのかもしれないが、どちらにせよ謎だった。
 なんのためにそこまでするのか、理解できない。いくら自分がありさの兄だからって、気に入られる必要などまったくないのに。
 おどおどしていると、小さくため息を吐かれた。
 夜の機嫌を損ねてしまった――。
 恐ろしくなって、きゅっと目を瞑る。すると、彼は髪にふれてきた。
「よ、夜さ……」
 こわごわ、瞼をゆっくり持ちあげると、いつもより視界がクリアだった。どうやら、前髪をあげられているらしい。
「おれが、怖いか?」
 問われ、ふる、と横に首を振る。
 夜自身が怖いということはない。
 怖いのは、機嫌を損ねることと、それによって被る自分の被害だ。
「……っ、ち、近い、です」
 瞳の中を覗き込めてしまいそうな距離まで、彼の端正な顔が近づいていた。
「なあ」
「う……?」
「くち、くっつけてもいい?」
 許可する間もなく、唇が奪われた。
 初めてだとか、そんなことよりも。なぜ妹の彼氏とキスなんてしているのか。そちらの衝撃が大きくて、ほかのことに頭が回らない。
「あかり」
 口と口がわずかにあいた隙間に名前が零れる。
 夜が紡ぐと、その単語はとてつもなくあまく聞こえた。


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