short | ナノ
鳥たちの逢瀬 1

※先輩×後輩




 つきあってるおとこがいた。いや、「いる」。まだわかれたわけではないけど、きっともうすぐわかれることになるだろう。だから「いた」でもいいような気がするのだけど、一応いる、と言っておこう。
 温度のない目と、ちょっとやそっとのことでは変化の現れないポーカーフェイスが特徴の美人、白鷺(しらさぎ)の恋人は、この学園では名が知られている人物だ。顔がよくて一年生ながら親衛隊ができることも決まっている、克樹(かつき)というそのおとこには、浮気癖があった。
 白鷺のもとにも、毎日のようにクラスメイトから見知らぬひとまで幅広い生徒が報告にくる。しかし、それに決まって「そう」としか返さない自分のことを彼らが不思議そうに見つめてくるのも、すでに日常の一部になっていた。


 ****


 放課後の、図書室。部活に入っていない白鷺は授業が終わってから夕食までのあいた時間を、よくここで過ごす。友達と呼べるような相手はひとりもいないので、だれかと遊ぶ約束もなければとくべつな用事も基本的にはない。毎日のように訪れても読み切ることができないほどたくさんの本があるここは、白鷺にとって息苦しくてたまらないこの学園の中で唯一の安らげる場所だった。
 二階の一番奥の、カーテン越しにあたたかな大陽のひかりがあたる席。いつもの定位置についてきのう読み始めたばかりの本をひらき、文字を追っていると同じ机の、椅子をふたつあけたところにとある生徒が腰をかけた。それを微塵も気にかけず本に没頭すること一時間。
「なあ、いつまで本読んでんの。話そうぜ、白鷺」
 横から話しかけてきたおとこにため息をつきながら、白鷺はしおりを挟み、本をとじた。
「先輩が邪魔しなければ、ずっと読んでるつもりでした。というかここは図書室です。話をするための場所ではありません」
「じゃあ、移動する?」
 にんまり、蛇のようなあくどい顔で笑うのは図書委員長の雲雀(ひばり)というおとこだった。
 だれか注意してくれとおもっても、ここの管理を任されているのは彼で、ほかの生徒はおろか委員もいないのでどうしようもない。だれかがいるときは気を遣ってくれているのかこんなふうに話しかけてきたりはしないので、一応良識はあるのだとおもう。
「……しません。面倒なことになりますから」
「だよなあ。白鷺とおれがこんな関係だって知ったら、あの浮気ヤローうるさそうだもんなあ?」
「………………」
 浮気野郎。以前ならばその通りだな、と頷けたが、今ではそれも難しい。なぜなら――。
「白鷺……、こいよ」
 白鷺は誘われるがまま、雲雀と体を重ねてしまったからだ。
 寂しかったのかもしれない。表情が変わらないからって、なにも感じていないわけではないし、克樹の浮気にだって実際は傷ついていたのだ。そんなとき、やさしくされたらだれだって絆されてしまうとおもう。
 雲雀は決して誠実とは言えない人間だとわかっていたのに、あまい誘惑に抗えなかった。ひとのぬくもりが恋しくなっていた。
 ふだんぴくりとも動かない顔がくしゃりと歪み、あまい声を洩らす様子がたまらなくそそられるのだと笑う雲雀は、物好きに違いなかった。
 もう、何度目かもわからなくなるほどこのおとこと性交を重ねた。浮気者は彼だけではない。白鷺だって、同罪なのだ。
 ――潮時だ。なにもかもが。もう。
「……先輩」
 ほとんど衣服を乱さないまま交わったあと、白鷺はおとこを呼んだ。
「なに?」
 爬虫類を連想させるような顔は、それでいてひどくととのっていて、自分はこのひとの容姿がきらいではなかったな、とおもった。
「おれ、もうここにはきません」
「は…………」
「さようなら」
 あしたから、放課後は部屋にこもって勉強でもしよう。
 そう決めて歩き出した白鷺を、彼はひきとめなかった。
 雲雀にとってはこんなの、ただの遊びだ。そんなことわかっていた。だから、情をいだいてしまう前に離れてしまおうと――白鷺は、逃げた。でも、逃げることを自身にゆるす代わりに、やると決意したこともある。
 ――あした、克樹とわかれよう。
 おもいたったら即実行。周りのことを考える気などこれっぽっちもない白鷺は、さっそくメールを送った。
『明日、授業が終わったあと部屋へいく。話がある』
 準備は滞りなく進んだ。――自由になる、準備が。


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -