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呆気なく終わり、呆気なく始まる恋のはなし 1

※三角関係のち、ハピエン





 すきなひとに告白したらつきあえることになったのだが、そこでめでたしめでたしハッピーエンド、というわけにはいかなかった。
「うっ……、あぁあ……!」
「ふふ、きもちい? 征(せい)」
 こく、と頷けば後ろからさらに激しく突きあげられる。
 ――そう。おれたちは今、セックスをしている。恋人どうしの愛の営み。しかし、おれを犯しているのは恋人の誉(ほまれ)ではなく、尚也(なおや)というおとこだった。
「ぁ、は、ひ、ぃ……ッ、――そ、こぉ……! あ、やめ、あぁん……ッ」
 ぐじゅ、と中でさんざん掻き混ぜられたローションが卑猥な音をたて、剛直を受け入れている穴から零れおちた。


 ****


「誉のことが、すき、なんだ……」
 同性をすきになってしまったことに対する動揺とか、罪悪感とか、そんなものに悩むことに飽きたおれは、玉砕覚悟で大学の友人――誉に想いを伝えた。返事はイエス。天にものぼるきもちで交際を始めたのだが、彼は数日後、おとこをつれておれの家にやってきた。そして。
「あのね、こっちのイケメンは尚也。おれの、もうひとりの恋人」
 と、いけしゃあしゃあとのたまった。
 意味がわからなかった。それはあちらも同じだったのか、尚也と呼ばれた青年も瞠目し、驚愕のためか声も発せずにいた。
「おれね、ちょうどおんなじくらいの時期にふたりに告白されたんだけど、どっちかを選んだら片方が悲しむとおもったら、どうしても選べなくて――考えた結果がこれ」
「は…………?」
 かすれたおれの声など意に介さず、誉は自分の大好きな、蜂蜜のようにあまったるい笑顔を浮かべる。
「三人で、つきあえばいいんだよ」
 いやだ、むりだ。
 そう言ってしまうのは簡単だった。でも、それを口にすれば目の前のおとこに誉をかっ攫われてしまう。そうおもうと、なにも返せなかった。
 しばしの沈黙。そして、それを破ったのは――尚也だった。
「……わかった。おれは三人でも、いい」
「征は?」
 悔しかった。尚也の愛のほうが深いのだということを見せつけられている気がして、顔が歪むのがわかった。
「――それで、いいよ」
 こうして、三人での「おつきあい」が始まったのだ。


 ****


 揉める、ということは案外なかった。誉はひどく平等だった。よくも、わるくも。
 セックスも、彼が約割をぜんぶ決めた。
 誉はおれに挿れる。尚也も、おれに挿れる。誉は、尚也に挿れられることもある。完全なタチは尚也だけで、完全なネコもまた、おれだけだった。
 初めは、尚也に挿れられるなんていやだと猛反対した。尚也もいやそうな表情をしていた。けれど、誉のおねだりをふたりとも拒むことができなくて、結局こんな複雑な状況になってしまっている。しかも、だ。おれの頭を抱えさせる問題は、またべつにあったのである。
「あーッ、あぁッ! や、あぁ、やめて、ぁっ、ほまれ、ほまれぇッ、いや、も、やだぁ……!」
「だいじょうぶ。きもちいいんでしょ? 征のここ、とろっとろになってる」
 ――そう。きもちいいのだ。だから、困っている。なんで誉じゃないおとこに突きあげられているというのに、こんなに感じてしまうのか――。理由は、「体の相性がいいから」としか考えられなかった。
 襞に、境界がわからなくなってしまいそうなほどになじむ肉棒。それはひき抜く際も押し込む際も、いいところばかりにあたる。そのたびにひんひんおれが啼くものだから、尚也も戸惑ってしまうのだ。
 心と体はべつものだというが、ほんとうにそうだとおもう。そうでなければ、おれがこのにっくき恋敵のことをすきだということになってしまう。それだけは断じてありえない。絶対にない。そうおもわなければ、やっていられなかった。
「ひあぁああッ」
 ごんっ、と音がしそうなほど強く奥を抉られ、媚びたような嬌声が溢れ出た。
「あッ、あーッ、いや、ぁ、そこっ、だめ、だめ……ッ! おかしく、なっちゃ、ぁ、ほまれ、やめさせて、おねが、ほまれ……!」
「んー、征、ほんとにいやなの? ちんこ、我慢汁でぐちゃぐちゃだよ?」
 ペニスを握り込まれ、ひんっと艷やかな悲鳴が洩れる。
「ぁ、ぁ、あー……、い、く、ぁ、いっちゃう、ほま……ッ、」
 れ、と名前を紡ごうとすると、唇を塞がれた。そのまま、柔らかい粘膜の甘美な感覚に浸りながら射精する。
 蕾の生理的なしめつけにたえきれなかったのか、尚也もそのまま吐精した。


 ****


 もうやめよう。
 そんなことをおもってしまったのは、尚也に挿れられるほうが感じてしまうことを認めざるを得なくなってしまったからだった。
「ほんっと、どうしようもないな……」
 自分の体に呆れてものも言えない。
 脳裏に彼の顔をおもい浮かべるたび、下半身が熱くなる。それが想いびとでないのがまた、くるしくてたまらなかった。
 先日、誉のうちにおいてあったこのアパートの合鍵を持ち出してきておいた。そして、わかれもメールで告げておいた。とても、誉の顔を見ながら、声なんか聞きながら話なんてできる気がしなかったからだ。
 ひとり減ったところで、問題なんてないに違いない。尚也は誉をひとりじめできるとよろこぶだろうし、誉も征がもうやめたいって言うならしかたないね、と納得するだろう。
 同じ講義をいくつもとっているので大学で顔を合わせることは避けられないが、いい友達を演じようとおもう。恋人ではいられなかったから、せめてそれだけでも。
 誉が好きだ。だから、彼の中に「いいひと」として残りたい。
 今まで時間があけばふたりと性行為の耽っていたわけだが、突如その習慣がなくなるとおれはなにをすればいいのかわからなくなった。とりあえず来週提出予定のレポートを済ませてしまおうとコーヒーを淹れ、パソコンの電源を入れたときだった。インターホンが、やけに鮮明に耳に届いたのは。
 なんだかいやな予感がした。けれど、居留守を使うのもよくないとおもい、玄関へと向かう。
 覗き穴から見えたのは、すこしも予想していなかった人物の姿だった。
 なにしにきたんだ、と訝しんでいると、ふたたび呼び鈴を鳴らされた。誉からなにか伝言を預かってきたのかもしれないと、一瞬逡巡したのち、おそるおそるノブを掴んで扉をひらく。
「……どうしたの、誉からなんか言われた?」
「…………違う。おれはおれの意思で、ここにきた」
 戸惑う。尚也とは、必要最低限の会話しかしたことがなかった。おれより背の高い誉よりさらに身長のある尚也に見おろされ、すこしだけ息がつまる。
「おれがいなくなって、誉が尚也だけのものになったんだ。なんも、話すことなんてないとおもうけど……、もしかして、お礼でも言いにきた? べつに、気にしなくていいのに」
 そんな嫌味なやつではないとおもいたかったが、そう信じるには、おれは尚也のことを知らなさすぎる。
 きゅっと眉を寄せ、低い声を紡ぐおとこの顔をぼんやりと見つめた。
「……わかれて、きた」
「え…………」
 ーー理解が、できない。脳が尚也の言葉の意味を理解するのを拒んでいる。
 わかれる、って、恋人じゃ、なくなるってこと……? どうして……?
 混乱する頭はこどものように疑問ばかりを浮かべる。けれど、それを口にすることは憚られ、喉まで出かかったそれを呑み込むほかなかった。
「……ふたりのことはもう、おれには関係ないから。じゃあ、用がそれだけなら……」
 帰って、と言いながらドアをしめようとすれば、その真面目そうな容貌からは想像もできない、扉のあいだに足を挟むという行動を起こした尚也に驚愕を隠せず、おれは怯んでしまった。


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