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浮気野郎に仏の顔なんて見せるやつはばかだという話 1

※外見チャラ男×浮気され体質美人




 おれ、椎名(しいな)の親は離婚している。父の浮気にたえきれなくなった母が、離婚するときに慰謝料をふんだくっておれをひきとり育ててくれた。そんな母に恩を返さねばならないのに、おれは親不孝者だった。――同性しか、愛することができない人間だと気づいてしまったからだ。
 怖くて、悲しくて、つらくて。だれにも秘密にして高校を卒業し、大学に合格して母のもとから離れてひとり暮らしを始める日がすぐそこまでやってきたとき、今しかないとカミングアウトした。
 もしも、受け入れてもらえなかったら自分で学費を稼ぎながら大学に通うつもりだったし、長期休暇に入っても帰ってこないつもりだった。
 浮気はよくないことだ。母が父のことをボロクソ言うのは当然だった。だから、自分は絶対に浮気なんてしないと幼いころから決意していたし、はやくいいひとを見つけて結婚して母を安心させようとおもっていた。なのに、おれがすきになるのは例外なく皆おとこだったのだ。
「ごめんなさい母さん、おれ、父さんみたく浮気をするようなおとこにはならないって決めてるけど、可愛い彼女をつれてくることも、孫の顔を見せることも、たぶんできない……」
 泣きながらごめんなさい、と繰り返しているとしばらく沈黙したのち、母が口をひらいた。
 なんだ、そんなこと。驚きはしたけど、椎名が男性しかすきになれないならそれをわたしが責めてもどうしようもないわ。だから、いいひとができたときはわたしにも会わせなさい。
 ――そんなことを、彼女は言った。
 声はかすかに震えていたけれど、母はおれのすべてを受け入れようとしてくれた。そんな彼女に報いるためにもおれは胸をはって「彼がおれの恋人だよ」と紹介できる相手を探さなければならないわけだが、これがまた大変だった。
 出会いは多いほうがありがたいし、おんなに言い寄られるのは勘弁願いたい。そんな感じでおれは大学入学後、自ら公言はしないけれども、ゲイだということを隠すこともなくなった。母という絶対的な味方がいることが、おれの心を支えてくれていた。
 高校三年時、同じクラスにはいたがあまり接点はなかったチャラい雰囲気の満夜(みつや)というおとこがこの大学を受験し、受かっていたらしく入学式のあとで肩をたたかれ、その顔を見たときは驚愕したものだった。
 友達と呼べるほど親しくはなくとも彼以外はそれ以下の名前も知らない人間ばかりなわけで、知り合いがいたならそいつと仲よくなるのは自然な流れだった。
 同性しかすきになれないこともはやめに伝え、きもちわるければ離れるようにと言ったが、満夜は未だにおれと行動をともにしている。チャラい感じのおとこはいい印象がないため、ふだんなら好んでつきあうタイプではないのだが、やむを得ず友人になった割に彼の隣は居心地がよくておちついた。
 あまいマスクでおんなを魅了し、彼女を切らさないやつではあるのだけれど、一度に何人もの子と交際したりセフレなんてものをつくったりはしないらしく、すこし意外だった。悲しいことに父がどうしようもない遊び人だったせいか、まともな恋愛をしているというだけでその人物の株があがるのだ。
 母はなぜあんなおとこに捕まったのかと甚だ疑問ではあったが、おれの知らない魅力があのひとにはあったのかもしれない。浮気はしてたけど、やさしい父親ではあったし。
 マザコンかよと言われても否定できない程度には母のことが好きなおれが言うことだからすこし事実とは異なる可能性もあるが、母はとても美人だ。と、おもう。好みとかはないし性欲をいだくこともないけど、女性の美醜くらいはわかる。もう一度言うが、母は美人だ。それもけっこうな。
 ――となれば、次におれがなにを言うかも予想できるのではないだろうか。……そう。おれは、控えめに言ってもモテる。両親からととのったパーツをきれいに受け継いだ顔は男女どちらにも人気があった。ゲイだとわかっても近づいてくるおんなやおとこはすくなくない。そして、基本的には寄ってくる者を拒まないことにしたおれは一年のあいだに三人の彼氏をつくった。
 わかれた原因はいずれも彼らの「浮気」だった。
 初めに、おれは必ず告げる。浮気をするおとこはきらいだ、と。しかし、浮気はおとこの甲斐性だという言葉もあるくらいだ。まったく浮気をしないのは難しいのではないかとおもわないこともない。だから、おれが気づいていなければ浮気にはならないと考えるようにしている。それでも、もし浮気を見つけてしまった場合は。二回まではゆるすが、三回目が発覚した時点でわかれると決めていた。仏の顔も三度までというし。母はもっと我慢していたようだけど、それはおれがいたからだろう。おれが我慢しなければならない理由は微塵もなかった。
 交際を始めると、おれはなかなか相手に尽くすようになる。それがわるいのか、初めはいいおとこであった彼氏がどんどん魅力的でない人間になっていくのだ。態度がわるくなったり、おれに対する優先順位をさげてきたり。どこまでゆるされるのか、試されているようだった。それでもたえられなくはないと我慢していれば、浮気が始まる。
 二年生になって、新たな恋人がまたひとりできたがそいつもすでに二回ほど浮気をしていた。
 なんでこうなってしまうのだろう。三度目に気づいてしまった際に「もうむり」と告げれば「すきならなんでもゆるせるだろ」とか、「椎名がほんとにおれのことすきなのか確かめたかった」みたいなことを言われる。それが心底むかつく。おれは都合のいい恋人か、信頼のない恋人にしかなれないのかと。こいつははなからまともにつきあう気なんてなかったんじゃないかとすらおもう。
 大学に併設されている学生ばかりが利用しているカフェで、満夜の向かいに座りながらため息を吐いた。
「もうさ、浮気するななんて言わない。おれが気づかなきゃそれは浮気にならないんだよ。とにかく隠してほしい。ていうかふつう、浮気って気づかれないようにするもんじゃないの? なんで見つかるような証拠残したり、家におんなあげたりすんの? わけわからん……」
「おれはまあ、そいつらのきもちわからなくもないけど」
 大きなパフェをつつきながらそんなふうに返してきた満夜を睨むも、彼はまったく動じない。
「まあでも、不安だからってそれがおまえを傷つけていい理由になるともおもわない」
 あまったるそうなクリームを口に運ぶその姿は、このおとこだからゆるされる光景であるような気がした。おれが同じことをやったら似合わないだろう。そもそも、あまいものはそんなにすきでもないし。


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