short | ナノ
鳥たちの逢瀬 2



 ****


 きのう、返事はこなかったがメッセージを見ていないはずはないとおもって克樹の部屋の前まできた白鷺だったが、インターホンを押しても反応がない。ほんとうに留守なのだろうか、と考えつつ視線を彷徨わせれば、かつかつと靴の音を鳴らして近づいてくるおとこが、ひとり。
「なんで……」
 ここは、一年生の部屋があるフロアだ。彼がいるのはおかしい。なにかの用があるにしても――、この時間は、まだ仕事をしているはずなのに。
 ひとはすくない。けれど、まったくいないわけでもない。あと数メートルですれ違う、そんな距離まで彼と近づいた刹那、扉があく音がした。
「……白鷺、きたの」
「――克樹、」
「とりあえず、入ったら?」
 まあ、あのひとの用事に自分が関係あるとはおもえないし、克樹との話はここでするようなものでもないし、そのほうがいいか――と頷こうとしたとき、がっと強い力で腕を掴まれそれはかなわなくなった。
「白鷺」
 後方から耳に届くのは、もう聞き馴れてしまった声。
「……そいつ、だれ?」
 前方からは、現恋人からの質問。
 なにが起こっているのか、自分にもわからない。克樹の問いに戸惑いつつも「図書委員長?」とクエスチョンマークつきで返すと、今度は委員長――雲雀が訊ねてきた。
「そいつと、やりなおすのか」
「え」
 おもってもみなかった問いかけに間抜けな声が出る。表情は変わっていないだろうが、白鷺は驚いていた。
「今日はそのことについて話をするためにここにきたんですけど……。先輩、おれになにか用があるんですか」
 暗に腕を離してほしいと訴えれば、険しくなる顔つき。
 なんでいまさら、と小さくおとされた言葉の続きに、目を見ひらいたのは克樹だった。
「なんで今さら――、そいつと話すことがあんだよ。おまえのことほったらかして、ほかのやつばっか抱いて、寂しがらせてたやつだぞ。やりなおすなんて、ばかだろ。そんなに――そいつがいいのかよ」
 白鷺、寂しかったの、とうれしそうに言うおとこの声が、どこか遠くに聞こえた。
「……気づいて、いたんですか」
「……おまえが、おまえがあんな、寂しくてたまらない、みたいな、泣きそうな顔してなかったら――、おれは、手ぇ出さなかった。ただ、遠くから見てるだけでいいっておもってたんだ」
 手ぇ出すってなに、ねえ、白鷺、聞いてる? 白鷺、浮気してたの?
 後ろで克樹がなにかを言っている。けれど、脳がそれを理解しようとしなかった。
「…………ここには、けじめを、つけにきただけです」
「なら、なんでもうあそこにこないなんて言った」
「そんなこと先輩には、関係ないでしょう。――手軽に抱ける相手がいなくなるのが、そんなにいやですか」
「ふ、っざけんな!」
 大きな声にびく、と体が跳ねる。
「おれが、今までどんな想いで――」
 苦しそうな表情で、雲雀は続きを吐き出そうとした。けれど、は、となにかに気がついたようにな素振りを見せ、口をとじた。そして、すぐにもう一度それをひらいた。
「確かにおまえの表情はあんま変わんねーしわかりにくいけど、おれにはわかる。……ずっと、見てたからだ。あの図書館に通うおまえを。ずっと――、すき、だったからだ」
 すき。
 すきって、なんだっけ。
 そう混乱するほど、雲雀の告白は白鷺に衝撃を与えた。
「なあ、おれにしとけよ。こう見えて意外と真面目だし、一途だし、読書家だし、体の相性もいいだろ?」
 最後のでだいなしだ、とおもいつつも、すでに傾きかけていた白鷺の心にその言葉は追い討ちをかけた。
「――……白鷺」
「……克樹、」
「そのひとを、選ぶの」
 肯定するのは癪だ。だから、――ほんとうはもう決まっていたくせに――「わからない」と返した。……でも。
「それでも、もう、克樹とやりなおすことはできない」
「…………おれ、白鷺の考えてること、ぜんぜんわかんなかった。気をひきたくて浮気を繰り返してたけど――、寂しがらせてたことにも、気づけなかった。……ごめんね。次は――、しあわせに、なってね」
「……ありがとう」
 礼を述べながら小さく笑みを浮かべれば、克樹は瞠目したのちくしゃりと泣きそうな表情をして、うん、と頷いた。
「――、こい」
 雲雀に腕をひかれ、小走りであとをついていくと、すれ違う生徒たちに好奇の目で見られた。しかし、それをこれっぽっちも気にすることなく、彼は図書室へと向かった。
 目的地に到着すると、いつもの席がある場所の壁際に体を押しつけられ、わずかに痛みを覚えたがそれを訴えられるような状況でないことは、空気を読むことが得意ではない白鷺にもさすがに理解できた。
「せんぱい、」
「…………白鷺、」
 すぐそばにあったのは、縋るような瞳だった。
 自分はこのひとのことをなにひとつ知らなかったのかもしれない、と白鷺はおもった。
「……おれが今、なにを考えてるか、あててみせてください」
 そう言って、熱をこめた視線を雲雀に向ける。目は口ほどにものを言う。――いや、自分の場合はきっと、口よりも目のほうが雄弁だ。
 すこし悩んでから、彼は正解を口にした。
「先輩、すき、って、そうおもってる?」
「…………先輩がそう感じたなら、そうなんじゃないですか」
 恥ずかしくてあたりです、なんて言えなかった。けれど、雲雀にはそれでじゅうぶんだったらしい。
 貪るように唇を吸われ、くらりとめまいがした。
 想いが通じ合ったひととするキスはこんなにもあまく、きもちいいものだったのかと、白鷺はこっそりそんなことをおもう。
「――あしたも、あさっても。ここに、くるよな?」
「……はい」
 確認するように訊ねられ、肯定すればふたたび唇を奪われた。
 ――今日もあしたも、その先も変わらず。雲雀が白鷺より一足先に卒業してしまうまで、ここはふたりの逢瀬の場になるのだった。




End.


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -