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浮気野郎に仏の顔なんて見せるやつはばかだという話 2

 こんな愚痴を言える相手は、満夜しかいなかった。おれは絶望的に友達がすくない。大半のやつがゲイだって知ってるし、もともとフレンドリーなわけでもないし、まあ当然といえば当然なのだけど。
 昔から自分で自分の世界を狭めていたせいか、頑張って輪をひろげようという気にもならない。母という絶対的な味方がいて、満夜という友人がいて、あとまあ一応ではあるが恋人もいる。ほかになにが必要というのか。いや、必要ないね。
 おれはゆっくりコーヒーを飲み、満夜はパフェをひたすら食べて。次の講義までのあき時間をゆったりと過ごして、そろそろいくかと席を立つ。満夜が伝票をすっと摘まんで会計を済ませようとレジへ向かい、それに続いて財布をとり出そうとするも、「いいよ。今日はおれの奢り」とおとこが代金を払ってしまった。
「え、なんで」
「傷心中みたいだから。今日だけあまやかしてあげる」
 さらっとこういうことができるのだ、そりゃあモテるよなあと納得しつつ、「ありがと」と礼を告げる。
 おれから離れていかないのは母と満夜だけだ。でも、満夜はそのうち愛想を尽かして友達なんてやめると言い出すかもしれない。顔以外に優れたものなどないのだから、それも仕方ないのかもしれないが。
 友人よりも彼氏のほうがすぐに終わってしまう関係だとおもうから、満夜と恋人になれたらなんて考えることはない。しかし、こいつみたいな彼氏ができたらな、と夢見たことはすくなくない。
 この一年でわかったことは。他人とつきあうのは、おれにとってひどく難しいのだということ。


 ****


「わかれよっか」
「……え?」
「もう、いいよ。むりやりつきあわせて、ごめん」
 ――と、現彼氏に突然ふられた。初めてのことだった。今回もまた自分が浮気を見つけて、という展開になるとおもっていたので、なかなか衝撃だった。それに、意味もよくわからない。
「むりやりって、なんのこと」
「……椎名って初め、おれのことすきじゃなかっただろ。まあでもそれはよかった。すこしずつすきになってもらえれば、っておもってたし。けどさ……」
 わざとらしく浮気をしてみせても反応ないし、挙げ句の果てに違うおとこといるときのほうが楽しそうな表情をしてるって気づいたら、邪魔者はおれなんだっておもった。
 そんなことを述べられ、おれは戸惑った。たぶん、彼が言う「違うおとこ」ってのは満夜で、おれはあいつとの関係を疑われてるってことなのか。
「ちょ、ちょっと待ってよ。おれ、満夜とはただの友達だし、あいつのこと家に入れたことすらない」
 そう告げればわずかに驚いた顔をしたのち、目の前のおとこは迷うような素振りを見せた。
 ただすれ違っているだけなら、やりなおせるかもしれない。選択さえ間違えなければ今までと異なる未来へと導けるのではと、おれは唾をごくりと飲み込んだ。
「ごめん、やっぱだめだ」
「え」
「……おれは小さいおとこだから、その友人とのこと気にせずにはいられないし、そのたびに嫉妬するのはいやなんだ」
 ごめん、ともう一度謝って席を立ったおとこをひきとめることはできなかった。
 もしかして、かつての恋人たちも満夜との関係を疑ったことがあるのだろうか? 多くの浮気の原因はあてつけだったのか?
「わっかんね……」
 言ってくれなければわからないと憤る反面、それを告げられても満夜と友達をやめるという選択はない気がする。
 なんだか、ばかばかしくなってきた。恋人に誤解されることを極力避けるために、だれかを家に招くこともだれかの家にいくこともなかった。けれど、ぜんぶむだだった。
 もういいや、とおもう。今度、満夜をアパートに招こう。誘われたら乗ってもいいし。理由を話せば笑って受け入れてくれるだろう、たぶん。
 ――とか、おれは危機感のないことを考えていた。そしてその機会は、さほど経たないうちにやってきた。
「ねえ椎名、今日飲みいかない?」
「いいけど……どこで飲むの?」
「どっかてきとーなとこでよくない? いつもそんな感じじゃん」
 このとき、おれはチャンスなのではとおもった。どっちかの家にいくきっかけをつくれればと考えただけで、他意はなかった。
「宅飲みじゃだめ? 今月、あんま余裕ないんだ」
 嘘はついていない。
 満夜は瞠目して、すこし悩む素振りを見せたのち、「じゃあおれの部屋おいでよ」と微笑んだ。
 本日最後の講義が終わって、ふたりでドラッグストアに向かい酒を買い込む。互いにすでに誕生日を迎えており、二十歳になっている。問題はなにもない。
 ビールとチューハイ、それに加えてつまみを買い込み、駅から近い場所にある満夜が住むアパートへと案内された。
 エレベーターはないが、通された部屋自体はひろくて綺麗だった。
 まだ飲まないぶんは冷蔵庫にしまい、残りをテーブルに並べてさっそく缶をあける。
「お疲れー」
「乾杯」
 なんかてきとうに腹に入れてからのほうがよかったかな、と若干後悔しつつもビールに口をつけた。
「……ずっと、家はだめだって言ってたのに、なんで今日は誘ってくれたの?」
「……意味ないってわかったから。だれかを家に呼ばなくても、友達の家にいかなくても、結局疑ってくるやつは疑ってくるんだ」
 吐き出すようにそう言ってぐいっとアルコールを呷る。
 あんまりはやく潰れないでよ、と苦笑するおとこを無視してさきいかに手を伸ばした。酒にはとくべつ強くもないけど弱くもない。てきとうに飲んでいいればそのうち眠くなって横になるだろうから、酔ってもたいした迷惑はかけずに済むはずだ。
 テレビを見て、会話を交わして。そこそこ時間が経過したころにおれはうとうとしてきた。
「……椎名、眠いの?」
「んー……、ちょっ、と、だけ」
 なんて言っていても、瞼は今にもとじてしまいそうだった。
 やっぱりむり、ごめん。
 謝る前に、おれの意識は夢の世界に呑み込まれてしまっていた。


 ****


 あっあっという小さな喘ぎ声のようなものが聞こえてきて、おれは目を覚ました。満夜がAVでも見ているのだろうかとおもったが、おれはすぐに異変に気がついた。
 ――熱い。しかも、なんだか……きもちいい。すごく。
「……起きた?」
「んっ、え、みつや……?」
 耳元で囁くように問われ、近い、とおもうと同時に体がぶるりと震えた。
「え……、えっ? あ、ぁ、なに、して……っ」
 そこで、ようやく自分がなにをされているのかわかった。
 満夜のものが、後ろからずっぽりハメられていた。尻に。
「や、な、なんで……っ、ぁ、や、やだぁ……ッ」
「安心して、彼女とは椎名が寝てるあいだにわかれたから」
 浮気にはならないよ、とかなんとか言われたが、それどころではない。
 どうしてこんなことになっているのか、考えたいのに快感が邪魔をする。中を擦られるたびに腰がびくびくと跳ねてしまう。
「ぁ、ぁあ、だめ……ッ! あぁ、あン、ぁあー……ッ」
「ん、かわいい、椎名……」
「いっ、ちゃ、ぁあ、ひ、っあ! あんっ、あぁ、あ!」
 頭の中が真っ白になって、射精したあとに満夜も達したようだった。
 処女ではないし、今さらケツを掘られた程度でうだうだ言うつもりはないのだが、満夜の行動が謎すぎて困惑しかできない。おれを抱くために彼女を捨てたというのか?わけわからん。
「ねえ、椎名」
「ゃっ、ぁ、なに……?」
 入れたままぐるりと向きを変えられ、あまい声が洩れてしまう。
「浮気しない、おまえのこともよくわかってる。そんな彼氏、ほしくない?」
 そりゃ、そんなやつがいるなら願ったりかなったりだ。しかし、重要な部分が抜けている。
「そいつが、おれのこと、すきなら」
「……はあ。もう、鈍感。こういうのほんとやなのに。恥ずかしい」
 いい加減、アナルに入れっ放しのものを出してほしいのだが。話に集中できない。
「すきだよ。おれとつきあわないか、って言ってるの」
「…………え」
 ――困った。だって、満夜は友人だ。大切な。恋人になって、呆気なく失う可能性があるなら頷きたくはない。
 そんな迷いを察したかのように、おとこは本気なんだと言う。
「――すこしでも信頼を得られてから告白したかった。簡単に、終わったりしたらいやだから。ねえ、もうきっとおれみたいなおとこしばらく現れないよ。浮気なんて絶対にしない。一度でもしたらすぐに捨ててくれていい。椎名のこと大切にする。だから、おれにしときなよ」
 あまい誘惑の言葉に、負けてしまっていいのかと悩もうとしたが、満夜の顔を見たら一瞬にして心は決まった。
 ほしい、って。強く求められていると実感できる表情だった。
 もしかしたら、おれは母に似ておとこを見る目がないのかもしれない。満夜が、演技をしている可能性だってある。けれど、信じてみようとおもった。信じたかった。
「……だいじに、しろよな」
 満夜みたいな恋人ができたらいいなとはおもっていたのだ。本人がなってくれるというなら、しあわせになるチャンスを与えられたのだと考えればいい。
 いつかこいつを母に紹介できたらいいな、なんて夢を見つつ、おれは破顔した満夜からのキスを受け入れたのだった。




End.


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