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きみは世界でただひとり、ぼくだけの 3



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 ありさはその後、以前のように突っかかってくることはなくなった。その代わり、あかりを「ない」ものとして扱うようになった。
 今さら関係を修復できるなんて甘ったれたことを考えていたわけではないけれど、そうなればなったで悲しみは湧いてきた。
 無関心は、「きらい」以下だということだ。実の兄妹、しかも双子だというのにちっとも絆で結ばれているなんてことのない自分たちに、ここまでくると感心すらしたくなる。
 大学生になりひとり暮らしを始めた夜の元へとその二年後にあかりも転がり込み、彼が就職をしたあともそのままずるずると同棲が続いた。
 夜は、辛抱強いおとこだった。――いや、元々は違ったのかもしれない。けれど、あかりのことに関してだけは、我慢に我慢を重ね、時間をかけて信頼を積みあげていった。
 身なりをととのえ、友人をつくり、妹によって失っていた自信というものがひと並みにつき、ようやく夜の隣に立つことを自分にゆるせるようになるまで、長い年月が必要だった。でも、だからこそあかりは決断できたのだ。
 ――この先も、夜を信じると。夜と、いきていくと。
 ゆるされずとも、ふたりでやっていくつもりだと両親に話せば、戸惑いつつも彼らは静観すると言ってくれた。まだ心から祝福することはできないけれど、あかりにはしあわせになってほしいから、と。
 夜の両親には、猛反対された。今まで育ててやった恩を仇で返すとはどういうつもりだ、と。縁を切るとまで言われたが、それでも夜はあかりとわかれようとはしなかった。
 ここまでくれば、もうわかっていた。
 彼の人生には自分が必要で、自分の人生にも彼が必要だということを。
 夜は仕方ない、これでよかったんだと言ったけれど、あかりは一度突っぱねられたくらいであきらめるつもりはなかった。
 おとこが長い月日をかけてくれたように、あかりは何度だって夜の両親にゆるしを乞いにいくつもりだ。
 そうして、互いを伴侶として定め、新たな一歩を踏み出したあと。――ありさの結婚が決まったという、話を聞いた。
 正直、もうどんな顔をして会えばいいのかわからなかった。いっそ式には出ないほうがいいのではないかとおもったが、招待状は届いたし、夜もちゃんと式に出ろと言うので、あかりは複雑な想いを抱えながらも出席に丸をつけた。というか、家族なのに直接話すこともなく、招待状で出欠の確認をとられるという状況に、修復できない深い溝があることを見せつけられた気がした。




 一月後、ありさから直接連絡がきた。
 会って、話がしたいと言われた。
 なにもせず、ただ座っていろと念でも押されるのだろうか。
 心配しなくても余計なことを言うつもりはない。
 そうおもったけれど、いいよ、と頷いた。
 どんなにきらわれていようとも、やはり彼女は自分の妹で。無視できる存在ではないのだ。
 仕事終わりに待ち合わせのカフェにいけば、すでにありさは席をとって待っていた。
「遅くなってごめん」
「ううん、わたしもさっききたから」
 外だからか、怒られることがなく座ることができた。
 互いに注文を済ませ、それがくるのを待つ間、会話はなかった。なにを話せばいいのか、話題がまったくおもいつかなかったのだ。
 数分後、ミルクティーとホットコーヒーがテーブルにおかれてから、ようやくありさが口をひらいた。
「……あかり、きれいになったね」
「え、ああ……見た目? そりゃ、あんな芸能人みたいなひとと一緒にいたらさすがに気を遣わずにはいられなくなるよ」
 そう、と頷いた彼女は一拍呼吸を挟み、「わたしが夜とわかれたときのこと、覚えてる?」と言った。
「覚えてるよ」
 忘れられるはずがない。見たことのない妹の様子に衝撃を受けたことは、あかりの中にずっとしこりとして残っていた。
「……ぜんぶ、あのひとの言う通りだったの。あかりがわたしより優れてること、わかってた。でも、それを認めたくなくて、だれよりもちやほやされたくて、あかりを貶めた」
 そんなことはないだろうとおもったが、言葉を発する前にありさが話を繋ぐ。
「わたしの昔の彼氏ね、あかりを見るとみんなあかりのことばっかり知りたがるようになったの。それで、わたしがどんなに頑張っても『あかりのことをすきになったから、わかれてほしい』って言うの。つらかった。わたしがどんなに飾っても、あかりに顔を隠させても、優劣がわかるひとにはわかってしまうんだって」
 あかりには、自分にはないなんとも形容しがたい魅力がある――。
 妹が吐き出す本音に、あかりはただただ驚くばかりだ。
 なにも、知らなかった。知ろうともしなかった。ありさのつらさや葛藤を、自分はこのとき初めて知った。
「でもね、みんな、そこまで神経は図太くなかった。わたしとわかれたからじゃあ次はあかりと、なんてひとはいなかった。――夜を除いて。あのひとだけだった。わたしから告白したのも、あかりとつきあうって面と向かって言ってきたのも。でも、だからこそ続くはずないっておもってたの。あかりを面倒な人間にしたのはわたしだし、夜が時間をかけてだれかに寄り添うなんて想像できなかった」
 なのに、と自嘲を洩らし、彼女は続ける。
「ふたりで、挨拶にまでくるんだもん……。もうなんか、純粋に驚いちゃった。それで、いい加減わたしもちゃんとしなきゃって、おもった」
 なにを言われるのか。
 おもわず、テーブルの下で握った拳に力が入った。
「今のひととつきあって、わたしがあかりにしてきたこと、ぜんぶむだなばかな行為だったってやっとわかった。簡単にゆるされるはずがない。それだけのことを、わたしはしてきたんだから。でも、前に進むにはあかりにすべてを話さなきゃいけないっておもったの。だから、聞いてください」
 ――ごめんなさい。
 頭をさげて、震えた声で。ありさは謝罪した。
 ほんとうは、ずっといやだった。ふつうの家族みたいに話して、けんかして、仲なおりして。そんな、「兄妹」でありたかった。
「……いいよ、なんて、今までのことぜんぶ水に流すことはできない」
 とうぜんだ、と妹は顔をうつむけたまま頷く。
「けど、まだ遅くないっておもってくれるなら……、おれは、ちゃんとした兄妹に――双子になりたいよ。漫画や小説でよく見るような、言葉がなくても意志疎通ができちゃう、お互いになにかあったときにわかっちゃう、そんな双子にさ」
「……あかりって、ほんと、ばか」
 涙声で罵られても、痛くも痒くもない。それに、自分がばかだということは、紛れもない事実だ。
 初めから、対等であろうとすればよかったのだ。妹の言葉を鵜呑みにせず、自己をきちんと主張できていれば今とは違った関係が築けていたはずだった。でも、それを今さら後悔してもどうにもならない。だから、あかりは過去のことをどうこう言うつもりはない。
「……夜の言葉、ずっとひっかかってた。あかりに謝らないと前には進めないって、ほんとにその通りだった。けどもう、謝らない。あかりが、それを望んでないって、わかるから」
「うん。それでいい」
 潤んだ目をしたありさが、顔をあげて微笑む。――それはとても美しい、おとなの女性の顔だった。


 カフェを出て、夜が待つマンションへと向かう。
 帰りがすこし遅くなるとは伝えてあるが、もう夕飯の支度は済んでいるのだろうか。
 なんだか無性に、彼がつくるオムライスが食べたくなった。
 外食することや惣菜を買ってくることもないわけではないが、将来のためになるべく自炊はきちんとしようと決めている。夜がたまに披露してくれるお洒落な洋食の中でも、オムライスはお店で出てきてもおかしくない味なのだ。それが、あかりは大好きだった。
 携帯をとり出し、メッセージを打つ。
『今日、ご飯なんですか?』
 返信はすぐにきた。
『わざわざ聞いてくるなんて珍しいな。なに、食べたいもんでもあった?』
 あった、ということはもうつくってしまったあとなのかな、と予想しつつも『ふと、夜さんのオムライスが食べたいなあとおもったんです』と返せば、『まじか』と送られてきた。
 まあ、今日じゃなくてもいいんだけど――と返事をしようと指を動かしている間に、夜からのメッセージが届く。
『はやく帰ってこい。今日、夕飯オムライスだから』
 びっくりしたのち、あかりは破顔した。
 今日、ありさと会うことは話してあった。帰宅したときに気分が沈んでいたら、すこしでもそれが回復するように夜がメニューを自分の好物にしてくれたのかもしれないとおもうと、たまらなくなった。
 顔を見たら一番に、「ありがとう」を。そして次に「愛してます」と告げようと決め、あかりは必死に足を動かし、愛しいひとが待つ家への道のりをたどったのだった。




End.


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