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きみは世界でただひとり、ぼくだけの 2

「……すきだ」
「え……」
 なんの冗談だ、と言いたかったし、ひどく混乱した。しかし、わかっていたことがひとつ。
「よ、夜さんにはありさが、」
「わかれる。――おれは、おまえがほしい」
 急展開すぎて心も体もついていかなかった。
 遊びなのかもしれない。ありさと彼が、ふたりで面白がってこんなことをしているのかもしれない。
 嫌な考えばかりが浮かんできて、答えられずにいると夜は痺れを切らしたのか自分の衣服を脱がしにかかった。
「えっ、やっ、あっ、」
「白いな」
 女子よりも白く、貧相な体はあかりのコンプレックスだ。けれど、そんなことは気にしないと言わんばかりにおとこは浮き出たあばらを慈しむようにやさしく撫でた。
「夜さん、夜さん、待って、待ってください、」
「なに」
「お、おれはおとこです、それに、まだ返事も、」
「……どうでもいい」
 へ、と間抜けな声が洩れた。
「おまえがなんと言おうと、おれのものにするから」
 なんて強引なひとだ、と唖然としているうちに、行為は進んでいく。
 力ではかなわない、やりかたもなにひとつわからない、そんなあかりは夜にされるがままになるしかなかった。
 ぼんやり、ありさのことを想う。
 ――彼女は、ずっと蔑み続けてきた自分に恋人をとられたと知ったら、どうするのだろう。
 悔しそうに顔を歪めるところを想像すると、今まで沈殿していたどろどろとした塊がすこしだけ洗われたような気がした。
 救えない性格だ。
 自身に呆れて嘲るような笑みを小さくおとすと、「集中しろ」と夜に叱られた。
 もう、なるようになれ。
 考えることを放棄したあかりは、すべてを彼に委ねてしまうことにした。




 羞恥で死んでしまうのではないかとおもうようなことを散々され、動けなくなったあかりは情けなくも自室のベッドまで夜に運んでもらうこととなった。
「ごめんなさい……」
「や、おれこそわるかった。やだって泣かれても、やめてやれなかった」
 彼の言葉により、きもちいい、やだ、おかしくなる、そんな台詞を口にしながら乱れてしまった自身をおもい出し、顔がかっと熱くなる。
「……本気だから」
「え……?」
「遊びとかそういうんじゃねえって、わかってて」
 宝石のように美しい黒の目。それに見つめられ、あかりに拒否する選択肢はなくなってしまった。
 はい、と頷けばそっとキスをされ、胸の奥がむず痒くなる。
「はやく、おれのことすきになれよ」
 それには応えず、枕に顔面をうずめたけれど、真っ赤になった耳までは隠せなかったので、夜にはどんな表情をしているのかばればれだったに違いない。
「……あかり」
 だれからも得られなかった単語を、もう一度彼が口にしたとき。あかりには、夜にあっさり陥落してしまう未来が見えてしまったのだった。


 ****


「うそでしょ……?」
 ありさが青ざめ、震えるその姿はふつうのおとこだったら駆け寄って支えてやりたくなるものだったが、あいにくここにそんな人物はいない。
 夜と一緒に帰宅し、恋人どうしのふれ合いが始まると信じて疑わなかった彼女は、二階にいる自分にわざわざ声をかけた彼に戸惑っていた。そして、ソファーではなく向かいに座らせ夜が告げたのは、「あかりとちゃんとつきあいたいから、わかれてくれ」という妹にとっては屈辱すぎる台詞だった。
「せ、先輩……、あかりはおとこなんだよ? どうして? なにを、吹き込まれたの?」
 日ごろのおこないを告げ口されたとでも考えているのか、ありさに睨まれ居心地がわるい。しかし、手を握られているためあかりがその場から逃げることはかなわなかった。
「綺麗だったから」
「……きれい?」
「近くにいたら、自分まで綺麗な人間になれるんじゃないかって錯覚するほど、あかりはまとってる空気が綺麗だった」
 正直、よくわからなかった。自身はとてもではないが心が綺麗な人間ではないし、夜の目にはどれだけ自分が美化されて映っているのだろうとおもった。
「おまえだって、わかってんだろ。自分が、あかりにはかなわないってこと」
 このひとはなにを言ってるんだろう、と内心首をかしげながらそっとありさへと目線をずらせば、彼女は唇を噛んで体を震わせていた。
 ――なんで、否定しないんだ。
 わけが、わからなかった。
「一番可愛がられたい、ちやほやされたい。でも、そのためにはあかりが邪魔だった。違うか?」
「もう、やめて……。わかれるから、わかれるからっ」
「自分と同じ顔をしていて、頭もよくて。さらには庇護欲まで誘う。そんな片割れがいたら、好意を独り占めするなんてこと、むりだからな」
「やめてよ!」
 ありさがヒステリックに叫ぶ。そんな妹の姿は、今まで見たことがなかった。
「……今じゃなくていい。でも、いつかちゃんと謝れよ。そうじゃないと――前に進めなくなるのは、おまえだぞ」
 ぐずぐず、泣いているありさは夜の言葉にはなにも返さなかった。
 呆れたようにため息をつき、いくぞ、と手をひかれ、あかりは立ちあがり、たたらを踏みながらおとこの後を追う。ちらり、振り返った際に見えた妹は、未だかつてないほどに小さく、か弱く見えたのだった。


 家を出て、駅までの道を歩く。悲しいことに脚の長さが違うため、ついていくのがやっとだ。体力のなさも相まって、すぐに息が切れた。
「っ、は、はぁ……、夜さん、」
「……わるい」
 もうすこしゆっくり歩いてほしい、とお願いする前に、彼は謝罪を口にし歩調を緩めてくれた。
「……どこに、いくんですか」
「うち。おれはもうあそこにはいけねえから、おまえがこっちにきて」
 返事なんて、あってないようなものだった。だって、彼はイエス以外は受け入れないだろうから。
「夜さん、……手、離してください。逃げないから」
「べつにいいだろ」
「へんな目で、見られる……」
 ぼそりと呟けば、夜は立ちどまって後ろを振り返った。恐る恐る見あげたおとこの顔は、すこし傷ついているような気がした。
 すっと、繋いでいた手を離され、自分から言ったくせにどことなく寂しいきもちになる。
「……おれは、あかりとつきあってること、隠したくない。あかりがおれのことすきになって、一緒になる覚悟が決まったら、二度とこんな譲歩はしないからな」
 夜は、いつか自分に飽きるかもしれないのに、わかれる可能性だってなくはないのに、そんなことを言う。ずっと先の未来まで、考えているようなことを。
「……はい」
 うれしかった。たとえそれがおとなからしたら子どものたわごとだと鼻で笑ってしまうような言葉でも、あかりはそのとき確かに、うれしいと感じたのだ。だから。
 ――信じてみよう。
 そう、おもった。


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