愛言葉の花束をきみに | ナノ

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 ひとに言えない性癖を持った人間が集うバー、「Lien(リアン)」。その店はとある男性が経営している。
 昔、つきあってはみたものの互いにしっくりこず、短い期間でわかれてしまった相手がいたのだが、彼とは今でもたまに食事をして近況報告をし合ったり悩みや愚痴をぶちまけ合ったりする仲だった。そんな友人と呼べるのであろう人物が、つい最近終わったはずの恋愛に鬱屈としていた自分に新しい出会いをもたらすため、つれてきてくれたのがここ、Lienだ。
――自分、津田新(つだあらた)はゲイである。そのことに気づいてからはそれをひた隠しにしてきたわけだが、まったく恋愛をしなかったわけではない。ゲイはノンケにだけは恋をしてはいけないと断言してしまうほどには、いろいろなおとこと経験を積んできた。
 Lienにはゲイだけでなく、サディストやマゾヒスト、ロリータコンプレックス等々、大声では言いづらい性癖を持っているひとびとが集うのだが、他人のそれを外で口にするのはとうぜん、NGだ。それに、立場や性癖に関して優劣をつけることをほかでもない店長がゆるさないため、その場はだれに対しても平等に接することができ、平等に接されることができる居心地のいい空間だった。
 そもそもまず、店長がすごいのだ。彼はオカマ――ではないのだけれど、女装が趣味の男性だった。話しかけられればどんな女性でも黄色い声をあげてしまうであろう、ととのった顔立ちをしている――すっぴんを見たことがあるわけではないが、見ればわかるレベルのイケメンなのだ――のに、それを自らだいなしにしているのだ。けれど、彼のもとにはひとが集まる。街を歩いていたらふつうのひとがぎょっとするような姿をしてはいるが、ここではそんなことは問題にならない。彼がそういうふうになるよう、この店を一からつくりあげたからだ。店長は尊敬に値する人物だと、新は心底おもう。
「アタシ、女装したままヤらせてくれる恋人ができたらその子と結婚するって決めてるの。それくらい、この格好女性ウケわるいのよね。なんでかしら」
――というのが彼、桝田繁幸(ますだしげゆき)の口癖だ。繁幸という名前はおとこらしさ全開のため、フルネームで呼ぶと怒られるので皆が彼のことを「ママ」または「ユキさん」と呼んでいる。新は後者だ。
 繁幸はおんなとして扱われることをよろこぶけれど、恋愛対象は女性らしかった。そのちぐはぐさがうまく受け入れてもらえないようで、三十を過ぎた今でも特定の相手をつくらず独り身を貫いている。
 そんな彼はわけありの人間が集うバーをうまく回しているだけあって、話を聞くのもアドバイスをするのもうまい。新も、初めて来店した日に沈んだ顔をしているところを突っ込まれ、あれよあれよという間に最近わかれた恋人のことを話してしまっていた。
 繁幸は、相槌を打って「そうね。わかるわ」とただうなずくだけの場合もあれば、顔つきを変えて相談の内容を聞き、相手を叱咤することもある。
 ちなみに、自分は叱られたあとに、「でもアタシはアンタより彼氏のほうがわるかったとおもうわ。だから、いつまでもうじうじしてないでしゃきっとしなさい!」と励まされた。絶対的な味方になってくれないところに、彼に対する信頼感がうまれた。それからはもう、完全に繁幸の虜となりバーに通いつめている。
「こんばんは、ユキさん」
「あら、またきたの新ちゃん」
 繁幸は客のことを、一回り以上歳上でもない限りは「ちゃん」づけで呼ぶ。距離が近い感じがして初めはおちつかなかったが、今は慣れてしまっていた。
「ユキさんのお店ご飯が美味しくて、つい」
「そりゃ光栄だわ。でも、ほぼ毎回お酒も飲んでるじゃない。アンタまだ若いし健康についてどうこう言うつもりはないけど……生活に支障は出ないの?」
 新は二十六で、若いといえば若いが自分から見れば下も増えてきている微妙な年齢だ。それでも、三十を過ぎている女性――体は男性だが――の目の前で「もう若くない」などと言えるはずもなかった。
「ぼくの会社、営業は契約とるたび歩合が給料に上乗せされるんです。成績はけっこう上のほうなので、まあ……自分へのご褒美も兼ねて、みたいな感じですね」
「大和撫子のおとこ版」といえば聞こえはいいが、ようするにおとなしそうな見た目をしているのだろう。新は、同性から舐められる傾向にあった。それは昔から変わらないのだが、なよなよとしたおんなっぽい外見は女子に受け、彼女らがカードしてくれたおかげでいじめとは皆無だったがおとこ友達も大学生になるまでできなかった――とまあそんな容姿をしているものだから、営業職だと言えばたいてい驚かれる。そして、給料は同年代よりもだいぶ多くもらっている自覚があるため自ら語ることはないのだが、ふとした瞬間「現実」が顔を覗かせ、意中の相手のプライドを傷つけてしまうことがあった。
 今回、繁幸に正直に話したのは彼がこの「事実」に対して妬みや僻みをいだくことはないという確信があったからだ。
「あらやだ、そうなの? あ、もしかしてそれでお酒強いの?」
「まあ、一応。記憶なくなるほど飲んだことがないだけかもしれませんけど」
 今度飲んでみなさいよ、と笑いながら「今日はなに食べてく?」と聞かれ、「ママのおすすめで」と答える。「ママのおすすめ」というのはれっきとしたメニューなのだが、それがあるということを知らなければ頼む機会は訪れない、ひとによっては幻のメニューだ。メインにサラダとスープがついてくる、お得なセットである。まあ、ここで節約したぶんは結局、酒に消えてさらに追加で消費までしてしまうのだけれど。
「でも、新ちゃんが成績いいのはわかるわぁ。アタシも、ただ元気で印象がいいだけの子より懇切丁寧な対応をしてくれる子に営業されたいもの」
 繁幸には自分がそんなふうに見えているのか、と頬を染めうつむくと、「照れちゃってカワイー」とほっぺたをひとさし指でぐりぐりと抉られた。爪がちょっぴり食い込んで、痛い。
「あーもう! このもちもちの白い柔肌! 毎日必死にケアしてるアタシの肌より調子よさげでやんなっちゃうわ!」
「ユキさんのお肌、とってもきれいに見えますけど」
「暗めの照明と化粧でごまかしてんのよ! 言わせないで!」
「す、すみません」
 自分たちのやりとりを聞いていたのか、周りから「ママはきれいだよー」とか「おとこどもは完璧に騙せてるから問題なし!」とか、言葉が飛んでくる。それにおもわず笑うと、「笑ってんじゃないわよ!」と怒られた。しかし、怒り顔はすぐにほどけていつもの微笑を湛えた表情に戻る。


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