駆と同室なってはや数ヶ月。初めはとんでもないやつと同部屋になってしまったと嘆いたが、今やすっかりそのきもちは消え失せてしまった。
 未來は確かにどこにやっても恥ずかしくないよう育てられてはいたが、それは一般人の生活にあてはまる意味合いではなく、社交界での話である。家事というものはここにきてから覚えたし、メニューが豊富で一流シェフが調理場をしきっている食堂が寮にも校舎にもあるため、料理はする必要がなかった。というか、するという思考に至ることさえなかった。――が、駆は違った。平日の朝と、休日。時間があれば自炊をしているのだ。
「なんで自炊するの?」
 そう訊ねれば、「食堂、ひとが多くていやなんだよ」と返された。未來も人混みは苦手なので、そのきもちはよくわかる。ただ、だからといって自分で飯をつくるかというと、そんなことをする気にはなれないというのが正直なところだった。
「それに、料理きらいじゃねーから」
 お湯を沸かしたり電子レンジを使ったりするとき以外はほとんど用事のないキッチンで、休みの日に時間をかけて料理をしている駆を見かけることは、多々ある。まだ高校生にもなっていないというのに、その姿はまるでおとなのように見えた。
「未來も食べるか?」
 柔らかな表情で提案してくれる駆に、未來はいつしか「食堂いくからいいよ」と断ることさえなくなっていて、ふたりで過ごすことが格段に増えていった。
 基本的には彼が出したものに文句はなく、黙って食べるのだが、リクエストを聞かれたときはここぞとばかりに「お肉」と食いつく。すると、すでにこのやりとりを幾度かしていた駆はこうなることがわかっていたとでもいうように、愉快そうに笑って「じゃあ今日はステーキにするか」と自分の意見を受け入れてくれるのだ。
 食堂の料理は、味つけが変わることはない。玉子焼きはだし入りか砂糖入りのどちらか、といったように選べるものもあるのだが、それ以上はどうにもできない。けれど、駆がつくってくれるものは違った。
「もっと濃いほうがいい」「これはもっとあまくしてほしい」等、わがままを言えば彼はそれに応えて味つけを変えてくれる。そして、できあがったものをふたりで食し、「やっぱりこっちのほうが美味しい」とか「前のほうがよかった」とか、意見を言い合った。そのうち、駆は未來の舌の好みを把握していったのだろう。気づけば指摘ひとつできないものが食卓に出されるようになり、それに唸ればおとこは得意げな笑顔を見せた。
 駆は、だれとでも寝るということさえ除けば完璧な人間だった。ちょっと強引なところはあるが、やさしいし、気を遣えるし、家事もでき、成績も優秀ときた。勉強しかとりえのない自分とは大違いだ。性別など関係なく人気があるのも、とうぜんといえる。そんな彼に、すこしだけ嫉妬しながらも未來は憧れのきもちをいだいた。そして、それはたやすく成長し、べつのものに進化を遂げる。
 おそらく、駆も自分のことをとくべつに想ってくれていた。おとこのやさしさは平等ではなかったし、それを一身に受けている自覚があった。しかし、根が情け深いのだろう。ほんのすこしでも彼のあたたかい部分を見せられた者は、いっそう駆にのめり込んだ。それを見ながら未來は、ちくりと胸をさす痛みに気づかないふりを続けていた。


 初めて体を重ねて以来、頻繁に駆はベッドに誘ってくる。最初のころは「だれが抱かれるか」と渋い表情をして断っていたが、距離が縮まってきてからは素直にうなずくようになっていた。「いやだ」と言うと、「あっそ」と部屋を出てほかのおとこのところにいってしまうからだ。何度か「いいからこい」と強引に寝室にひきずり込まれたこともあったが、そんなのは片手で数えられる回数しかない。現在、それが両手両足を使ってもたりないほどになっているのは、未來がそうしたいと願ったからにほかならない。
 このおとこのすべてがほしかった。だが、それはかなわぬことだし、かなってはならないことでもある。未來にゆるされているのは、記憶に刻みつけることだけだ。駆との日々を、その表情、声、しぐさ、ひとつひとつを、忘れないように、毎日。
 お互い、セックスをしていることはだれにも言わなかった。それが、暗黙の了解となっていた。そして、そのせいなのか駆と同室でありながら体の関係がないのだと判断され、未來は彼に懸想している可愛らしい少年たちから相談を受けることがたびたびあった。
「駆くん、最近遊んでくれなくて……。忙しい、のかな?」
「ぼくじゃない、ほかのだれかと会ってるのかな?」
「柏木くん、なにか知らない?」
 そんな言葉を聞くたびに、「なにも変わりはないみたいだけど」「ごめん、わからない」などと返しながら、自分の心は歓喜した。
 駆が、未來だけにしようとしている。
 そのことがわかってしまったからだ。
 矢印が向かい合っていることはとうに気づいていて、それでも踏み出せない、踏み出すつもりのない未來になにをおもったのか、彼は行動を開始した。いや、もうずっと、自分は罠にかかったままだったのかもしれない。
 どうやったら逃げ出せるのか、抵抗できるのか。わからないまま、ただ待つことしかできなかった未來に、駆は急がなかった。
 逃がさない自信があったのか、逃げるはずがないと未來のことをあまく見ていのか。とにかく、焦らずじっくりと捕らえた獲物を捌くつもりらしかった。
 このまま、心を丸裸にされてもかまわないかもしれない。
 そんなふうにおもうほど、未來はおとこに心をひらいていた。しかし、信頼というものはつみあげるのには多大な労力を必要とするくせに、崩れ去るのは一瞬なのだ。しかも、それは容易に戻すことはできない。
 未來の、唯一の琴線ともいえる部分に与えられた衝撃により、ふたりの雰囲気は一変することになる。
 その未来を知らない駆と自分は、その日がくるまで気分は受かれ、部屋はあまい空気で満たされた、恋人になるのが秒読みというような状態で毎日を過ごしていた。

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