十月三十一日。その日はハロウィン。いくら魔法が使えて一般人とは異なる部分があるといっても、学園の生徒たちはまだ子ども。イベントごとに浮き足だつのもしかたないことだった。しかも、その日はすこしだけ現世と精霊界の境界が曖昧になり、ふだんは聞こえないものが聞こえたり、見えないものが見えるようになったりすることがあるのだ。召喚獣の力も強くなり、魔法使いには魔力が満ちる。はしゃぐきもちもわからないことはない。
 ただ、はしゃぐのは必ずしも人間とは限らない。――そう。ハロウィンは精霊たちにとってもとくべつな日なのである。
 人間たちに感化され、いつもとは違った衣装を身につけ、彼らが用意したお菓子をこっそり盗んだり、いたずらをしたり。そうして、精霊たちもその日を存分に堪能していた。
――そんな中、毎年皆がたむろしている人気のスペースが存在する。それが、生徒会副会長、優の部屋だった。
 霞ヶ丘学園ではハロウィン当日に、全国生徒が自由に参加することができる仮装パーティーが行われている。そのため、優自身は自室にいないのだが、精霊たちの目的は彼ではないから問題ないのだ。
「ねえねえ、今年のはなあに?」
「苺と木苺のタルト! 可愛いし、とってもおいしそうだわ!」
「わあ! みんながくる前に食べちゃおうよ! はやいもの勝ちでしょ?」
「そうしましょ、そうしましょ」
 キッチンにある皿の上に無造作におかれている、赤い実が溢れんばかりに盛られているまるで売り物のようなタルトを少女の姿に扮した精霊四人が、背伸びをしながら覗き込んでいる。
 ここはもちろん寮の中で、さらには役員の専用フロアだ。扉や壁、床等には厳重な魔法が施されているため、他者が勝手に侵入することは不可能なその場所にするりと入り込めるということは、この世界の住人ではないということの証明だった。
「でも、食べてしまうのがもったいないわ」
「そうね。きらきらしていて、とってもきれいで、宝石が敷きつめられているかのようなタルトだわ」
「あーん! なんでわたしたちの世界には『シャシン』がないの!? あれがあれば、いつだってこれを眺めることができるのに……」
「それでも、わたしたちは幸運よ。スグルの初めてつくったケーキを食べたことがあるんだもの」
 そうよね、そうよね、とうなずき合い、「じゃあ、いただきましょう」と皆がそっと一切れずつタルトを手にする。
 彼が簡単な菓子をつくるようになったのは、中等部にいたころのこと。そして、その当時のつまみ食いをきっかけに、見えない存在であるためにどうしても偏ってしまっていた優の中の「魔法を使うための道具」という精霊への想いが改まっていったことは、とてもよろこばしい変化だった。
 彼はふだんは時間がかかる凝ったものはつくらないが、ハロウィンの日だけはとくべつに、見た目のうつくしさまで追求した美味しいケーキを用意してくれる。たまにおかれているクッキーやスコーンももちろん楽しみだが、一年に一度のこれは格別なのだ。
 精霊は大地に満ちている魔力を少量とり込めばそれが人間でいうところの食事となるので、実際になにかを口に入れて噛んで呑み込むという行為はむだの一言に尽きるのだが、つまみ食いは多くの精霊がやらかしていた。遥か昔は物好きの趣味だったそれも、今やごくありふれた嗜好のひとつとなっている。
 人類の食は、精霊界でも注目するものが多いジャンルだ。
 ここにいる四人も例に漏れず、「食べる」ということに娯楽を見出だしていた。しかし、量はさほど必要ない。味が楽しめるだけ――、たったひと欠片さえあれば、それで満足できるのだ。
 タルトは、そんな精霊たちの性質を理解していると告げるように、十六等分されていた。なるべくたくさんの精霊に食してもらおうという、つくり手からの気遣いが感じられる。
「……スグルのこういうところ、美点よね」
「そうね。つい率先して力を貸してあげたくなっちゃう」
「こういうことがあるから、人間に縛られてあげるのもわるくはない、なんておもってしまうのだわ」
「シンドウっておうちはあたりよね。わたし、エンは素敵な子だとおもうけどジンボに縛られるのだけは絶対にいや!」
 わかるー! と、きゃいきゃい会話を弾ませる様子は現世のかしましいおんなたちとなにひとつ変わりない。
 もったいないからと先延ばしにしそうになるきもちを抑え込み、タルトをぱくりと一口で食べてしまう。
 甘酸っぱい果肉に、あまいカスタードクリーム。そしてバターがたっぷり使われているとわかる風味のあるタルト。それらが合わさって、口の中にしあわせを運んできた。彼女らはたまらず破顔し、優について満足するまで語らったのちに力を合わせて水を動かし、なんとか文字のかたちを形成する。
「読めるかな?」
「わかんない。けど……」
「うん。スグルなら、読めなくても察してくれるわ」
「そうね。そうよね」
 それは字を覚えたての幼いこどもが書いたかのような、歪なメッセージだった。ハロウィンの日、境界が曖昧になるといえど、これが精霊にとっての精一杯だ。
 自分たちの感謝の意思が伝わりますように、と願い、後ろ髪をひかれる想いでその場から去る。
「次のお菓子をもらいにいきましょ」
「いたずらしにいきましょ」
「人間がどんな反応をするか、楽しみね」
「ええ、とっても楽しみだわ」
 各々、長さも色も違う髪を風で靡かせつつ少女たちの笑い声と足音は優の部屋から遠ざかっていった。


 ****


 ハロウィンパーティーを終えたあとは、片づけを済ませてから役員のみで集まり、短いお疲れ会のようなものをおこなうことが昔から恒例となっている。今年もそれは変わることなく、この日のために優が用意したケーキと紅茶で最後がしめくくられるのだ。
「お、今年は抹茶の……ティラミス?」
「相変わらず、売り物みたいだな」
 瑞希と社がそう言いながら隣合うようにソファーに座る。そうなると、必然的に優は焔の横に腰をおろすことになる。
「そ。あまいものが得意じゃないやつがふたりもいるからね」
「おまえがつくる菓子はあまくても美味いって言ってるだろう」
「それでもだよ。実際に食べたら美味しいっておもうのかもしれないけど、苺が乗った生クリームのケーキなんて見ただけで胃がもたれそうだとか心の中でげんなりするでしょ?」
 紅茶を配りつつ焔のフォローにそう返せば、事実だったのか反論はしてこなかった。
「はい、じゃあお疲れさま。参加したみんなは楽しんでくれてたみたいだし、今年のハロウィンパーティーも大成功だったね。あしたは休みだし、ひづけが変わる前には解散するから、みんなゆっくり休むんだよ」
 優が告げると、「……こういうのって焔がしきるべきじゃないの?」と瑞希が焔の顔をじとっとした目で見つめる。しかし、見られている本人はどこ吹く風といった体でカップを持ちあげた。

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