****


 駆といることで雰囲気が柔らかくなったからか、未來は告白をされることが増えた。そして、どこからか情報を得てそれを完璧に把握し、嫉妬までしてみせたおとこに気分をあげられ、色事に疎い自分はまさに陥落寸前だった。なにもかもがうそで、演技だという可能性を疑うことができなかった。
 頭の中に駆しか残らなくなる。恐ろしいはずの感覚が、あまりの多幸感に塗り潰され、まともな思考をゆるさない。
 このまま、足元から沼に沈んでいくのだと、それでいいとさえおもっていた。けれど、うまくいかなかった。
 未來がすべてを捨てるには駆への信頼がたりず、駆もまた、未來が抱えている闇を見誤ったのだ。
 朝、寝ぼけ眼でリビングに出れば、あたたかい朝食と駆からの口づけに迎えられる。
 昼間は、そんなことをする理由などないのに、不仲――とまではいかないが、「ただの同室者」を装う。
 夜、帰ってきたふたりはおかえりのキスとただいまのキスを交わし、まるで恋人どうしのような時間を過ごす。
 相変わらず駆のご飯は美味しくて、与えられる愛情はあたたかい。未來は彼の前でだけ、本心をさらけ出し笑顔を見せることができるようになっていた。
 がむしゃらに勉強ばかりしていたのがばからしくなって、おとことのいけない遊びにのめり込む。
 そのせいで、ほんのすこしずつではあるが成績がおち出してきたものの、未來はそれをとくべつ気にすることもなかった。学園側からしたらそれでも自分は優秀すぎる生徒であったし、以前よりも明るくなったと評判の未來を、教師も安心したように見守ってくれていたのだ。
 順風満帆だった。なにひとつ、不満のない生活がそこにはあった。欲を言えば仲のいい友人をつくりたいという想いがあったが、それはいつでもできるからと駆との時間を選んだ。
「未來、今日はなに食べたい?」
 微笑んで問うてくる彼に、はにかんで答える。
「ハンバーグ。あの、チーズいっぱいのやつ」
「了解」
 ハンバーグと茹でて味をつけた野菜を鉄板の上に乗せて出されるそれは、ナイフで切りわけると中から肉汁とチーズが溢れ出す未來のお気に入りの一品だ。ハンバーグの中だけでなく、上にもとろけたチーズがかかっていて、ジューシーかつ濃厚なあの味をおもい出すだけで涎が分泌される。
「おまえってほんと、見た目に似合わず肉料理好きだよなあ。しかも、わりとがっつりなやつ」
「うるさいな……。ちゃんと偏らないようにしてるからいいでしょ。お肉は……たまに、ご褒美みたいなきもちで食べてるんだよ」
「べつにわるいとは言ってねえだろ。細いのは変わらねえけど、前よりは多少肉がついて抱き心地がよくなった。おれが食べさせた料理でこうなったんだとおもうと……こう、たまらない気分になるんだよな」
 ぎゅ、と体つきを確認するように抱きすくめられ、くすぐったくて身を捩るも駆は解放してくれない。
「……たまらないって、どんな?」
「言わせんな」
 初めは色っぽさのかけらもなかったのに、だんだんと掌の動きが怪しいものへと変化していき、未來の口からついに喘ぎ声のような音が洩れたところで、「おっと」とわざとらしく手を離し、「じゃ、おれ、夕飯つくるわ」と立ちあがりキッチンにいってしまった。中途半端に熱を持った体を放置された未來は膨れっ面になり、わずかに乱れた衣服を自分でととのえた。
 こちらから誘うということをしない――というか、そのやりかたがわからない――未來は、今日はするのかな、しないのかな、と寝るまでそわそわしてしまう。そして、さんざん焦らされた末に別々のベッドに入って落胆したところを、あとからやってきた駆にぺろりといただかれてしまうこともすくなくなかった。
 あのおとこに、身も心も翻弄されている。しかし、それを厭ってみせるには、未來は経験がなさすぎた。
 このままきっと、同じような日々が続いていくのだ。
 そう、信じて疑わなかった未來がしあわせに満ちた尊い毎日を呆気なく失う日は、すぐそこまできていた。
 それを知らないふたりは、狭い箱庭の中、睦まじく身を寄せ合っていた。
 すべてが狂う、運命の日まで――あとすこし。




End.

| Back |  
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -