若者向けの、それも女性が多い、男性はだいたい彼女連れという空間にためらいもなく踏み込み、やってきた店員に聞かれる前に彼が「ふたり。煙草は吸わない」と答える。こちらへどうぞ、と案内されたのは四人が座ることのできるテーブル席。ランチタイムのピークをすこし過ぎてひとの波がひいてきた頃合いだったので、窮屈に感じないよう店員が気を遣ってくれたらしかった。
 さっそくメニューをひらき、なにを食べようか考える。ここはどうやらパスタのお店らしいということを、ここでようやく知る。
 メニューを眺めている途中で水が運ばれてきたので、「どうも」と微笑んでグラスを受けとった。すると、ほんのり女性店員の顔が上気する。こういうとき、自分の顔面がおんな受けすることを否応なしにおもい出す。愛想よくすると勘違いされることも多いので、迂闊だったかな、とちょっぴり後悔しつつ先生の顔を伺い見る。とくに表情に変化はないようなので、とりあえずは安心した。昔の彼女には、「だれにでもいい顔するのも、やさしくするのもやめて」とやきもちを妬かれて困ったものだった。
 おとなって違うな〜と呑気に感心し、おれは食べるものを野菜たっぷりジェノベーゼに決める。ドリンク、サラダ、スープがついてくるセットがあるのでそれにしようかな。麺大盛と……デザート……このへんはどうしようか、迷う。
「先生、決まりました?」
「ん。けど、急がなくていいぞ。ゆっくり考えろ」
「……うん」
 自分がしていた気遣いをされるというのにはやはり慣れなかったが、くすぐったいきもちになった。このひとはおれを「おんなのこ」扱いしているのではなく、「歳下の恋人」扱いしてくれているのだと、わかっているから。
 それからたっぷり一分悩み、大盛をやめる代わりにガトーショコラを頼むことにした。
「すみませーん」
 店員を呼んで、ふたりぶんの注文を済ませる。先生さアマトリチャーナを頼んでいた。おれと同じセットで。そんで、料理を待つあいだに水を飲むことがあるわけなのだが、それがこう……セクシーで、目のやり場に困った。
 先生がいつも着てるスーツってやつは、戦闘力は高いけど、防御力も高いじゃんか。でも、私服は……戦闘力は天元突破してるけど防御力は皆無って感じ。これはだめだ。歩く十八禁だ。いや違うけど。先生、卑猥物みたいな言いかたしてごめんなさい。
「ふ」
「へあ?」
 小さく笑みを零した先生に変な声が洩れて慌てて口を押さえたが、「百面相してる」と笑われてしまえば恥ずかしさに顔を覆うこととなった。


 ご飯はとくに問題なく済み、先ほど見た映画のおかげで話題にも困らなかった。
 このあとのプランをたてていなかったおれたちはなにする? と店内で話し合っている。
「おれはなんでもいい」
「なんでもいいが一番困るって怒られるやつですよ、それ」
「……したいことは、帰ればできるから今はなにをしてもいいんだよ」
 帰ってからすること、といったら……?
 首を傾げて思案していると、まさかという答えにたどりついてしまった。先生の顔を凝視するも、彼はどこ吹く風といった様子で、どぎまぎしているのは自分ばかりだ。それでも、悔しいなんておもう暇はなく、どんどんそっちの方向に意識がひきずられてしまう。
「……じゃあ、おれのいきたいとこ、つきあってくれますか?」
「ん」
 そうと決まれば長居は無用だ、と伝票を掴んで会計に向かう先生をコートを羽織ってから追いかけ、店の外に出てから「で、どこいくんだ」と振り向いた彼のその耳に小さな声で囁いた。
「……ラブホ、いこ」


 気合いを入れて選んだ洋服たちを床に放ったまま、おれと先生はめちゃくちゃ盛りあがっていた。
「あっあっ、や、ふかいっ」
 いやいやとかぶりを振ってみるも、後ろの穴は太い一物へと貪欲に吸いついている。すでに第二ラウンドの後半に突入していて、力の入らなくなった体では腰を浮かすことも難しく、対面座位の状態で先生にしがみついてされるがままに揺さぶられていた。
「あーっ、だめ、おく、ぁ、あ、そんな、いっぱい……ッ」
「……は、」
 からかわれたほうがまだましだった。これ以上ないほど可愛いものを見るような視線を浴びせて底なしの快感を与えてくる先生に、とてつもない羞恥をいだく。
「だめ、みないで、や、また、いく、いく……っ、あぁ、ぁん……」
「ん、いっぱい出せ」
「やぁあ……っ!」
 ちゅくちゅく、淫らな音をたてて性器を扱かれると、あっという間に上り詰めてしまった。ぴゅく、と薄くなった精子を吐き出して肩で息をしている最中も、先生は下から緩やかにではあるが、容赦なく突きあげてくる。
「やめ、や、いってる、からっ」
「激しくはしてないだろ」
「こっちのほうが、もっと、だめなんだよっ」
 怒ってみせても乳首をつまんで、くりくりとこねられてしまえばこっちの負けは決まったようなものだ。そうされるとおれは全身にびりびりくる快楽に酔いしれ、ひんひんと泣きながら嬌声をあげるしかなくなる。
「あぁ、せんせ、せんせぇ……、」
「湊。先生はやめろって言ってるだろ」
「ん、ん、」
 下の名前を呼ばれただけでぞくんとして、背筋をあまったるい刺激が駆けのぼった。だが、言われた言葉の内容をすぐには理解できず、小さく啼いて必死に今にも飛んでいきそうな意識に縋りついていたところ、はあ、とため息をつかれる。
「あぁあんッ!」
「聞いているのか、湊」
「あッ、あーっ! だめ、あ、だめ……! そこ、ぁ、ごりごり、だめぇえ……」
 発したくないのに、媚びたおんなのような嬌声がとまらない。きもちよすぎて、まともな表情を繕うことができなかった。
「おれの名前、わかるだろう?」
「ぁっ、ん、け、けいじ、さ、けーじ、さん……っ」
「ん、そうだ。いい子だな、湊」
 震えるくちびるで名前を紡げば、ご褒美だとでもいうようにやさしいキスをされた。でも、下半身に与えられる衝撃は口づけとはまったく真逆で、激しい。そのちぐはぐさに頭が混乱し、わけもわからないまま涙がはらはら頬をつたって流れていく。それを見て憐れむでもなく、ピストンを緩めるでもなく。よりいっそう、手ひどく愉悦の沼におとしにかかる先生に恐怖しながらも、おれはそれに歓喜し幾度も精を放ってしまうのだった。


 ****


 結局、おれたちが帰路についたのはすっかりあたりが暗くなってからだった。
「なんていうか……その、おれたちに外でゆっくりデートってのはちょっと……はやすぎましたね……」
「…………そうだな」
 寮に戻っている最中の車内でそんな会話を交わしたが、先生も不本意そうにしながらも肯定してくれたので、もうしばらく――せめてこのつきあいたてムードがなくなるまで――は数学研究室での逢いびきを楽しもうということで話はまとまった。そして、おれはどんどん先生を名前で呼ぶことに慣れていくのだが、ある日廊下で彼を「あ、京二さん」と呼びとめてしまい、周りにいた生徒たちから黄色い歓声を浴びせられるというとんでもなく恥ずかしいやらかしをすることになるのだが――、それはまた、べつの話。




End.

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