「萌え死ぬ……」
「聞こえてるんだが」
「あううっ! す、すみません……」
「や、べつにいいけど」
 おれとつきあっているとわけのわからない単語が多々耳に入るせいか、先生はヲタク用語を知識として頭に入れてしまっていた。勤勉すぎるだろ。そしてこっちは恥ずかしい。
「音楽でもかけるか?」
「あ、えと、はい。……先生、ふだんなに聴くの?」
「洋楽が多い。流行りの曲はよくわからないんでな」
 話している最中に流れ出した曲は知らないものだった。外国では有名なのかもしれないが、超ポピュラーな曲でもない限りおれにはわからない。洋楽には詳しくないのだ。
「ふーん? てか、邦画とか邦楽には興味ない感じなんですか?」
「大学生のとき、イギリスに留学してたんだ。そのときの影響が大きいのかもしれない」
「留学してたんですか!? それでなんで英語じゃなくて数学……?」
「そもそも数学やるために留学してたんだ。語学を学びたかったわけじゃない」
――なんて先生は言うけれど、おれは知っている。このひとが、英語も教えられるってことを。なんでって、そりゃあれだ。数学のついでに、ってみてもらったことがあるからだ。めっちゃわかりやすくて正直、英語を担当してる先生よりも教えかたうまくね? とおもってしまったわけだが、こんな大サービスをされているのは自分だけだろうと捉えて周りには吹聴しないでおいた。鬼頭先生のところに今まで以上に生徒が押しかけることのないように。それと、英語教師の名誉のために。
 街におりるまでの二時間があっという間に感じるほど、車内で音楽を聴きながら先生と話す時間は満たされていた。外に見える景色はどこまでいっても緑しかなかったが、ドライブデートってこんな感じなのかな、と胸がときめいた。
 おれは、彼女がいたことはあっても免許がとれる年齢でもなければ、遊びにお金を好きなだけ使える年齢でもない。だからというわけではないが、自分の車を持っていて、それをかっこよく乗りこなしている先生がいつもの倍はきらきらして目に映った。思考が「彼女」のそれでやばい気はしたが、受けだし間違ってなくね? という結論に至って「おれの彼氏まじかっこいい……」と、内心うっとりしていた。
「もうすこしで着くぞ」
「あっ、はい! 席は予約してあるんで、急がなくてもだいじょうぶですよ」
「そうか。わざわざありがとな」
 感謝されると、またまた胸がきゅんとする。
 ちゃんとお礼が言えるおとなって……素敵だよな……
――ああもうだめだ。頭の中が完全にお花畑だ。先生がなにをしても、ときめく予感しかしない。
 車を駐車場に停めて、ふたりで映画館に向かうとさっそくチケットを購入する。機械で発券できるので、そちらの列に並んだ。
 あっちでちょっと待っててくださいと告げたのだが、なぜか先生はついてきて現在おれの横にいる。頭にクエスチョンマークを浮かべつつもまあいいかと順番待ちをしていると、前のひとが抜けた。
 待ってましたといわんばかりに画面にコードをかざすと、おとなふたりぶんの料金が表示される。財布をとり出し入金しようとしたところ、先生がお札を挿入してしまった。
「えっ」
「いくぞ」
 精算を済ませ、出てきた券を手にすると先生はすたすたと先をいく。
「ま、待ってください!」
 慌ててあとを追い、「先生、お金……」と斜め上にある顔を見あげると、「おれの好みに合わせてもらったから、いらない」と言って奢る意思を示された。
 確かに、先生のほうが歳上だしお金も持っているのだろうが、複雑な心境になる。だって、映画代を払えないほど金に困っているわけでもないし。なんとなく、今日は一円も払わせてもらえない気がした。
「あの、おれ、女子じゃないし……」
「そんなのわかってる。そういうことじゃなくて……、働いてるおれが働いてないおまえに金払わせるのに、こう、罪悪感みたいなのを覚えるんだよ。べつに高級なものをプレゼントされたわけでもないんだし、映画代が浮いてラッキー、くらいにおもっておけ」
 その台詞には一理ある、と納得してしまった。だって、もしも社会人になってから高校生と遊ぶ機会ができたとき、その相手にお金を払わせるかって言われたら、たぶんおれは払わせない。めちゃくちゃ薄給で、死ぬほど生活がくるしいってシチュエーションでもない限りは。
 ここはあまえるべきところなんだな、と理解して「ありがとうございます」と感謝の言葉を伝えれば、くしゃりと髪を梳くように撫でられた。かあ、と頬が赤くなるのがわかった。
「……あんまり、外で可愛い顔するな」
「そ、そんな顔してない!」
 否定してはみたものの、こちらを見つめる先生の目には熱がこもっていて、彼を煽るような表情をしていたことは事実のようだと認めざるを得なくなる。
「も、もう、いきましょ……。そろそろ、中に入れる時間になるし……、なんか、飲み物とか、食べるもの、買うならはやめに」
「なにがほしいんだ」
「え、と、おれは飲み物だけ……。オレンジジュース」
「わかった。買ってくる」
 こくり、頭をゆっくり縦に振って壁際で先生を待つ。熱くなった頬っぺたを手で冷まし、なんとかもとに戻そうと奮闘する。
 長い列ができてはいたが、慣れたスタッフがどんどんそれを消化していくのでそこまで長い時間がかかることもなく、両手にカップを持った先生がこちらに戻ってきた。
「ん」
「ありがとうございます」
 お礼を言いつつも、こういうのに慣れきってしまうのはいやなので、せめて誕生日やクリスマス、バレンタインなどのイベントのときには奮発して贈り物を用意しようとこっそりおもった。


 話題になっていただけあって、映画は面白かった。スパイ映画なのだが、アクションやストーリーを邪魔しない程度の恋愛要素もあってなかなか楽しめた。吹き替えでは声の違和感に苛まれてしまうことがあるのだが、字幕だからそれもない。
 エンドロールを最後まで見届けて、場内にあかりがともったところで先生と顔を見合わせ、立ちあがった。
「お昼、なに食べますか?」
「なにか希望は?」
「んー、とくには。おれ、好き嫌いあんまりないし」
「じゃあ、てきとうに近くの店に入るか」
「はい」
 先生は、ほんとうにてきとうに目に入った近くの店に足を向けた。

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