晴れて先生と恋人どうしになったわけだが、おれたちは立場上、セックス以外にできることがすくない。だから、ふたりで過ごす時期はどうしても数学研究室の奥の部屋のさらに奥、寝室となってしまう。それが不満なわけではない。こちとら、年ごろの男子高校生ですよ。当然、えっちはしたい。――でもですよ。一日中一緒にいられる休日の半分かそれ以上を、ベッドの上で消費するってどうなの。
 勝手なイメージだけど、先生は外で遊ぶのとかあんまり好きじゃなさそうではある。だが、おれは違うのだ。デートがしたい。おもいでをつくりたい! ってタイプなわけで。よって、こちらから誘ってみようかと考えた――わけだが。
 なんとも残念なことに、おれはあのひとの趣味を知らなかったのだ。
「先生、趣味とか好きなものってなんですか」
「あ?」
「おれ、そういうのぜんぜん知らないなとおもって」
 平日の放課後、先生が仕事をしている部屋の窓際で訊ねてみれば、「……読書とか?」と返された。確かに、いろいろな本を読んでいる印象はあるが、今までにつきあってきた彼女たちにそういう子はいなかったため、若干戸惑う。
 話題の映画のタイトル言って、「見にいきませんか?」って誘ってみるか?
 先生、恋愛ものは読まなさそうだけど、ミステリーとかサスペンスならいけそうな気がする。それに、そっちのジャンルならおとこふたりで見にいっても不自然じゃない。あとは、洋画もいいかも。なんとなくだが、先生は後者のほうが好きそうな気がした。
 この、だれかとつきあってるって感じ、めっちゃ懐かしい。いや、そんな久々ってわけでもないはずなんだけど、なんでか懐かしい。
 スマートフォンの画面をぽちぽちとタップして、調べた映画の情報を見えるようにし、画面を先生に見せる。
「次の休み、映画でも見にいきません? このへん、原作が小説のやつなんですけど……興味ないですかね?」
「あー、見るならこの洋画がいいな。あと、字幕派なんだがいいか?」
「えっ、ほんとに? 実はおれも字幕派なんですよ。周り、みんな吹き替え派だしそこまで強いこだわりがあるわけじゃないから相手に合わせてるんですけど……。そっかー、先生字幕派なのかー」
 ひとりでにやにやしていると、「なに笑ってるんだ」とふしぎそうにされてしまった。さすがにキモかったかな、と頬をぐにぐにと押して表情をごまかしつつ、「いや、嗜好が似てるのがうれしくて」と素直な想いを告げる。
「……おまえに予定がなければ、次の日曜日にいくか?」
「はい! ぜひ!」
 先生にはおれが尻尾をぶんぶん振っている犬にでも見えてるんじゃなかろうか、と頭の隅でおもうもテンションを抑えることはできなかった。
 日曜日。めっちゃ楽しみ。
 約束の日までうっきうっきるんるんと過ごしたおれは、当日の朝、クローゼットの前で唸っていた。
「うーん、こっちがいいかな? それともこっち?」
 あまりにも歳が離れているように見えるのもなんとなくいやなので、手持ちでなるべくきれいめでおとなっぽい服をチョイスしていく。
 ダークブラウンのチェスターコートに白のニット、黒スキニー。それらを身につけ、リングがついている長めのネックレスを頭から通し、鏡の前で髪を弄りつつおかしなところがないか確認する。
「んー……」
 悩んだが、これ以上はどうにもならないと判断して鞄を掴み、キャンバスシューズをひっかけて玄関を出た。
 待ち合わせは校門でしている。ふつう、ここから街にいくには迎えを呼ぶかバスに乗るかしなければならないのだが、今回はなんと先生が車を出してくれるというのだ。
 どんな車乗ってるのかな、とか運転するところかっこいいんだろうな、とか。そんなことを考えながら目的の場所へと向かう。――すると、約束の時間の十五分前だというのにもかかわらず、先生はすでにやってきていた。慌てて駆け寄り、窓をあけた彼に謝罪をする。
「すみません! はやめに出てきたつもりだったんですけど……」
「や、おれがはやくきただけだから。つうか、もう寒いのに外で待たせるわけないだろ」
 きゅん、と胸が高鳴るも、先生を待たせたくなかったという意識が反論するという可愛くない行為に繋がってしまった。
「でも、先生はここでずっと待ってたんでしょ?」
「ずっとって……。おれがきたのも五分前くらいだ。車の中はあたたかいんだから、冷たい空気にさらされて待たなきゃいけないおまえとは違うだろ」
「はあ、そんなもんですか」
 紳士だ、と感心していると、「さっさと乗れ」と促される。急いで助手席に乗り込むと、「シートベルトして」とやさしく言われた。どきどきしながらうなずき、シートベルトをする。
「しました。いつでも発進してだいじょうぶですよ」
「ん、じゃあいくか」
「はい」
 黒い車は名前こそわからなかったが、背がすこし低めな感じがして窮屈だけど、見た目はかっこいいものだった。それになにより、先生にめちゃくちゃ似合ってる。女子受けはしなさそうだけど、今ここに乗っているのはおれなので問題はないだろう。というか、前々からおもっていたことだが、高校生時代に会計だったらしいし、先生ってもしかして家がお金持ちなんだろうか。この車も、たぶんそれなりに高いやつっぽいし。
 疑問をいだいたものの、なんとなく訊ねるのは憚られ、先生が運転する様子をちらりと盗み見た。
 黒のジャケット、白いシャツ、チノパン、革靴。腕から覗くのは高そうな時計。なんというか、バランスがとれている。絶賛したくなるほどおしゃれというわけではないような気がするのに、これ以上ないくらい先生らしいともおもう。惚れた欲目ってやつなのか。それとも、素材がいいからか。ずるい、と頬を染めたが、なによりもずるいのはあれだ。メガネだ。たまーに、必要なときにちょっとだけかけるメガネ。そんなの、イケメンがかけたら最強兵器になるじゃん。先生はその兵器を所持しているし、車を運転するときは使うらしい。しかも、それが黒縁なのがまたやばい。ふだんよりもラフな髪型に黒縁メガネのコンボで実年齢よりちょっぴり若く見える。
 はー、おれの恋人がかっこよすぎてつらい。

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