「ん、んん、は……、ぁ、」
 固く閉ざされていたはずの入り口がじわじわ綻んで、雄を受け入れるための準備を開始する。意外なほど忍耐強い龍治は指をゆっくり抜きさしして、椿があまい声で啼き出したころ、ようやく指を増やして中を緩やかに掻き回した。
「ん、んぁ、ぁ……っ、ひ、ぅ、……ッ! あ、あ! そこ、ぁ、だめ……っ」
 前立腺を見つけた龍治がそこをやさしく撫でるようにしただけでも、凶悪なもので抉られることにより得られる愉悦を知ってしまった体は期待に震える。
「おまえの体は覚えがいいな。ふれるたび、どんどんいやらしくなっていく」
「んっ……、りゅうじ、さ、」
 愛を囁かない代わりだとでもいうのか、おとこはやたらと椿を「可愛い」と褒めた。その単語を繰り返されるたび、魔法がかかっているのではないかとばかなことをおもうほど、龍治の「おんな」になっていくような心地がした。
 じゅうぶんにほぐれたころ、「腰をおとせ」と命じられておそるおそる従えば、いつもとは違ったくるしさに襲われる。それでもやさしく陰茎を刺激されればじわじわ愉悦がこみあげてきて、ゆっくりながらも龍治のものを自ら呑み込むことに成功した。
「ぁ、あン、おっきい……」
「いい子だ……。そのまま、好きに動いてみろ」
 好きに、と言われてもどうしたらいいのかよくわからなかった。まだ、自分のいいところに導けるほど受け身に慣れることができていないのだ。それでも、やらないわけにはいかないとなんとか腰を揺らめかせてみる。
「んっ、ん、ん……」
 形容しがたい感覚に体が満たされた。正直、苦痛だ。
 龍治に動いて、きもちよくしてほしい。
 そうおもった椿は、すぐそばにあったおとこの上半身に縋りつき、自分からくちびるを寄せた。
 薄くて弾力のある口唇の感触を堪能しながら舌先でそれをつつけば、あいた隙間から飛び出してきた舌に絡めとられ、あっという間に貪られる側になる。下品な音をたてながら口づけを交わしているあいだに、おとこが緩やかに下から突きあげを開始した。
「あっ、あ! ぁ、なん、で、」
「動いてほしかったんだろう?」
「っひ、あッ、あぁん……!」
 腰を固定し、ぐりぐりと奥を抉られるときもちよくてたまらなくて、淫らな声が喉を突いて出る。
「あーッ、あっあっ、いいっ、ぁあ、あぁあ……ッ」
「いい声で啼くな、おまえは」
 嬌声に煽られたとでもいうように楔が膨張し、それを受け入れている穴はそれを食いちぎらんとばかりにしめつけた。
「ぁ、ぁ、りゅうじ、さぁ……っ、ひ、んんっ」
 ぎらりとした瞳に映るは、自分の乱れた姿。その光景から目を逸らすことはゆるされず、椿は辱めを受けながら絶頂させられたのだった。


 ****


  翌日、世話係としてやってきたのは小谷(こたに)というおとこだった。金髪でピアスをそこらじゅうにあけているヤクザというよりヤンキーという単語が似合う風貌の彼は龍治を盲目的に崇拝している人物で、若いながらも樫村組の若頭補佐候補である優秀な人間らしい。――というのは本人談なので、実際がどうなのかはわからない。
「おはよーございまっす! 姐さん!」
「おはようございます、小谷さん」
 彼はもともと好意的だったのだが、椿が日高を世話係の任からといたことでいっそう自分を気に入ってくれたようだった。白鳥に聞いてもまともに返ってこない質問の答えも、小谷からは返ってくる。
「樫村龍治とはどんなおとこなのか」
 あまりにも龍治のことを知らなさすぎたのでそれぞれにそう訊ねてみたところ、白鳥は「身長が百九十にぎりぎり達してなくて、体重は確か……八十四? で、今年三十五になった樫村組の組長です」と、曖昧かつ心底どうでもいいことしか教えてくれなかった。しかし、小谷は違う。
「ふだんはユウリョーキギョーのシャチョーやってますし、きなくせえ仕事はだいたい下のやつらに任せてますけど、組長が出なきゃおさまりがつかないことってのもすくなからずあるんすわ。姐さんにも見せてあげたいっすよ! 裏切り者を追いつめる組長の、表情ひとつ変えねえで拷問するあの姿! くうーっ!たまんねえ!」
 そんなことを、つらつら述べてくれた。
 ここだと言わんばかりに会話に乗れば、それは地面に強くたたきつけたボールのようにどんどん弾んでいく。
「おれ、微笑を浮かべてる龍治さんばかり見てるので、なんだかべつのひとの話を聞いている気分です」
「姐さんといるときの組長、別人かってくらいやさしい顔してますもんね」
「刺青もないし、テレビに出ててもおかしくない美丈夫だとおもってるんですよ、今でも」
 芸能人でも目指したほうがよかったのではないかとも考えたが、彼にあの業界でうまいことやっていける忍耐力があるかどうかは、甚だ疑問である。
「昔っから表の顔を大事にしてるんすよ、組長は。そういえば姐さんは入れてるんすか? 刺青」
「おれは入れてないです。……というか、家のことに関わろうとすると、あまりいい顔をされなくて。『組のために入れようってんならやめてくだせぇ』とうちの者に言われてしまったので、結局そのままなんです」
「斑鳩組ってほんと、よくわかんねー組っすね!」
 ストレートに言われ、苦笑せざるを得なかった。ばかにしているつもりはないのだとわかるから、椿も笑い話として流すことができる。もしも蔑むような、見下したような発言をしたならば――日高のようになってもらうしかなかったから。
 組長が大事にしているものを、自分も同じように大事にする。それができる人間であれば、これからも椿とうまくやっていけるはずだ。
「……よかった」
「?」
「小谷さんとは、末永くおつきあいできそうで」
 その台詞が、単におとこをよろこばせるためのものではないと気づいたのだろう。さっと表情をひきしめ、小谷は姿勢を正した。
「かしこまらなくても大丈夫ですよ。今まで通り接してくださってかまいません。ただ、あなたは信頼できる人物だと、おれが勝手に判断しただけですから」
 にこりと笑った椿から、なにを読みとったのか。彼はごくりと唾を飲み込むしぐさをし、深くお辞儀をした。
「この、小谷藤丸(ふじまる)、組長のために命をかけて姐さんをお守りいたしやす」
「……ありがとうございます。ではさっそく、ひとつ頼まれごとをされてはくれませんか?」
 知らないうちにはりつめていた緊張の糸をぷつんと自ら切ってやり、そう告げれば拍子抜けしたというような顔をして小谷改め藤丸が、こてんと首を傾げる。
「はあ、おれにできることっすか?」
「たぶん。――実は、体を鍛えたいとおもっていて」
 まごうことなき本心を曝け出すと、ぐわっと瞠目された。
「ええと……姐さんがですか?」
「はい。ひとりでも身を守れる力をつけないと、いざというとき困るんじゃないですか? ……皆さんも」
 可能性は限りなく低いが、万が一屋敷が襲撃に遭い椿が大怪我を負うようなことがあれば、罰をくらうのはそれを阻止できなかった組員だ。龍治が冷徹な眼で無慈悲な判断をくだす様子がたやすく想像できたのか、藤丸は一度ぶるりと震えてから、しかしはっきりと「わかりました、組長に言ってみます」と答えてくれた。
「よろしくお願いします。おれからも龍治さんに頼んでみますね」
「そうしてください。しっかし姐さん、野郎を殴ったらぽっきり折れそうな細腕で、無謀なこと考えますねえ」
 ほんとうに、野郎を殴ったらぽっきり折れそうな細腕かどうかはのちのち藤丸が身をもって見極めればいいと笑い、椿は自分にとっていい方向に進んでいく物事に安堵と不安を同時に抱えた。
 これもすべて、ただひとつの願いのため。それをかなえるためならば、鬼にだってなる覚悟がある。
 龍治はこの身を好きにすることはできても、心まで奪うことはできない。
 最終的には絆されてやってもいいのだが、はっきりさせておかなければいけない諸々があるのだ。
「さて、どうなるかな……」
 つい、声にしてしまったそれを藤丸の耳は拾いあげた。
「だーいじょぶっすよ! 断られても、姐さんが何回か可愛らしくおねだりすれば、たぶん組長は許可出してくれますって!」
「……そうですね」
 無邪気に笑う彼につられるようにして微笑み、椿はその真っ黒な腹の中をそっと掌で包みなおした。


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