翌朝、仕事に出ていった龍治と入れ替わるようにして中に入ってきた白鳥(しらとり)というおとことは二度目の顔合わせとなるのだが、彼こそが椿の存在に困惑していた人物だった。前回よりもさらに居心地がわるそうに、そわそわするおとこに椿は内心はやく話しかけてくれないかな、とすらおもっていた。
 それから小一時間が経過したころ、ようやく白鳥はおそるおそる、といったふうに訊ねてきた。
「……あの、姐さん」
 姐さんって、と若干ひきそうになったが名前で呼ばせたら龍治がなんと言うかわからない。好きに呼ばせたほうがいいなと結論づけ、「なんですか」と胸中の想いをひとつも表に出さず、いけしゃあしゃあと対応した。
「その、日高の野郎は、」
 なんと言って聞けばいいのかわからない、といったように口ごもってしまった彼に苦笑いし、椿は真実を告げてやる。
「あまり感じがよくないかただったので、龍治さんに頼んで担当を外してもらったんです」
 さあ、と青ざめた白鳥に、日高がどうなったのかなんとなく察する。だが、心は痛まない。
 組長が白を黒だと言えばだれがどう見ても白であったものが黒になるこの世界で、それを黒だと認めようとしなかったおとこなのだ。日高という組員は。そういう人間は、いざというときに自分の保身を第一に考え組を裏切る。そんなやつがいなくなったところで、困ることなどひとつもない。
「……それが、なにか?」
「いっ、いえ! 正しい判断だと、自分はおもいます」
 機嫌を損ねないよう、一字一句に気を遣って震える声を紡いだ白鳥に、椿はますます苦笑を深めた。
「安心してください。おれはそこまで気まぐれな人間ではありません。真面目に仕事をしてくださるかたを邪険にする畜生ではないつもりです」
 白鳥を安心させたかったのだが、彼は真面目に、とはどういう意味だろうと余計に不安を抱えてしまったらしい。顔が面白いことになっている。
「龍治さんの言に、きちんと従う人間であれば、おれは『真面目なひと』と捉えますよ」
――でも、「彼」は違ったでしょう?
 言外にそう伝えれば、白鳥は頭がもげそうな勢いで何度も何度もうなずいた。
それから夜の八時を過ぎたころに帰宅した龍治を迎えると、寝室で待っているよう言われた。食事も風呂も済ませていたのでおとなしく従い布団の横で本を読んでいると、さほど待たないうちに階段をのぼる音が聞こえてくる。
 静かに扉をあけたおとこは髪から水滴をぽたぽたと垂らしていて、急いでやってきたのだということが窺えた。
「龍治さん」
 布団をずかずかと踏みしめて隣にやってきたおとこに手を伸ばし、タオルをとって髪をやさしく押さえて水分を吸いとってやれば、彼は抵抗することなくされるがままになってくれた。
「風邪をひいたら大変です。きちんと乾かしてきてください」
「そんなやわな鍛えかたはしてねえ――が、心配ならおまえがこうして拭いてくれや」
 もう、と困ったように眉を寄せると、流れるような動作でくちびるを奪われた。おとなしく目をとじると「そうだ」と一度キスがとかれ、ほらよ、と黒い銃を渡された。
「これ……」
「おまえがほしがってたもんだ。威力は低めだが反動が小さいから扱いやすいだろう。身の危険を感じたら発砲しろ。おれがそれをゆるす」
「ありがとうございます」
 それを受けとり、脇におくと行為が再開された。
「ぁ……」
 まだ数えられるほどしか体を重ねていないのに、椿はすでにいろいろな部分で感じるようになっていた。
 服を脱がされ無骨な指で胸をくりくりと弄られると、熱を帯びた吐息が洩れる。感度があがるたび、うれしくてたまらない、といった顔をする龍治にされるがまま、椿は声をあげるしかない。
「ん、ん、は、ぁっ」
 おんなと遊んだことがないわけではない。家がヤクザだとわかっていても、寄ってくるやつは寄ってくる。
 そこに愛はあったのかと問われればなかったと断言する程度の関係にしかなったことがなく、性欲もさほど強くなかった椿と龍治では、明らかに場数が違った。女性が相手ならばさらによがり狂うのだろう技巧がおとこの自分に披露されていることをもったいなくおもうも、彼としてはここで嫉妬をされたほうがよろこぶのだろう。そういう演技をしてもよかったが、どうせ見破られるとわかっていたのでおとなしく口を噤んだ。
「っ、あ、龍治、さん」
「椿……」
 餓鬼は三人いるから跡目は心配いらない、と言ったおとこは、もしも「万が一の事態」が起きたときにはどうするつもりなのだろうか。――いや、今は血の繋がりがどうこうという時代ではない。彼にとっては息子ですら、椿を繋ぎとめるための道具のひとつに過ぎないのだ。
 常人ならば気が狂ってしまうような生活。しかし、椿にとっては閉じ込められる場所が変わっただけだった。元々ひきこもりがちであったし、外出ができずともさほど困らない。――たったひとつを除いて。
 自分はいつまでたえられるだろうか。
その、自問に明確な答えは出なかった。――出せなかった。
「考え事とはずいぶん余裕だな、椿」
「ぁっ」
 ぎゅっとペニスを握られ、官能の世界にひき戻される。咎めるような台詞とは裏腹に、指先がやさしく先っぽをくすぐり椿は艶かしい声をあげた。
 できる限りの苦痛を与えないよう愛撫を加える龍治のおかげで、彼とのセックスにはほとんど快感しか存在しない。きもちよすぎてつらい、ということはあるけれども。
「ふ、ぅ、龍治、さ、ぁ、だめ、それ、きもちいい……っ」
「もっとよくしてやるよ」
 陰茎を扱きながらローションを手繰り寄せ、中身を出して蕾に塗り込め、彼はまだ慎ましく口をとじているそこに指を這わせた。
 あたためられていないそれはひやりと冷たいが、火照った体にはちょうどいい。くぷ、と沈められたのはひとさし指で、それは驚くほど慎重に中へと進められる。
 もしも自分が龍治の機嫌を損ねるようなことをしたら、もっと荒々しく秘所を暴かれるのだろうか。慣らさずに挿れ、痛みを与えるのだろうか。
 ヤクザの組長という立場の人間のことを考えればいつそれをされてもおかしくないという結論に至るのに、それが「相手はこのおとこだから」という理由で呆気なく覆る。龍治にひどいことをされるという想像をすることすら、とことんあまやかされ続けている椿には難しくなっていた。


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