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 しばらくして、役員がようやくためていた仕事を終えて外に出てきたと生徒がうれしそうに話しているそのころには、真理は隊長の座を秋南に任せて隊を抜けていた。
 皆と交流する場がなくなってしまったのは残念だが、仲がいい人物たちとは個人的につきあえばいいし、もともと友人は多くない。ひきこもることが増えるだろうが、それもたいした問題にはならないだろう。
 なぜだか毎度、会長の親衛隊の子たちが一番奥の端の席を譲ってくれるので、食堂でも平和に食事ができている。
 健司は相変わらずだが、目だたない場所にいるからかあの日のように絡まれることもなかった。
 ――安心していたというか、気を抜いていたのだ。
 夕食をひとり寂しく食べているときゃあっとひときわおおきな歓声があがり、生徒会のだれかが入ってきたことがわかったのだが、自分には関係ないだろうとおもってしまった。
 ざわざわというわずらわしいほどの声と視線をひきつれて、その人物は移動しているらしかった。
「っ! 要! 仕事終わったのか!?」
「……ああ。わるい、健司。おれはちょっと用があるから、ほかのやつらにかまってもらえ」
「な、なんでだよ! やだ! おれ、要と遊びたい! 」
 縋りつくような台詞に加えて、腕にでもしがみついたのだろうか。「会長さまにさわらないでよ!」という言葉が四方から飛んでいる。しかし、健司はそんなもの聞こえなかったかのように要から離れなかったらしい。
 すべて憶測なのは、ここからでは彼らのやりとりが見えないからだ。
「はいはい健司、邪魔しない。かいちょーはこれから大事な大事な用があるんだから」
「……っ、基樹!」
 咎めるような声音で制されても、会計――荻原基樹(おぎわらもとき)は健司を阻み、要を逃がすことを優先したようだ。
 慌てて、小走りになって移動した彼の足音は、とある場所でぴたりととまった。それは、現在真理が座っているテーブルの前だった。
「……真理、」
「……要さま?」
 ごっくんと口の中にあったエビグラタンを呑み込み、驚愕の表情を浮かべつつ顔をあげれば、目の前には要の姿が。
 なんの用があってわざわざ親衛隊員ですらなくなった、一般生徒の真理に話しかけてきたのだろう。
 瞳の奥を覗き込むような視線にわずかに怯んだところで、彼の発言が食堂内を揺るがした。
「――すきだ、真理」
「は…………」
「おれと、つきあってほしい」
 生徒たちが悲鳴やら歓声やらをあげて沸きたつ。しかし、真理はこの突然の事態についていけてなかった。
「え……は……、ちょ、ま……」
 告白を受けるにしろ受けないにしろ、こんな人目がたくさんある場所で返事を返すのはいやだ。
 混乱した頭がすこしずつ冷静になっていくさなか、一番初めにおもい至ったその考えに内心ひとりでうなずき、衝撃を受けてあいたままになっていた口から声を発した。
「とりあえず、移動しませんか」
「……そうだな」
 あからさまにしまった、というような顔をされてしまえば責めることもできない。そんなに切羽つまっていたのか、とふしぎにおもいつつ、残っていたグラタンをスプーンですくい、器をきれいにしてから重い腰をあげる。
 皆、真理が出す答えに興味津々なようで、ひそひそと囁き合っているのが聞こえた。話している人数が多すぎて、もうひそひそというよりはざわざわという感じではあったが。
「久木さま、どうするんだろ……」
「断るわけないじゃん! 相手は会長だよ!?」
 騒然とする堂内を静めるため、要が騒ぎをつくった原因の謝罪とふつうに食事を続けるようにとの命令を告げようとしたときだった。――健司が、そのおおきな声をはりあげたのは。
「なんでだよ!」
 視線が、一気に彼の方向へと集まる。それを気にせず、基樹の手を振り払って健司はこちらへと近づいてくる。そして、要の胸ぐらを掴み泣きそうな表情で「なんでそいつなんだ……っ」と零した。
 はっとして、「顔か!? 顔がいいからそいつなのか!?」と騒ぐおとこに要がなにかを言おうとするも、その前に目の前のワカメがずるりと移動した。
 ――え?
 皆の心がひとつになった瞬間だった。文字通り、「それ」が動いたからだ。時代錯誤にもほどがあるとさんざんばかにされていたもじゃもじゃの髪は、どうやら鬘だったらしい。下に隠されていたのは、要とは違った色の、淡い金の髪。次いで、外された眼鏡。現れる翠の目。
「――これで、要もおれのことすきになっただろ!?」
 嘘でしょ、とだれかが唖然と呟いた。
 次の瞬間、ふたたび食堂がひどく騒がしくなるかとおもわれたが、要の言葉で生徒たちはむしろ沈黙した。
「おれ、健司が変装してることもだけど素顔も知ってたし、まあ……顔も要因のひとつではあるかもしれないけど。真理をすきな理由はそれだけじゃねーし」
 今度は役員までもが驚愕する。
 さすがに皆も、髪と眼鏡をどうにかすればずいぶんとましになるだろうとは予想していたのだ。しかし、素がこんな美少女のような顔だちだということは、だれも知らなかった。
 そんな中、要だけはしっかり「健司」を見ていたのだろう。
 かなわないな、とおもうと同時に心臓がきゅっとしめつけられるようにくるしくなった。
 ぽかんとしたのち、ぎっと睨みつけてくる健司から視線を逸らし、ぼんやり考えた。
 この前の友達になってくれ宣言は、自分に惚れさせ要と真理がくっつかないようにするための作戦かなにかだったのだと考えれば納得がいくな、と。
「真理」
「……はい、」
「いくぞ」
「…………はい」
 でも、健司のそれはむだな努力というものだった。そんなことは、どうやったってありえないのだ。真理は、決めているから。この箱庭の中での、いきかたというものを。
「各自、ふだん通り食事をとるように。騒がしくすんじゃねーぞ」
 要の偉そうな物言いに反発することなく、とくにチワワのような生徒の多数が「はーい」と返事をした。
 唇を噛みしめる健司の横を通り過ぎる間際、「だいじょうぶだよ」と言ってやる。
 え、と彼にしては弱々しい声が洩れたが、かまうことなく真理は食堂をあとにした。


 先を歩くおとこのひろい背中を見つめながら後ろについていけば、エレベーターの前で彼は足をぴたりととめた。
「あー……、おれの部屋でいいの、か?」
「要さまの部屋……?」
 それは「はい」と即答するには微妙な提案だったが、ほかにいくあてもない。ふたりきりになれ、かつひとがやってこない場所など寮内にはないし、真理の部屋は一般生徒が使用するフロアにあるのであまり気がすすまない。となれば、頷くほかなかった。
 一般生徒は許可がない限り入れないその場所に足を踏み入れたことに、よろこびや優越感はいだかなかった。
 むだに豪奢なつくりの扉が、部屋の主によってひらかれる。
「入れ」
「……失礼します」
 ふう、と息をつき、覚悟を決めて中に入る。刹那、鼻をくすぐるあまく爽やかなかおりに、ああ、ここは要さまの部屋なんだ、と実感させられたのだった。
 リビングに通され、ふかふかのソファーに座って待っていると実家から送られてきたのだというかおりのいい紅茶を要が出してくれた。口をつけてから「あの、」と真理のほうから切り出す。
「要さまは、自分の影響力がわかってないんですか? あんなところで告白されたら……、受けても受けなくてもおれ、危なくなるじゃないですか」
 とりあえずこれだけは言っておかないと、とおもっていたことを述べれば、きょとんとした表情を見せたのち、要は「あー……」と唸った。
「わるかった。おれが軽率だった。けど、いやがらせとか制裁については心配しなくていいから」
 なんで? と首をかしげると、彼が説明をしてくれる。
 ――パーティで初めて会ったときから、真理のことが忘れられなかった。
 そんな言葉から始まったあの告白の理由に、真理はただただ驚くしかなかった。


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