――要と真理は、彼の父親が主催するパーティーの場で初めて出会った。
 ふわふわと揺れる金色の髪と碧の目を持つ、日本人離れしたその容貌に真理はその少年のことを外人だとおもい、最近習い始めたおぼつかない英語を使って話しかけた。
「は、はろぉ?」
「Hello」
 自分とは比べ物にならないほどいい発音でそう返されてしまえば、父親が日本人であっても彼はそうではでないのだと真理がおもい込むにはじゅうぶんすぎる要因になった。
 勢いで声をかけたはいいものの、そこから会話を発展させることができずにもじもじしていると、要は父に呼ばれ、こちらをちらちら振り返りながらも小走りでそちらへといってしまった。
 香堂(こうどう)の家とは仲も良好なようだし、きっとこの先も会う機会はあるだろう。それまでにきちんと英語を話せるようになっておこう。
 こどもながらにそんなことを決意した真理は、自信がつくまではこちらからは話しかけないと決意し、翌日から英会話のレッスンに励んだ。しかし、次のパーティーでふつうに日本語を話している要を目撃し、勘違いをしていた自分に羞恥を覚えた真理はますます彼に話しかけることができなくなってしまったのだ。
 小学生のうちは私立の名門小学校に通っていたが、中学から全寮制の四ノ宮学園に入学した真理はそこに要がいることをそのとき初めて知った。幼さは残っているものの、やはり異国の王子さまのような風貌をしている彼は生徒たちから絶大な人気を誇っているらしく、一年生でありながら生徒会入りは確実だと噂されていた。順応能力の高い真理は初等部から寮住まいの同室者にこの学園の話を聞き、すぐに現実を受け入れた。そして、だれかに先を越される前にと一定数の隊員を集め要に親衛隊結成の願書を提出した。
「親衛隊……? おれに? というか、久木が隊長……?」
「おれでは不満でしょうか。ならば、副隊長になる予定の富士川(ふじかわ)に任せますが」
「いや、おまえにも親衛隊できそうっていうか……、親衛隊に入ってると生徒会入りできなくなるけど、いいのか?」
 いいのか、と訊ねられてもはあ、と気のない返事しか返せない。生徒会の役員になることには、これっぽっちも興味がなかったからだ。
「まあ、久木が親衛隊つくりたいっていうなら、任せる」
 その一言で要の親衛隊が発足することとなった。親衛隊は、通常は三年生がトップに立つのが暗黙のルールになっているのだが、一年生だけでもそれを結成するのにじゅうぶんな人数が揃っていたため、真理がこうして強硬手段に出ることができたのだ。
 結局は家柄と容姿がものをいう学校だ。真理はそのどちらもがその当時の役員にひけをとらなかったし、恨みは買っても実際になにかしらの被害をこうむることはなかった。「夜伽制度」と「茶会制度」をつくったのも過激な一派を黙らせるのに効果的だったらしい。真理は前者には参加しないと名言し、事実、要の部屋にはいかなかったものだから、好感度はあがりこそすれど、さがるということはなかった。
 ――憧れていたのだ。どこまでも完璧な、あのひとに。
 凛とした立ち姿、盛善たる態度、王者の風格。
 話しかける権利が、ほしかった。親衛隊をつくったのは、そんな単純な想いからだった。でも、実際に隊長になったはいいものの、彼を前にするとうまく言葉を紡ぐことができず、まごついてしまうのが常だった。そして、そんな自分を見て要は笑うのだ。――それだけで、胸があたたかくなった。隊長をやっていてよかったと、おもえた。
「結局、おれは逃げただけだ……」
 確かに、仕事をサボり健司にかまう様子に幻滅したのも本心だ。だが、ほんとうのところはただ見たくなかっただけなのだろう。要が、ひとりのおとこに入れ込んでいるという、現実を。
 勝手に動揺して離れて、ばかみたいだった。だけどもう、戻る気になれないということは、「そういうこと」なのだろう。
 はあ、とものおもいに耽り、ため息をついてみせても健司からの視線は途切れない。生徒会役員がいなくなった代わりに、美形の男子生徒が三人ほど彼を囲むようにして周りに睨みをきかせているが、あのおとこのどこがいいのか皆目見当もつかない。性格がどんなによかろうと、見ためが最低限のラインを越えていない彼とかかわる気にはどうしてもなれなかった。美醜の問題ではなく、清潔感とかそういう部分で拒否感が出る。
 めんどうなことに巻き込まれませんように、と願ってみるも、あの問題児に目をつけられて、無事でいられるはずがなかったのだ。


 ****


「なあ!」
「……………………」
「なあってば!」
 どうしてこうなった。
 夕食を食べにきた食堂で、転入生に捕まった。彼に加え三人のとり巻きに睨まれつつ、ついにこのときがやってきたか、とうなだれる。
 胸の内で自身の不運に嘆きながら、「……なに」と渋々口をひらけば宇宙人は言った。
「おれは坂井健司! おまえが久木ってやつか?」
「確かに、おれの苗字は久木だけど……、」
 なんなのいきなり、と訝しげな表情をつくってみせても、鈍いらしいおとこはまったく気にせず話を続ける。
「おれと友達になってくれ!」
 唾があたりに飛び散っているような気がしてきもちわるくてしかたがない。大声で頼まれても、まったく心に響かなかった。丁重にお断りさせてもらおうとしたとき、会長の隊員のひとりが大慌てで健司と真理のあいだに割り込んでくる。
「ちょ、ちょっときみ! なんで隊長に友達になろうとか言ってるのさ! 親衛隊のこと、あれだけぼろくそ罵ってたくせに!」
「そ、それは……だって、その、要の親衛隊はセフレの集まりじゃないってわかったから、それなら仲よくなりたいな、って」
「はああ!?」
 さすがにそれは虫がよすぎるんじゃないのか。せめてきちんと皆に謝罪しないと、親衛隊の中に健司を受け入れる者はいないだろう。あと、おれはもうすぐ隊長じゃなくなるんだけどな。
 ぼんやりそうおもいつつ、ふたりのやりとりをどこか遠くに聞いていると、「真理さま」とひとごみの中からこっそり名前を呼ばれた。
「今のうちに逃げてください」
「え、っと」
 いいのだろうか、と戸惑ってしまう。
 よく見れば、声をかけてくれたのはまたしても会長の隊員だ。突如隊長をやめると言い出し迷惑をかけた自分をなぜ助けてくれるのだろうと首をかしげるも、健司から逃れられるならばその理由などどんなものでもよかった。
 迷ったのは数秒。真理は彼の言葉にあまえ、お礼を述べてから早足でその場をあとにした。


 自室に戻る道すがら、真理は先ほどの健司の発言をおもい出していた。
『要の親衛隊はセフレの集まりじゃないってわかったから――』
 彼は、そう言っていた。だが、それは真理の知る親衛隊の姿ではなかった。要が仕事をサボり始めるまで、夜伽制度は続いていたのだ。表をつくったのは自分だから、間違いようがない。なぜ健司がそんな結論に至ったのか、真理はふしぎでしょうがなかった。
 ――その真相は、すこしあとに要の口から語られることになる。
 隊長でありながら、真理は隊のことをなにも知らなかったのだ。


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