「要、毎日親衛隊のやつらを部屋に呼んで、その、セッ……してるって、ほんとうなのか!? だめだぞ! そんなの要もそいつも、傷つくだけだ!」
 セックス、とはっきり言葉にしないあたり純情なのだろうか。そんなことで今さら高感度があがりはしないのだが。
「そんなことしてないよ」
「うそだ!」
 自分が気に入った答えしか受け入れないなら初めから聞かないでよ、とこめかみをひくつかせ、秋南は肘で要の脇をつついた。
「あー……、親睦を深めるために隊員を部屋に呼んでるのは事実だ。けど、セックスはしてねえ。それで、秋南をここに招いた理由だが、」
 ようやく話せる、と続きを声にしようとしたとき、タイミングわるく料理が運ばれてきた。
「……………………」
 日替わり和食定食が三人前、洋食定食が三人前。それらがすべて並べられるまで、空気のわるさにだれも言葉を発することができずにいた。そんな中、讃えられるべき勇気を出したおとこがひとり。
「か、かいちょ、どうぞ、続けて?」
 ――会計だった。ほかの役員がありがとう、と感謝のきもちを念で送るさなか、健司と秋南は空腹に負けてご飯に手を伸ばしていた。
「……秋南を呼んだのは、近況を報告してもらいたかったからだ」
 食事を本気で十分で終わらせるつもりなのか、そう言いながら要も朝食をとり始めた。役員もそれにつられるようにして慌てて食べ出す。
「報告もなにも、真理が隊長やめて隊も抜けるって言ってるだけ。それ以外は変わりなし。うちの隊員は相変わらず制裁もしてないし、要がなんでこんなことしたのかもわかってるよ」
「そうか……」
「真理ね、『今の会長はおれが敬愛する会長ではない。だから、隊長を続けることはできない』って言ってた」
 しょぼんとうなだれ、もくもくとパンを口につめ込む要の、長いあいだともに過ごしてきたというのに一度も見たことのなかった姿に内心ぎょっとしつつ、役員もそれぞれパンとご飯を胃に流し込むようにして平らげていく。
「……要、真理は一度言い出したことを撤回する気はないとおもう。だから、もうなりふりかまってる場合じゃないよ。がんがんいかなきゃほかのおとこに盗られちゃうよ。真理、モテるし」
「知ってる! 今週は七人の生徒に告白されていた! ぜんぶ断ってたけどな!」
 怒ったり喜んだり、くるくる表情を変える要のそれはまるで幼いこどものようで、とてもではないが憎めない。秋南はだれにそこまで調べさせたのかというところにつっこみたいきもちを抑え、うなずく。
「そう、だからね、仕事を終えたらすぐにでも告白しちゃいな」
「えっ」
「要が変わってなかったってわかれば真理だってまた尊敬の念をいだいてくれるだろうし、たぶん、要が動かなかったら事態は好転しないよ」
 わかってる……。と、力なく零す彼に、秋南は最後の助言をしてやる。
「てゆーか、一回振られたくらいであきらめられるの? 要の真理に対する想いって、そんな程度のものなの? そうじゃないなら何度でも、真理が本気でいやがるまでアタックし続ければいいだけの話でしょ」
 ぱちくり、そんなこと考えてもみなかった、とでも言いたげにまばたきを繰り返す様子に手のかかる弟を連想させられる。
 役員たちと健司に要の好意を寄せている相手がばれてしまったが、問題はないだろう。どうせ、ふたりがくっつくのは時間の問題なのだ。
「会長、久木(ひさぎ)のことすきなんだ……」
 ぽつり、洩らしたのは会計。久木とは真理の苗字だ。
「そうだ。だからおれの恋路のために仕事を片づけるぞ。協力しないというなら容赦なく切り捨てる。リコールされたくなかったら缶詰を受け入れろ」
 その脅迫ともとれる命令に、今度は反対する者はいなかった。
 いつも一歩どころか百歩も先をいっているようなおとこが恋に悩んでいる姿が愉快であり、微笑ましくもあったからだ。同じ悩みを抱える者どうし助け合わねばと、彼らのあいだにおかしな仲間意識が湧いた。
 だれも、不審におもわなかった。ひと一倍うるさい健司が、途中からまったく会話に割り込んでこなかったことを。
 下を向き、唇を噛みしめる彼の表情は「悲痛」そのものであったが、皆気づかない。
 残っていた茶とコーヒーをそれぞれが飲み干し、生徒会役員たちは立ちあがって「それじゃあおれたちは仕事に向かう」と秋南に声をかける要の後ろについていった。
 秋南もこのままここに長居するつもりはなかったので、さっさと完食してしまおうと、パンをほおばるスピードをあげる。そして、そこでようやく健司が静かなことに違和感を覚えた。しかし、それを晴らそうとはおもわなかった。これ以上かかわりたくない、と秋南は考えたのだ。
「ごちそうさまでした」
 プレートの上のものをきれいに平らげると、席を立った。時計を見ればまだ時間があることがわかる。三十分にも満たないやりとりだったのだが、もう三時間も話し合ったような気がした。そのくらい密度が濃かった。
 一度、部屋に戻ってのんびりするのもいいかもしれない。
 そんなことをおもいながら階段をおり、秋南は食堂をあとにした。
 健司はそれでもまだひとり、座ったまま戸惑うように瞳を揺らしていた。


 ****


 生徒会役員が仕事をこなすようになったらしい。
 健司の周りに役員がひとりもいないことが、なによりの証拠だった。しかも、言いだしっぺは要だという。ほかの役員と一緒になって健司の尻を追いかけ回していたというのに、どういった風の吹き回しだろうか。
 こんなことになるなら親衛隊をやめる必要はなかったかもしれない、とおもったが、今さら撤回するのも面倒だ。隊は秋南に任せておけば安心だし、自分がやめてもたいした問題はない気がした。
 ――そんなことよりも、だ。問題はほかにあった。
 例の転入生、健司からの視線。それに、ここ数日真理は居心地のわるい想いをしていた。
 なぜ見られているのか、わからない。どうして話しかけてくるでもなく、ひたすら見つめてくるのか。
 確かに、真理の顔は見とれてしまうほどにうつくしい。さらりと流れる艷やかな黒髪、ちいさな顔、ととのったひとつひとつのパーツ。うつくしいとしか形容できないほど、真理はうつくしかった。事実、抱きたい、抱かれたいランキングでも毎度上位にいる。というか、親衛隊に所属していなければ生徒会入りしているはずだったのだ。そして、親衛隊もできているはずだった。けれど、真理は中等部の一年生のときから要の親衛隊の発足に尽力し、そのまま隊員になったのだ。ある意味、真理はこのとても異端な存在だった。健司とはべつの意味で、だ。


prevnext
bookmarkback
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -