もじゃもじゃの頭に瓶底黒縁メガネというギャグにしても笑えない格好をした転入生がきて、理由は果てしなく謎なのだが彼を気に入った生徒会役員が仕事をしなくなった。それが、つい最近のできごと。
 本来ならばなにかしらの行事があって忙しい時期にのみ仕事を頼む三人の補佐を総動員し、やっとのことで生徒会の雑務が回せているこの状況に、学園内の生徒たちは生徒会への不満を募らせていた。
 それは親衛隊も例外ではなく、ふだんはただのお茶会に等しい会議が、重くるしい報告会へと変貌していた。
「……潮時、か」
 ぽつり、呟いたのは会長親衛隊の隊長を務めている、真理(しんり)というおとこだった。
「真理……?」
 副隊長の秋南(あきな)が怪訝な視線を向け、名前を呼ぶと、真理はそのうつくしい薔薇色の唇から爆弾をおとした。
「今の会長はおれが敬愛する会長ではない。だから、隊長を続けることはできない」
 一瞬、時がとまったかのような静寂に包まれたのち、室内は騒然となった。
「えっ」
「隊長!?」
「冗談ですよね!?」
 様々な声がかけられたが、真理はそれらになにも返さず、「次の隊長には秋南を推薦する」とだけ言った。
 顔を覆う秋南。戸惑いを隠せない隊員。全員をおいてけぼりにしたまま、「今までありがとう」と教室から出ていってしまった彼をとめられる者は、その場には存在しなかった。
 ――こうして真理はその日、学園最大の規模を誇る会長の親衛隊から脱退することを宣言したのだった。


 ****


 翌日、秋南は転入生と生徒会の役員がくる時間帯を狙って食堂に向かっていた。朝は部屋で静かにパンを食べたい派の秋南にとっていつもやかましい食堂に朝からいくなど拷問以外のなにものでもなかったが、事態は急を要する。
 会長の連絡先は親衛隊では隊長のみが所持することのできるものなので、真理しか知らない。彼は隊から抜けると言ったが、本格的な手続きを終えるまでは隊長なのだ。推薦はされたものの、秋南が次の隊長に決まったわけでもない。故に、会長にメールをすることも電話をかけることもかなわなかったのだ。
 生徒会室で転入生と一緒になって授業免除という役員の特権を使って遊び呆けている彼に会うためには、もう食堂で待ち伏せるしかなかった。
 ――がやがやとやかましかった堂内が、しんと静まる。彼らがきたのだと、すぐにわかった。
 皆が、冷めた目でおおきすぎる声で話す転入生と、そのとり巻きたちを見つめている。常ならばここで彼らに話しかける人物などいないのだが、今日はべつだ。
「要(かなめ)」
「……秋南じゃねーか」
 秋南は、会長――要に声をかけた。すこし驚いて目をわずかに見ひらいた彼は、文句のつけようがないほどの美形だ。抱きたい、抱かれたいランキングとかいう阿呆みたいなそれで、抱かれたいの一位に輝くだけのことはある、そんな容姿。
 どこかの国の血をひくおとこは金髪碧眼で、中等部のころは「王子さまみたい」と持て囃されていたのだが、歳を重ねるごとに野性的な雰囲気が増えていき、今では副会長のほうがよっぽど王子らしかった。
 秋南は、知っていた。なぜ、要がこんなばかげたことをしているのか。転入生に惚れたからではないと、いやというほどに知ってしまっていた。
 うつむき、出せる限りの低い声を発する。
「やめるって……」
「は?」
「真理、親衛隊やめるって」
 かちん、と固まった会長とは逆に、「親衛隊!?」と過剰なまでに反応したのは転入生だった。むしろ、今までおとなしく話をさせてくれていたことに秋南は内心驚愕していた。噂の転入生は話を聞けない、話の通じない宇宙人だと聞いていたからだ。
「おまえ、親衛隊なのか!? そんなんに入っててもいいことなんかない! 今すぐやめろ! 親衛隊なんか、こいつらのセフレになったり、気にいらないやつを制裁したり……、そんな最低な集団なんだろ!?」
「いろいろ言いたいことはあるけどちょっと黙っててくれる? おれは要と話をしてるの」
 絶対零度の視線を向けても効果は今ひとつだったようで、きゃんきゃん喚く転入生にいらいらしてしまう。なんだよやっぱりろくでもないやつじゃんか、とおもいつつ、いいかげんにして、と口をひらこうとしたところでべつの声が先に放たれた。
「――おい」
「要! おまえも親衛隊なんか解散させたほうがいいっておもってるよな!?」
 はちゃめちゃな自論を展開させていた転入生は、気づかない。要の顔色が、真っ青だということに。その形相が、泣く子も黙るほどに恐ろしいものになっているということに。
 転入生の横でなりゆきを見守っていたほかの役員たちは、要の周りの温度が一気にさがったことに気がつき、ひやりとなにかが背筋をつたうのを感じた。
「おまえら、十分で飯を食え。そのあと、生徒会室に直行するぞ」
 その声音は、逆らうことをゆるさないと言わんばかりの、王さまのそれのようだった。しかし、怖いもの知らずの転入生と恋に盲目になっている役員たちは、彼に牙をむいた。
「ええー! やだよ! ご飯は急いで食べたら体によくないんだぞ!」
「そうです。健司(けんじ)の言う通りです。朝食くらいゆっくり食べてもいいでしょう? 人目のないとろこで健司と話したいきもちはわかりますが……」
 やれやれ、とため息をつく副会長に、要は吐き捨てる。
「そいつはつれていかない」
「は?」
 秋南を除く食堂中の生徒が、ぽかーんといった効果音がこれ以上ないほどに合う、そんな表情を浮かべた。
「今日からたまった仕事が終わるまで――、いや、一ヶ月先の仕事を片づけるまで缶詰だ。食事もあっちでとる。おれ以外のやつが外に出ることはゆるさないし、役員以外を生徒会室に入れることもゆるさない」
 突如、態度を一変させた彼に生徒たちは戸惑うが、役員はそうもいかなかったらしい。
「ちょっとぉ、いきなりなんなのさ。そんな命令おとなしくきけるわけないじゃん。仕事を片づけるのは協力できても、外に出られないってのと健司を呼べないってのには従えないよぉ」
 間延びした喋りかたをするのは会計だ。そして、それに続く話し下手な書記。
「会長だけ健司にこっそり会うつもり……。そんなのだめ……」
「こいつに興味ないのおれだけなんだから、しかたねーだろ」
 えっ。
 その瞬間、健司の心すらもほかの生徒たちと一体になった。いちはやく復活した健司が、ボタンのとまっていない要のブレザーを掴み、叫ぶ。
「うそだ! 要、おれのこと可愛いって言っただろ!? 一緒にいると楽しいって、飽きないって、そう言った!」
 うんうん、と役員たちがうなずく。やっぱり……、と怪訝な顔をしかけた周りを気にすることもなく、要は本心を曝け出す。
「それはうそじゃねーけど、この学園ではめずらしいタイプだからかまってただけで、べつにおまえのことはなんともおもってねーから。つうかほんと、時間がもったいないからてきとうに頼むぞ」
 横にあったタッチパネルを操作し、ほんとうに六人前の食事を注文してしまった要に役員は二階の役員専用の席に健司をつれて渋々つくも、不満は喉をついて出てとまらない。
「てゆーか今さらじゃん。一週間以上サボってたのになんでいきなり仕事しろとか言い出すのさ」
「しかも、親衛隊の子までここに呼ぶなんて……」
「うるせー黙れ今までのは休暇だよ休暇。そんで、秋南をここに呼んだのは……」
 説明を終える前に「なあ!」と声をあげたのは、やはり健司だ。


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