4
「……いやなんだよ、おれが。秋南はいい。基樹も、健司も、だいじょうぶだ。けど、あいつだけは――なんか、だめなんだ。きらいとかじゃない。ただただ、とにかく不安になる。島津が真理の隣にいると、もやもやしてたまらなくなるんだ!」
強めの口調で喉につかえていたものを吐き出すようにそう告げれば、真理は心底驚いたような表情をした。
「要……、傷つけてたことに気づけなくて、ごめんなさい」
そっと抱き寄せられ、親にあまえる子どものように顔を胸に埋める。
要は、信じて疑わなかった。彼の口からはもうすぐ自分の望んでいる台詞が発されると。
「でも、いきなりあからさまに距離をおくのはむりだよ。不審がられる。それにおれ、あんまり友達いないし……、秋成と離れるの、ちょっと寂しい」
ずがん、と脳天に雷をおとされたような気分だった。ショックのあまり言葉も出ない。情けなくも涙さえ溢れてきそうだった。
どれだけひどい顔をしていたのか自分ではわからなかったが、そうとうのものだったのだろう。真理が要に慌てて弁明する。
「待って、ほんとに勘違いしないで! ……あの、その、実は……」
言いづらそうにもごもごしていた彼はじわじわと顔を赤く染めあげ、それを隠すように両手で頬を覆い、小声で白状した。
「……秋成はおれにとって、要にとっての秋南みたいな存在なんだ」
「…………秋南?」
ぽかんとして友人の名を口にすれば、真理は恥ずかしそうにこくりとうなずく。
「ふたり、よく、おれについて語り合ってるでしょ。あんな感じのこと、秋成としてて……」
「はあ? え? あいつ、おれのこと……その、」
「憧れてるんだって」
「ええ……」
なにこの展開、とがっくり肩をおとした。
「秋南は知っての通り要のよさを一緒に語ってくれるようなやつじゃないし、昔はほかの親衛隊の子と一線をひいてたから深く語らうとかぜんぜんできなかったのに、隊を抜けた今じゃなおさらだれとも要の話ができなくなっちゃって……。秋成って会議中に意見が割れると要の肩持つこと多いなっておもったから、もしかして、って聞いてみたらビンゴだったというか」
まじかよ、と呟くように零すと「あっ、でも恋愛感情はないって言ってたよ」と、よくわからないフォローが入る。
「ていうか、今さらおれのこと他人と語らう必要あるのか?」
「あるよ! そんなこと言ったら要だってそうでしょ。おれとつきあい始めてからも、秋南と飽きることなく話してるじゃん」
――ぐうの音も出なかった。
秋南と真理について語らう時間は自分にとって必要不可欠なものであるため、それをなくしてまでふたりをひき裂くのは不可能であった。泣く泣く秋成との関係を認めれば「ありがとう! 要、だいすき」と抱きつかれてキスをされたので、もやもやが一瞬にして吹っ飛んだ。
要の世界は、いつだって真理を中心に回っているのだ。
****
「秋成が同室者とうまくいかなかったの、要に傾倒してたからなんだって」
「は、なにそれ」
仲なおりのセックスをして、ようやく心が凪いだ穏やかな夜を過ごしている最中、唐突に真理がそんなことを言った。
「なんかね、秋成、けっこうガチな要のファンらしくて。相手のひと、恋愛感情がないってわかってても不安になってどうしようもないから、強硬手段に出ようとしてたらしいよ」
まんま自分と同じ思考をしている秋成の元同室者に、要は他人事とはおもえずつい話の続きをねだってしまった。
「……秋成自身のきもちはどうなんだ?」
「まんざらでもないみたい。でも、要のファン活動を見守ってくれる精神力を身につけてもらってからでないと、つきあうのはむりって言ってた」
「…………」
ふだん、好意をおくびにも出さない彼がそこまで自分のことを想っているのだと知ると、なんとなく居心地がわるくなる。
「おれ、あいつになんかしてやったほうがいいのか?」
「遠くから眺めてたいらしいから変なことはしなくていいよ。最終手段だったとはいえ、今の状況は不本意なんだって」
「お、おお……。なんか、深いこだわりがあるんだな……」
秋成の謎な思考にどんな反応をすればいいのかわからずにいると、真理がうーんと可愛らしく唸った。
「おれは、ちょっとだけ秋成のきもち、わかるんだよね」
「えっ、はあ!?」
いやいやいやいや待て待て待て待て。今のは聞き捨てならないぞ!
要がどういうことだとつめ寄ろうとした直後、その理由は呆気なく明かされた。
「生徒会長やってる要、おうさまみたいで、すごくすごくかっこいいから。壇上にあがった要を体育館から見つめるの、だいすきだったんだ」
今は、裏から同じ高さで横顔を見ることしかかなわなくなってしまったから、と残念そうに零す真理に要は頭を抱えた。
可愛すぎる。こんなに可愛くて愛おしい人間がこの世に存在していいのか。
そんなことをおもいつつ、手を伸ばす。
「だれもが見られるおれじゃなくて、真理しか見られないおれも愛してほしいんだけど?」
ほんのり染まった頬に這わせた掌は、その熱を受けてじわりとあたたかくなる。
そんなの、とっくに――
おとこが台詞を言いきる前に、やさしくくちびるを塞いだ。
今回はさんざん振り回されたのだからこのくらいのいじわるならしてもいいだろうと考えながら、要はしあわせそうに微笑んだ愛しい恋人のほっぺたを戯れるように軽くつねってやったのだった。
End.