****


 生徒会役員の顔合わせの日がやってきた。
 放課後に生徒会室に集まり、四人で円を描くようにソファーに腰をかけ、自己紹介を始める。
「生徒会長を続投させてもらうことになった、香堂要だ。長々語ることもないだろ。役職順に次々いけ」
 要がそう言えば真理が次はおれか、と口をひらく。
「なぜか副会長になってしまった、久木真理です。よろしく」
「会長と同じくひき続き前期と同様の役職、会計をやらせてもらう荻原基樹。よろしく〜」
 基樹も流れに乗ってスムーズに名を告げ、最後に残ったのは秋成。
 彼は一拍おいたのち、「……書記になった島津秋成。よろしく」と言った。
 部活や同好会などの代表と活動費について話し合うことの多い基樹は、コミュニケーション能力に長けている。故に、こういう場で真っ先に話題を提供するのはこのおとこだった。
「ねーねー、島津って中等部にいたとき生徒会入ってなかったよね? てゆーか昔から親衛隊あったっけ? けっこう最近できた気がするんだけど」
 この学園は、ほとんどが初等部から高等部までひとが入れ替わらないため、最初のうちに人気が出た生徒がそのまま中等部や高等部の生徒会役員になることが多い。学年が改まって新たに役員になったときも、「またおまえと一緒か」という表情を役員内で交わしてしまうくらいなのだ。しかし、今回は真理と秋成という新顔がふたりも増えた。これは、かなり珍しい事案だった。真理はともかく、秋成がなぜ生徒会入りしたのかと基樹が不思議がるのもむりはない。
「……ずっと、平和に過ごしたくて軽く変装してたんだよ。でも、今年の春に同室になったやつに素顔がばれて、そっから毎日ケツを狙われる日々が始まり、たえ切れなくなったおれは安全を確保するために眼鏡とクソださい髪型をやめたんだ……」
 周りから嫌悪されない程度の優等生ルックを装い、「素材はいいのに残念な男子」を演じていたのだという秋成が身だしなみをととのえて登校してきた日、学園は大きな騒ぎになったらしい。しかし、それがちょうど前生徒会のメンバーがひきこもって仕事をしていた期間と重なっていたということもあり、要や基樹には秋成の存在が印象づかなかったのだ。
「えー、でもさ、親衛隊できてますます危険が増えたんじゃないの?」
「うちの隊ネコとタチが半々くらいだから、内部で常に牽制し合ってるらしくて意外とおれ自身は平和なんだ。あと、ひとり部屋をもらえるのって成績優良者か人気のあるやつだけだろ? 上位に入るために必死こいて勉強するなんてごめんだったし、同室のやつから逃げるにはこれしかなかったんだよ」
 はあ、と疲れたように語る彼に訊ねる。
「そんなやばいやつなら風紀に言えばよかったんじゃ?」
「……なんていうか、わるいやつじゃないのはわかってたから、さすがに気がひけて」
 秋成は複雑そうな顔をしていた。実のところはまんざらでもないのだろうか。
 深く追及するのは憚られたようで、基樹はそんなもん? と言ってその会話はそこで終わりにした。
 その後もあたりさわりのない話が続き、この面子ならばなかなかよい友好関係を築けそうだと要が安堵したとき、秋成が言った。
「つうかさ、なんで久木は香堂に対して未だに敬語なの」
「え……、へん、かな?」
「つきあってんだろ? 変っていうか……、同学年なんだし使わないのがふつうだろ」
 ふつう、と真理がぱちぱちまばたきを繰り返す。
 よく言った! と心からの賛辞を送りたい気持ちを我慢し、要は彼がなんと返すのかはらはらしながら窺っていた。
 この学園で真理に真正面から問題を指摘できる人物はすくない。特殊な立ち位置にいたというのもあるし、なによりその「問題」がそもそも見あたらなかったからだ。
 仲のいい友人ならばだめな部分を見ることもあるだろうが、秋南を筆頭に彼らは真理をあまやかす傾向にある。なにを秤にかけてもだいたいは真理のほうに傾くため、今回も口出しはしないつもりらしかった。敬語をやめさせたいとおもっていた要ですら、彼らと同じような心境でいたため、あきらめかけていたのだが。
「明らかに上下があるように見えるのは、生徒会としてもあんま印象よくないんじゃない?」
 ずばずば、素直な意見を言う秋成が要には神々しい神のように見えた。真理もまた、彼のことをふだんとは違った色の目で見ている。――そして。
「……うん。すこし前に要さ……要とも約束したし、敬語使わないように頑張ってみる」
 と、言ったのだ。
 一瞬、耳を疑った。要さま、と言いかけて呼び捨てになおすぎこちなさがたまらなく可愛い。
 鼻の下でも伸ばしていたのか、基樹に背中を小突かれはっとし、表情をぐっとひきしめた。
 なんだか、かなりいい感じの生徒会になりそうだな。
 前年度のメンバーに不満があったわけではないが、そんなことをふとおもった。
 ――が、そんな想いはすぐにぶち壊されることになるのだった。


 ****


 要は、ここ最近ないくらいにいらついていた。というか、こんなにいらいらするのは人生で初めてのことかもしれない。原因は明らかだ。秋成と真理が、やたらと親しくなっているためだ。
 せっかく真理が部屋に越してきて、四六時中一緒にいるという夢のような生活を送り始めたというのに、さらなる束縛を課そうとしている自身に嫌気がさす。しかし、秋成と彼がふたりで話をしていると、その内容が気になって仕方ないのだ。基樹ならなんともおもわないのに、なぜだろう。まだよく秋成のことを知らないから不安になるのか。
 しばらく悶々としていたが、一週間もすれば気づいた。――近いのだ。距離が、やけに。
 まず、そもそも真理が安易にひとを近づけさせない雰囲気をまとっているし、本人も心をゆるしていない限りは接する相手と間隔をあけるタイプだ。なのに、秋成に対しては、こう、「無防備」なのだ。
 狭量だとはわかっているが、要にはそれが許容できなかった。
 だからある日、我慢ができずに言ってしまったのだ。
 秋成ときちんと距離を保て、と。
「……意味がよくわからない。秋成は、友達以下でもそれ以上でもないし、今の距離は適切だとおもってるんだけど」
 たまにぽろっと出るもの以外は敬語がなくなり、自分が望んでいた方向に進んでいるのにそれが秋成のおかげだとおもうと手放しによろこべない。そのくらい、彼は今の要にとって大きなしこりになってしまっていた。


prevnext
bookmarkback
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -