四ノ宮学園では、文化祭が終わったあとに生徒会役員選挙がある。いわゆる人気投票で決まるそれに、今回、真理が上位に食い込んでくることは明らかだった。
 隊長をやめると言われたときは絶望したが、真理が隊を抜けてくれたおかげで役員になる可能性が出てきた。可能性が出てきた、なんて言ったものの、正直真理の生徒会入りは確実だとおもう。
 副会長である真木直純(まきなおずみ)と、書記の荒川慎太郎(あらかわしんたろう)は三年生なので抜けるが、会長はおそらくひき続き自分がなり、真理と基樹が副会長と会計になり、書記にだれか新しい人物、といった面子になりそうだ。
 要の部屋に通うのも、自室にこられるのも、真理からしたら好ましい行動でははないらしい。しかし、そんな問題も役員になれば解消される。役員の部屋のみ設けてあるフロアならば、逢引をだれかに見られる心配もない。部屋は無駄に広いので、いっそ一緒に暮らすのもありなのではないか。
 おはようからおやすみまで、真理と過ごす日々を想像すれば、しあわせすぎて顔のしまりがなくなった。
「要、変な妄想してないでちゃんと仕事してください」
「あ?」
 変な妄想とは失礼な、とおもったが、直純をひと睨みするにとどめ、書類に視線を戻した。反論すればボロクソに言い返されるとわかっていたからだ。
 イベントをすぐあとに控えている期間、生徒会は飯を食う時間すら惜しくなるほどに忙しくなる。デリバリーを頼んで、片手で食べられるものを口にしながら作業をするなんて光景はざらにある。
 今はまだそこまでの忙しさはないものの、もうすぐそういう時期がやってくると考えると憂鬱だった。だが、それが終わればやってくるのは真理とのハッピーライフ。
 おれはやるぜ……! といきなりひとりで燃え始めた要を、役員たちは不思議そうに見つめていた。


 ****


 時は過ぎ、役員選挙という名の人気投票がおこなわれ、それが発表される日がきた。
 家柄と顔で選ばれるといっても過言ではない役員に、時々役たたずが運悪く紛れ込むことがあるらしい。数年前、実に残念な会長がいたのだと、今でもその話は語り継がれている。なので、考えなしに投票するのは生徒会に所属している身としては避けてほしいのだが、この学園の生徒たちが聞いてくれるはずもなく。
 一位に要、二位に真理、三位に基樹、そして四位に島津秋成(しまづあきなり)という同学年の人物がランクインしていた。親衛隊持ちの生徒として、名前は知っている。しかし、接点がないためどんなやつなのかはよくわからない。確か、真理のような美人の系統の顔をしていた気がする。
 今回も可愛い系のやつがいないなあ、と前のメンバーを振り返ってみれば、直純がすこしきれいめよりではあったが、皆がいわゆる「イケメン」の枠だった。
 自分で自分のことをイケメンだと称するのは自意識過剰のようで気が進まないが、事実なのでどうしようもない。謙遜すれば、嫌味だと捉えられてしまうので、ならばいっそ肯定したほうがうまくやっていけるのだと、この檻の中で要は学んだ。
「久木に負けるとか最悪なんだけどー」
 そう、悔しげにぼやくのは基樹。そして、真理はといえば。
「…………え、おれ? なんであの表におれの名前があるの?」
 心底疑問だというように、首を傾げていた。
「親衛隊を抜けたから、除外されなくなったんでしょーが。なに、その歳でボケてんの?」
 この学園にきて、すぐに要の親衛隊をつくり隊長になった真理は、役員を決める投票の際は名前を除外されていた。それとはべつに「抱かれたい・抱きたいランキング」というふざけたものもあるのだが、そちらでは抱きたいの部門で常に一位をとっていた彼は、それを遊びやいたずらの票が多かったせいだろうと、ずっと勘違いしていたらしい。真理は自身の容姿がととのっていることについて決して自覚がないわけではないが、正しく理解しているわけでもなかった。
「えっなに、おれ、副会長になるの? まじで? ドッキリとかじゃなく?」
 真理があたりを見回すと、皆が肯定するようにこくこくと頷いた。
 えええ……、と戸惑っている彼に反し、要は心の中でガッツポーズをきめていた。
 あの想像が! 現実に! なるかもしれない!
 テンションはうなぎ登りだ。
 ――それに、なにより。
「要さま……、これ、辞退はできないんですよね……?」
 未だに要をさまづけで、さらには敬語を外さない真理にそれをやめさせる理由ができた。
「今の風紀委員長に次の委員長に任命されない限りはむりだな」
 むむ、といやそうに眉を寄せるその顔も美しい。ぽーっと見惚れていると、つい本音が零れてしまう。
「はやく部屋移動しねえかな……」
「あ……、おれ、役員部屋に引っ越ししなきゃなのか……」
 要の呟きでそのことに気づいた真理はますます面倒だ、という感情を全面に押し出し、不満げにしていたのだった。


 その日、部屋に真理を呼んでずっと妄想――考えていたことを話した。
「お話って、なんですか?」
「ええと、本題に入る前に、まずは生徒会入り決定おめでとう」
「……ありがとうございます」
 ぜんぜんめでたくないですけどね、という真理の心の声が聞こえてきたが、気づかないふりをして続ける。
「あの、その、それでだな、真理も近いうちにこのフロアに越してくるだろ?」
「はあ、まあ、そうなりますね」
 一般生徒は基本ふたり部屋だが、特例もあるのだ。例えば、親衛隊持ちの生徒、隊は発足していないが人気がある生徒など、被害者になる場合だけでなく、だれかと同じ部屋になったときに同室者を巻き込み、意図せず加害者にもなりうる危険がある生徒は、風紀や生徒会がひとり部屋を与えることができるようになっている。真理もそれに該当する生徒だったので、ずっとひとり部屋だったのだ。しかし、家は金持ちであるのに過度な贅沢を嫌う彼は、ふたり部屋ですら広いというのにさらに広く豪華な自室にうんざりしいていたらしい。そんな話を、秋南から聞かされていた。
 一般生徒のひとり部屋よりもさらに広く、明らかに家具のランクもあがる役員専用の部屋を、真理が気に入るとは到底おもえなかった。だから、断られるはずがない。要は、そう確信していた。
「よかったら、おれの部屋にこないか。正直、役員部屋は真理には合わないだろうし、おれもひとりよりふたりのほうが――その、うれしい、し」
 ぱちくり、目を見ひらいて驚いている真理はすこし考えたのち、頬を桃色に染めて小さく頷いた。
 要がおもい描いた薔薇色の日々が、近いうちに始まる。その期待に、鼓動が跳ねた。――けれど、それは一旦横においておき。今やらねばならないのは、真理の言葉使いをなおすことである。
「さて、じゃあもうひとつの話に移らせてもらおうか」
「もうひとつ……?」
 クエスチョンマークでいっぱいになっている真理ににっこり笑顔を見せ、要は彼をソファーに押し倒し、その唇を塞いだ。


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