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「……そんな顔すんなよ。最初、父さんには反対されたんだけど、母さんが『じゃあわたしがもうひとりうめばいいじゃない』とか言ったらあのひとも乗り気になってさ。ゆるしてもらえたから」
「なんで、そこまで……」
 なにが要を突き動かすのか、真理にはわからなかった。自分のなにが、要をここまで惹きつけるのか。
「そんなん、すきだからに決まってんだろ。まだ十年とすこししかいきてないくせに、っておもわれるかもしんねーけどさ、おれには、この先真理よりもすきになれるやつなんて現れねーよ」
「……要さま、おれは、」
 拒絶の言葉を吐こうとしたとき、先ほどの健司の台詞が脳裏に蘇った。
『すなおに、なれよ』
 すなおに、なりたい。――なりたい。
「おれは……、こわいんです。わかれるとか、事故に遭うとか、寿命がくるとか。どんな理由で要さまと離れることになっても、きっと、おれはその時点でいきていくことができなくなってしまう。あなたの重荷にしかならないそんな自分が……、とてもいやだし、こわい」
 こわい、ともう一度繰り返すと、要が破顔した。
 今、真理はとても大切な話をしているつもりだった。なのに、なぜ彼はうれしそうに笑っているのか。理解できず、ぽっかり口をあけると、「わるい」とすこしもわるいだなんておもっているようには見えない顔で、要が謝罪した。
「ずいぶんと真理に想われているんだなとわかって、うれしかったんだ」
 ――どうして、このひとは。
「だいじょうぶ、おれも同じだ。おまえがいない世界でひとり、いきる意味なんかない」
 嘘もごまかしもない、うつくしく輝く碧の瞳に、かたくなに閉ざしていた心の扉がとかされてしまう。
 現れた剥き出しのそれは、もうどこにも隠すことができなかった。
 ――真理から、要を求めることなどないとおもっていた。そんなことはゆるされるはずがないと。けれど、そんなのは妄想でしかなくて、真理が欲すれば彼はすぐにでも自分のものになってくれるのだと、今ならわかる。
「要さま……」
 目から滴が零れる。しかし、その理由は先ほどのような負の感情からくるものではなかった。
「――真理、すきだ。おれの隣で、一緒にいきてくれ」
 震える指先で、おとこが掌の上に乗せ続けていたケースの中で輝いているそれをつまむ。眩しすぎて、直視しがたい。
 内側にふたりのイニシャルが入っている、細身の、シンプルな輪っか。それを要に渡して、真理は頼んだ。
「……はめて、くれますか」
 手をさし出せば手首をそっととられ、薬指にそれがゆっくりと通された。
 たった数秒の出来事が、永遠にも等しく感じられた。なにも言えずにただぱちぱちとまばたきだけを重ねていると、要の顔が近づいてきた。
 あ、キスされる。
 そんな台詞が頭におもい浮かんだときにはもう唇が食まれていて、ふれた部分から全身にひろがっていく甘美な幸福の味に酔いしれ、そして――、ずっと、声にすることのできなかった、喉が焼けそうなほどに熱を孕んだ愛の言葉を真理は吐き出した。
「すき…………」
 それに、要が「知ってる」と笑ったのか、赤面して顔を覆ったのか。その答えは、この世でただひとり、彼に愛されている真理だけが知る永遠の秘密になったのであった。




End.

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