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 放課後、寮の自室に秋南を招きまったりしていた真理のもとへ、めずらしく生徒会役員やその他のとり巻きたちと戯れる日課を放棄しやってきた健司を中に入れてやると、彼はソファーに座った瞬間に勢いよく叫んだ。
「うそつき!」
 開口してまっ先に飛び出てきたその台詞に苦笑する。しかし、顔を見せた瞬間に罵られてもおかしくないとおもっていたので、ここまで彼が我慢をしたのには驚いた。
「うそつき? なんで真理がうそつきになるのさ?」
 けんか腰で返すのは秋南。けれど、今回ばかりは庇ってもらうわけにはいかない。――わるいのは、真理だからだ。
「えっと、坂井? はなにを聞いたの?」
「久木が要と寝たって!」
「あー……、ごめんね? でもさ、おれだってすくなからず要さまに好意を持ってるわけだし、頼まれたら拒めなくなっちゃったというか……」
「だいじょうぶって言ったじゃんか! おれ、信じてたのに、なのに……!」
「いやでもほら、つきあってはないし。まだまだ坂井? にもチャンスはあるって」
「いろいろ突っ込みたいところはあるけどとりあえず『だいじょうぶ』ってなんのこと。あと、そいつは坂井で合ってるよ」
 名前を呼ぶ際のクエスチョンマークが消えないものだから、秋南が見兼ねて健司の名前が合っていることを教えてくれた。心の中で感謝を述べつつ、真理が事の発端を説明する。
「いや、この前食堂で要さまに告白されたとき、坂井があんまりにもかわいそうな顔してたからさ。元々告白を受け入れるつもりはなかったから、軽はずみに『だいじょうぶだよ』って言っちゃったんだよね」
「そうだよ! なのにこいつは要に手ぇ出したんだ! 最低だろ!?」
 はあ、とため息をつく秋南はそうとううんざりしているようだった。部屋にあげてからまだ十分もたっていないのにひとをここまで呆れさせる健司は、ある意味すごい才能を持っていると言える。――これは決して、褒め言葉ではない。
「……手を出されたのは真理でしょ。それに、仮に真理が要を受け入れなかったからって、次に選ばれるのがきみだとはおもえないけど」
「なんでそんなこと言うんだ!」
 恋に盲目になっている役員たちはともかく、いくら素顔が生徒会入りしてもおかしくなさそうなほどに愛らしくても、中身がこれでは人気は伸びないだろう。健司には申し訳ないが、秋南の言葉は正しいと真理もおもう。要は自分がだめなら次は秋南のことをすきになる気がする。まあ、秋南にはもういい感じのお相手がいるのだが。
「ほかの役員のかたはきみのここの生徒とは違う態度や考えかたに惹かれたみたいだけど、要はさ、真理に支えられてきたこと、ちゃんとわかってる。ほかの隊はコミュニケーションがたりなかったからかうまく機能してなかったみたいだけど、要の親衛隊――おれたちはちゃんと要の意思を確認して、危険な人物やしつこいファンから遠ざけてきた。だから、要はいつだって自然体でいられるんだ。そして、それが隊を動かしていた真理のおかげだって、知ってる」
 きみなんかじゃ同じ土俵に立つことすらできないよ――。
 そんな秋南の台詞が聞こえてくるようだった。
「うるさいうるさいうるさーい!」
「ちょっと! うるさいのはそっちじゃん! 言い返せないからって癇癪起こさないでよ、もう!」
 幸い寮の室内は防音になっているのでとくにとめる必要性も感じず、ぎゃんぎゃん騒ぐふたりを元気だなあ、と眺めていた真理は、突然ピンときた。
「……いいことおもいついた」
「真理のいいことってろくなことじゃない予感しかしないんだけど」
 まあ聞いてよ、と瞳を輝かせながら泣き出してしまった健司に向きなおり、提案する。
「おれが指導してあげよっか」
「えっ」
「指導……?」
 ふだんに比べてずいぶんと元気のない声に秋南ってやっぱりすごいな、とおもいつつ続ける。
「うん、指導。坂井がまともになれるように」
「なっ、おれはまともだ! ここの学園のやつらがおかしいんだ!」
「冗談でしょ真理!? そいつに割いてる時間があったらおれといちゃいちゃしてよ!」
 一斉に言われたせいで若干身をひいてしまった。しかし、真理はこれはなかなかわるくない案だと自負していた。
「要さまに好かれるためにはまず坂井が変わらなきゃ。とりあえず、そのすぐ叫ぶ癖なおさないと要さまの中で一生『おもしれーやつ』どまりになるよ」
「叫んでなんか! ……っ、ない」
 しりすぼみになる健司の声に、おお、きいた、とおもしろがっていると秋南からの視線を感じた。
「本気なの……?」
「だって、このままだと何度問題起こして要さまに迷惑かけても反省しなさそうだし」
 器物の破損、親衛隊に襲われた際の過剰防衛。健司がやってきてからそれらの件数は爆発的に伸び、前年度の倍以上になった。それでも健司が処罰を受けないのは彼が理事長の甥であるということもひとつの要因だが、生徒会が、なにより要がその決断を下さなかったからだ。健司のことを気に入っている、というのはほんとうなのだろう。
 仕事を増やされても要が注意すらもしないということは、坂井健司はわるいやつではないのだと真理が信じるのにじゅうぶんすぎる要素となる。今の健司にはむりでも、変わった健司なら要の心を動かせるかもしれない。
 要がほかのだれかとつきあうところを見たいわけではないけれど、このまま自分をすきでいるよりはそちらのほうがよほどいいとおもうのだ。セックスまでしておいてなにを今さら、と言われてしまいそうではあるが。
「結局、こいつの教育すらも要のためってわけね」
「みんなのためにもなるじゃん」
「なんでおれが変わるのがみんなのためになるんだよ!」
 会話を遮ってきた健司に「これもだめ」と真理は告げる。
「ひとの話を遮らない。坂井だって自分がしゃべってるときにほかのやつに割り込まれたらいい気はしないでしょ? 自分がされていやなことは他人にもしない。あと、また声大きくなってる」
 しまった! とでもいうように口を塞ぐおとこに接していると、なんだか小学生を相手しているような気分になってくる。そしてそれはあながち間違いではないのではとおもい至る。
 ――そうだ。健司はこどもなのだ。精神年齢が実際の年齢にまったくついてきていない――、そんな状態。
「……おれ、こどもの相手苦手なんだけどな……」
 ぽつり、呟かれた言葉に秋南は「ああ……」となにもかもがわかったような表情を浮かべ、健司はきょとんとして「こども?」と首をかしげていたのだった。


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