意識を失っても解放されることはなく、何度も失神を繰り返した真理が要とのセックスの最中、最後に目にしたものは太陽だった。――もう一度言おう。太陽だった。
 何時間していたのか考えるのもいやになるほど抱かれていたわけで、とうぜん、その日真理が目を覚ましたのは昼過ぎどころか午後のおやつの時間になるころだったし、要もそれまで熟睡していた。体は気を失っているあいだにきれいにされたのか、不快感はなかった。それはありがたかったのだが、ひとつ、おおきな問題があった。
 ――痛い。どこがって、全身がだ。とくにひどいのは、尻周辺。
 動くどころか起きあがることすらできないのではないかという痛みと疲労感。
 もうこのまま寝たきりで過ごそうかと悶々していると、すこし遅れて要がとじていた瞼を持ちあげた。
「真理……」
 起きて早々、彼がなにをしようとしたのかはわからない。だが、真理は危険を感じた。だから、失礼を承知で言うしかなかった。
「さわらないでください」
 手を伸ばしかけてぴしりと固まってしまったおとこから視線を逸らしつつ、続けて弁明する。
「……その、痛いんです……全身が」
 その言葉にはっとして、要は「わるかった」とばつがわるそうに謝った。
「まじ、きのうとまれなくて……」
「いえ、それはいいんですけど、おれちょっと今日は動けそうにないのですみませんがもう一泊させていただけますか?」
「あたりまえだろ。なんならあしたも泊まってけよ。たぶんまだ動けないだろ」
 ありがたい申し出だったが、容易にうなずいてしまっていいのだろうか。すこし躊躇したのち、「あした、まだ動けなかったら泊まらせていただきます」と返した。
「熱出るかもしんねーな。なんかほしいもんあったら言えよ。すぐ用意するから」
「はい……」
 そんなこんなで結局、真理は要の部屋に三泊した。食堂で騒ぎを起こしたあとに要とふたりで授業を休んでいるものだから、あらぬ噂があちこちでたっているに違いない。秋南あたりからは確実に詰問されるだろう。
 いやだいきたくないとおもっても、このままひきこもるわけにもいかないので「あしたは学校にいきます」と要に告げた。
「むりはすんなよ。おれ、あした朝からちょっと出かけないといけないんだけど、ひとりでだいじょうぶか?」
「こどもじゃないんだからへいきですよ」
 そうか、と髪を撫でられる。
 明らかに距離が近くなったな、とおもった。これを堂々校内でもやられたらたまったものではないのだが、そこらへんを要はわかっているのだろうか。
「……要さま」
「ん?」
「あなたはこの学園の王さま。おれは、もう、ただのしがない平民のひとり。そのことを――忘れないでくださいね」
 彼は困ったように微笑むだけで、うなずいてはくれなかった。
 真理はため息をついて、これからのことをぼんやりと考えたのだった。


 ****


「で、真理。要とはどうなったの」
 昼休み、秋南に誘われ食堂にやってきたまではよかったが、やはりその話になるか、と正直逃げたくてたまらなくなったが、これまで秋南にかけてきた迷惑の数々をおもうとそれもできなかった。
「……べつに、どうもなってない」
「うっそだあ! その襟の下、キスマークとか歯型ですごいことになってるんでしょ?」
 ――図星をつかれてぐうの音も出なかった。色が白いので消えにくいらしく、あれから数日たった今でもまだ鬱血はあちこちに残っている。だから、わざわざ一番上までシャツのボタンをしめる羽目になっているというわけだ。
 皆、聞き耳をたてているらしく、真理と秋南の周りのテーブルはやたらと静かだった。
「……セックスはした。でも、それだけ」
「はああ? どういうこと?」
「つきあえないって言ったら、じゃあ一日だけおれのものになってって言われて、断れなくてしちゃった」
 しちゃった、じゃねーよ!
 ふたりの会話を盗み聞きしている生徒たちが心の中で突っ込みを入れているあいだにも、話は進んでいく。
「ええ……。なんかもう、いろいろ予想外なんだけど」
「要さまさ、ずっとおれがすきだったからだれも抱いたことないって言ってたんだけど」
「あの顔で童貞とかまじウケるよね」
 そんじょそこらの女子ではたちうちできないほど可愛らしい容貌にまったく似合わないぶふっという笑いを零した秋南に、真理は真顔で返した。
「それって、ほんとなのかな? めっちゃ手際よかったんだけど。冷静になった今、行為を振り返ってみると要さまが童貞だったとか信じがたい」
「それはおれたちのおかげだね! 真理を痛がらせたらゆるさないって言って脅して、いろんなグッズあげたりコツをレクチャーしたりしてたから」
「なにしてんの……」
 会長のとこの親衛隊ってなんかおかしくね? と生徒たちが混乱する中、真理は「ま、ありがとね」とお礼を述べた。
「もうほんと、これなら痛いほうがましだとおもうくらいしつこく馴らされたんだけど、あれされてなかったら絶対ケツの穴裂けてた。そんくらい要さまのはでかかった。あと、絶倫だった。おれは最中に何度か死を覚悟した」
 そのきれいな顔でケツの穴とか言わないで! そんで、会長が童貞だったとかアレがでかかったとか、その他もろもろの情報もいらなかった! と叫びたいきもちを一同がこらえる。というか、なぜ羞恥もなにもなく明け透けに要との情事の内容を暴露しているのだろうか、このひとは。
「なんでつきあわないの? 真理だってすきでしょ、要のこと」
「…………ここにいるあいだだけ恋人ごっこをするなんて、おれはごめんなんだよ」
 真理のそれは辛辣な物言いだったが、事実でもあった。この学園ではだいたいのカップルが、高校を卒業するとともに関係を清算させる。駆け落ちした者もいると聞いたことはあったが、要はそんなことがゆるされる立場の人間ではないし、真理も家を継げとは言われていないにしろ、さすがに家族に黙ったまま行方をくらませるなんてことはしたくない。――しかし、逆を言えば、要が逃げようと、逃げてどこか遠くへいこうと手をさし伸べてくれたなら、真理はそれを拒むことはないだろう。
「あー、まあ、真理のきもちもわからなくはないけどさ……、要のきもち、舐めないほうがいいよ?」
「え……」
「あいつ、ほんとに真理のことすきだから」
 要の恋の悩みを聞き続けてきた秋南の言葉には説得力があった。
「今さ、実家に帰ってるんだって」
 先日、正式に隊長になり要の連絡先を入手した秋南は、彼と頻繁にメールのやりとりをしているらしい。真理は知らされていなかったその情報に目を見ひらく。
「出かけるとは聞いてたけど、実家にいるの? なんでいきなり帰省? 休暇まで待てばいいのに」
「真理を一日でもはやく自分のものにしたいんでしょ」
 それと要の行動にどんな関連があるというのか。真理にはまったく見当がつかないというのに、秋南は彼がしようとしていることがなんとなくわかっているようだった。
「……秋南は、要さまのこと、よく理解してるよね」
「おれとあのひと、真理大好き仲間だから」
 快活に笑う秋南が、まぶしかった。
 おれも、秋南のこと好きだよ、と恥ずかしい台詞を紡げば彼はめずらしく乙女のように頬を染め、驚いたのちにはにかんだのだった。
 

 その日、要と真理の微妙な関係が正しく生徒たちに伝わった。そして、それにひどく憤った人物がいた。
 ――だいじょうぶって、言ったくせに!
 怒りの炎を目の中で燃やすのは、ここ最近学園を騒がせている転入生。――酒井健司、そのひとだった。


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