ちいさなころ、要はおとなからは可愛い可愛いと褒めちぎられ愛されていたが、歳の近いこどもたちからは距離をおかれていた。日本語を話せないとおもわれているというのと、その標準からはかけ離れた容姿が本人の意思にかかわらず、皆にたやすく話しかけることをゆるしていなかったのだ。
 そんな中、ある一定以上の仲の家の者にのみ招待状を出した、香堂家主催のパーティがひらかれた。要と同じ年ごろの息子もすくなくはなかったが、だれも声をかけてはくれなかった。待っているだけじゃだめだぞと父にも言われたが、今の様子からは想像もできないほどに当時の要は内気だったのだ。
 ひとり寂しく、様々な料理が乗せられているテーブルの周りをうろついていると、すこし離れたところにいる少年が近づいてきて、言葉を発した。
「は、はろぉ?」
 なんで語尾があがってるんだ。そしてなぜ、英語なんだ。
 そうおもいつつも、要は話しかけてもらえたことがうれしくて、「Hello」と返していた。しかし、英語が得意なわけではないのか、口をもごもごさせてなにか言いたそうにしながらも、先ほど聞いたカナリアのような可愛らしい声が彼の唇から紡がれることはなく、焦れた要が「おれ、ふつうに日本語も話せるよ」と白状してしまおうとしたところ、父に呼ばれてしまった。
 もっと話がしたかったが、父を無視するわけにもいかず、ちらちらと後ろを振り返りながら彼と離れるしかなかった。
 おもえば、あのときにはもう、恋におちていたのだろう。黒い髪と目を持つうつくしい子が、頭から離れなくなっていたのだ。
 ――その後も何度かパーティで見かけ、彼が「久木真理」という名前なのだと知った。
 徐々に内向的だった性格が改善され、知らない相手にも自分から話しかけることができるようになると周りにひとが絶えなくなった。すると、真理は近づくどころか視線すらもこちらに向けなくなってしまった。でも、声をかけるには自信がたりなかった。もうすこし成長してから、今度はきちんとこちらから話かけようとおもっていると、真理が四ノ宮学園に入学してきた。
 ――奇跡だ、と柄にもなく感動した。しかし、感動していたのも束の間、真理は親衛隊をつくりたいと申し出てきて、困惑しながらも了承してしまえば夜伽制度という謎の制度をつくり、自分はそれに参加しないくせにほかの隊員をよこしてくるものだから、余計に混乱した。
 生徒会役員専用のエレベーターの横で今から抱いてもらえるんだ、と期待に目を輝かせる生徒を迎えにいったときは、良心が痛んだ。けれど、抱くことはできなかった。
 すきなやつが、いるんだ。
 部屋に入れるなりそんな告白をされ、驚かない隊員はいなかった。
 だからおまえとセックスはできない。わるい。隊は、抜けてもらってもかまわない。
 そんな説明をすれば泣く者も、あっさりひきさがる者も、そしてむりやり抱いてもらおうと強硬手段に出るような者もいた。それでも夜伽制度を廃止してくれと真理に頼まなかったのは、最初に言いそびれたせいというのもあるが、今さらやめて順番を待っている生徒が反発し、真理やほかの隊員になにかしらの被害がいくことを恐れたためだった。
 さすがに困ってしまった要は、秋南に声をかけた。
 勢いでOKを出してしまったが、隊員を抱く気はないのだということ、自分は真理がすきなのだということ。
 そう話せば秋南は呆れたような顔をしたものの、「ならおれが話をつけておきます」と言ってくれた。
 真理にはばれないようにしてくれないかと無茶な要求をしても、秋南はわかりました、とうなずいた。――条件つきで。
「なら夜伽制度は廃止しない方向でいいですか? 内容は夜の奉仕ではなく、要さまのお部屋でおしゃべりというような、友好を深めるものに変更というかたちにしたほうが、みんな納得するとおもうんですよね」
「おまえにすべて任せる」
 隊長には秘密裏にながら隊の内側を変えていくのは容易ではなかっただろうが、秋南は見事にそれをやってみせた。
 一ヶ月後、初めて夜伽制度に加わった彼が「任務は完了しました」と、告げてきた際には、心からの感謝とねぎらいの言葉を述べた。すると、秋南は言った。
「がんばったおれに、ご褒美がほしいんですけど」
「……できる限りの礼はするが……」
 まさかの台詞に要はたじろぐ。しかし、目の前のおとこは「敬語、やめてもいいですか」と苦笑した。
 そんなのでいいのか、とおもうと同時に違和感に襲われる。ふしぎそうな顔をしていたのか、秋南が実は、と切り出した。
「あー、おれ、要さまのことは尊敬してるんですけど、どっちかっていうと真理の親衛隊がつくりたかったっていうか……。誘われたからそのまま副隊長なんかになっちゃったんですけど、できれば要さまとはふつうのお友達的な感じで接していけたらうれしいなあと」
 それは要にとって、願ってもない申し出だった。言いたいことを言い合えるような友人は片手で数えられる程度しかいないので、そういった人物が増えることは要にとってよろこばしいことだった。
 秋南は真理と仲のいい友達のような関係を築きつつも、ファンであることをやめるつもりはないらしく、自分の真理に対する熱い想いを聞いてもひくどころかわかるわかる、と理解を示してくれた。しかも、たまに隠し撮りの写真をくれることもあり、彼の株は要の中で一気に上昇した。
 それから、隊員には恋の相談相手になってもらっていた。
 もちろん、「こんなの納得できない」と夜伽制度の内容の変化についていけず去っていった生徒もすくなくはない。けれど、人数の変動などどうでもよかったし、親衛隊に所属していない生徒が話しかけてきたことによって要が不快な想いをしたと判断されると、真理が隊を動かしそおの人物を近づかないように手回ししたため、要と接したい生徒は結局親衛隊に入るしかないのが実状だった。
 かなわない恋をいつまでも抱えているのもばからしいと、ほとんどの隊員が要と真理がうまくいくよう応援する側になってくれ、隊はおちついた。
 そんなに真理がすきなのになぜ転入生にかまって仕事まで放棄したのかと問われれば、「真理がやきもちを妬いてくれるかもしれないとおもったから」の一文に尽きる。しかし、現実はそうあまくはなく、愛しいひとは自分に幻滅して親衛隊の隊長をやめてしまったわけだが。
 後悔はした。でも、おち込んでばかりもいられなかった。真理からの信頼をふたたびとり戻すため、そのためだけに、要は生徒会室にひきこもり、仕事をこなしていたのだ。


prevnext
bookmarkback
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -