リコールかあ。
 本日づけで会長職をおろされた五十嵐彼方(いがらしかなた)はぼんやり虚空を見つめた。
 彼方は常に、生徒たちから信頼される生徒会長であるよう努力してきたつもりだった。たとえ、人気投票のようなもので決定された役職であっても、彼らが期待した像であろうと。
 今回の結果は、自身の力が及ばなかったからひき起こされたのであるから、だれを恨むつもりもなかった。
 会長でなくなった瞬間、今まで仲間だったはずの生徒会役員から通達されたのは。
――Fクラス。通称「最下層」へのクラスおちだった。


 ****


 朝、登校しなければならない時刻よりだいぶはやく目が覚めた。生徒会室にいって仕事をしなくてよくなった今、こんなにはやく起きる意味はないと布団を被る。
 それから二時間ほど二度寝をすれば、すっきりした頭で起床することができた。
 コーヒーを淹れ、朝食を食べ、ゆっくり登校できるなんていつぶりだろうか。今はさすがに生徒たちからの視線が痛いだろうからと、しばらく食堂には寄らないつもりだった。しかし、さすがに弁当などというものをつくったことはない。自炊をするならそのための道具が必要となる。近いうちに調達しようと考えながら、制服に着替えた。
 歯を磨き、身だしなみをととのえ、部屋を出る。歴代の会長のみが使用できる部屋からは当然追い出されたわけだが、「おまえと同室になるやつがかわいそうだから」とかなんとか言ってひとり部屋をくれた生徒会のやつらには感謝している。自分と同室になってしまった人間は、確かに気を遣うだろうから。
 扉をあけ、廊下を歩く。一般生徒の教室は西校舎にあるのだが、Fクラスは東校舎にある。要するに、問題児を隔離しているのだ。ここは、そういうことがゆるされる学園だった。そして、きのうまでそのトップにいた彼方が歓迎されるはずもなく、外まで笑い声が響いているクラスに足を踏み入れた瞬間、訝しげな表情がこちらに向けられた。
「てめぇ……、このクラスになんの用があってきた」
「今日からこのクラスに入るんだよ。……おれの席どこだろ」
「席なんて決まってねえよ」
「あ、そうなのか。ありがとな。じゃあてきとうに端のほう座るわ」
 いかにも不良ですといったような風貌をした彼らが戸惑っているのはわかったが、彼方もここでどう過ごすのがいいかまだ思案している最中なのだ。
「はよーっす。……あ? なんだよこの空気」
「シゲ」
 シゲと呼ばれた生徒がこちらを向いた。クラスメイトの顔くらいは覚えておこうと見回していたので、ふいに目が合う。
「あ……? 会長?」
「おー、元、な」
「リコールされたってのは聞いてたけど、このクラスにくるとか聞いてねー」
 彼は最下層の中ではかなりまともな人物のように見えたが、彼方のFクラス入りはさすがに教師から説明があったのではないかとおもう。それとも、その連絡すらされないほどに、このクラスは蔑ろにされているのか。どちらにせよ、頭の痛くなる話だ。
 ただ、さすがに授業をやらないということはないようで、時間になれば教師がやってきた。
 どうやらFクラスの担任らしいおとこはクラスの男子たちが騒がしくしても注意することなく、淡々と事務的に連絡をしたのち、教室を出ていく。
 ああ、これはわからないだろうなあとおもった。
 連絡を聞きたくても、騒音のせいで聞きとれない。教師もわざわざ反復などしてくれないため、シゲという生徒が彼方のクラスおちを知らなかったことに納得がいく。
 その後、授業が始まったが、そちらは案外静かだった。赤点をとれば退学というところは最下層でも変わらないらしく、皆最低限の勉強はしているらしかった。
 とくに問題が起きることもなく困ったこともなく過ぎ去った午前。
 昼、チャイムが鳴ったあとに向かった購買で買ったパンを教室で頬ばり、食べ終わったあとに机でうたた寝をしていたとき。ざわり、教室内がにわかに色めきたった。
「紅狼さん」
――東城紅狼(とうじょうくろう)。三年F組の、ボス的存在。
 リコールされてしまったとはいえ、伊達に生徒会長をやっていたわけではない。要注意人物として風紀からも報告を受けていたし、名前と風貌くらいは把握している。
 写真でしか見たことがなかったのだが、実物は驚くほどうつくしかった。抱かれたいと騒がれる側の外見ではあるのだが、顔が小さくて背が高くて、その面についているパーツの位置や大きさに文句のつけようがない。かっこいい、という賛辞では物足りないほどの容姿をしたおとこが、そこにはいた。
 自分は人気投票で会長になったわけだが、紅狼のほうがよっぽど票を獲得できたのではないかとおもった。Fクラスの生徒は生徒会どころか委員会や部活にすら所属できないことになっているので、これは机上の空論に過ぎないのだが。
「……おい。あいつはなんだ」
 そのおとこの視線が彼方に向けられる。痛みを感じそうなほどに強いそれに常人ならば怯んだり脅えたりしたのだろうが、あいにく彼方は「ふつう」ではなかったのだ。
「五十嵐彼方。元生徒会長。よろしく、東城」
 ぴりぴりした空気の中、自己紹介をしてにっこり笑ってみせた。眇められた目に恐れることはなかったが、いやな予感がする。
 回避できるのか一応は考えたが、たぶんむりだと判断するのははやかった。
――悪夢は、その日のうちに訪れた。


 ****


 授業が終わり、寮に戻ろうとしたところでクラスの名も知らぬ生徒に腕を掴まれ強引にひきとめられた。
「なに? おれになんか用でもあるのか?」
 振り向けば、にやにやした顔が斜め上に。
「紅狼さんが、おまえにここでの立場をわからせるってよ」
 まずい展開だ、と頭の中で冷静に分析するも、打開策は浮かんでこなかった。多少は護身術が使えるものの、多人数を相手にできるほど強いわけでもない自分は、彼らにおとなしく従うしかなかった。
――そしてそのまま、クラスにやつらが見ている中、彼方は紅狼に犯された。

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