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 次の日、紅狼とふたりで登校すると畏怖や憧憬、それらに似たような似ていないような、様々な感情が交錯した視線が突きささった。だが、彼方は注目を集めることに慣れていたし、隣のおとこがまったく反応していなかったので自分も気にしないことにした。
「なんか……すくないな?」
 いつもより密度が低い教室を見渡すと、目が合ったクラスメイトたちに勢いよく顔ごと視線を外された。
 怯えようがひどい。そしてそれはおそらく、紅狼が先日の事件に関してなんらかの処置をしたからだということは明らかだった。
「大半が停学くらってるんだよ」
 室内がすっからかんな理由を、茂樹がぼそりと教えてくれる。
「ふーん」
 当然といえば当然なので、なんの感慨も湧かない。
 Fクラスは行事に参加できないため、卒業まで受験勉強に励むしかないのだが、そもそも彼らは進学するのだろうか。ここは大学部まであるのでごく一部の、事情を抱えた生徒くらいしか就職はしないが、彼方もそれを視野に入れなければならなくなっているのが現状だ。
 特待生と認められることは難しくないだろうから、このまま大学部に進むのもありだとはおもうが今のうちに外に出ておかないとまずいような気もする。受験直前という土壇場で進路を変更しなければならなくなった運のわるさを恨みつつ、彼方は最善の道を考える。
 席について思考に耽っていたところ、ふと紅狼はどうするのかと気になって訊ねてみた。
「なあ、おまえ進路って決まってんの?」
「あ? あー……進路、なあ」
 珍しく歯切れがわるい。聞いてはまずかったかとおもいつつ、返事を待つ。
「……そっちは?」
「おれ? おれは一応進学したいって考えてるけど、就職も視野に入れつつここから出るか迷ってるとこ」
「ふうん……」
 質問に質問で返してきた割に、興味なさげな声をあげる紅狼をじっと見つめていると、「……おれはまだいろいろと考え中」という答えが返ってきた。ずいぶんと余裕だな、と感じなくもなかったが、彼の進路に口出しするつもりはなかった。
 せっかく縁遠いものであるはずだった自由を手に入れたのだから、自分がやりたいようにいきたいとはおもうが、如何せん夢があるわけでもない。結局のところ元々目指していた経済学部を目標にいくつか大学をピックアップしたいところだが――、受験はするだけでも金がかかるのだ。好きな大学を好きなだけ、とはいかないのが現状だった。
――それから、数日後のことだった。紅狼が、とある話をもちかけてきたのは。
「は? なに? マンション?」
「ああ。おれの叔父が管理してるマンションの一室があいてるから、こっから出るなら貸してくれるって言ってんだ。そこひろいから、おまえが外部の大学にいくなら一緒に住まわせてやるよ」
「え、は、いいのか?」
 できすぎた話ではあったが、彼が彼方を罠に嵌める意味があるとは考えにくかったし、純粋な厚意からの提案として受けとった。
「まじかー。そしたら、やっぱ外の大学にすっかな。家賃が浮くなら就職はなしだわ」
 進学するならアルバイトをするつもりではあったが、生活費や学費のために働く時間を費やすのは本意ではない。大学は学びにいくところなのだから、そうなれば本末転倒となる。だが、現実がそうやさしくないこともわかってはいたので迷っていたわけだ。しかしこれで、悩む理由がひとつ消えた。これで、彼方は大学へいくことをほぼ確実に決意できる。
「さんきゅー、紅狼。おまえのおかげで進路はどうにかいい方向に決まりそう」
 勉強はいやというほどしてきたのでおちる気はしない。あとは目標の大学の学部の過去問題集をひたすらといて傾向を掴み、本番にそれをいかすことができれば合格は間違いないだろう。
「てか、一緒に、ってことはおまえも外出んの?」
「……たぶんな」
「ふうん。進路、決めたんだな」
「一応」
 紅狼の成績は知らないため、彼の志望が就職なのか進学なのか、進学ならば内部なのか外部なのか、予測をたてることすらも困難だった。ただまあ、将来のことが暫定であっても決まったのならそれはよろこばしいことだ。
「なんか、おまえとはけっこう長いつきあいになりそうな気がする」
「……はあ。そうだな」
 彼方が何気なく呟いた言葉に対し、紅狼は心底呆れた、といったようなため息をついたのだが、なぜおとこがそんな反応をしたのか――そのときの自分にはまだ、理解することができなかったのだった。


 ****


 口座はとめられていなかったし、今までもらったお年玉や小遣いにはほとんど手をつけていなかったため、けっこうな額があった。それを使って受験をし、見事第一志望の大学に合格した彼方は卒業式の日、多数の生徒に告白され、謝罪をされた。告白を受け入れることはなかったが、謝罪は受けとった。罪悪感を抱かせたままここを去ることは望ましくないようにおもえたからだ。それに、そういう人物はだいたい、「会長」を信じてくれていたやつらだったので、邪険にするのが憚られたというのもある。
「気にしてない」「ありがとな」という、ふたつの台詞を繰り返し吐くことにいい加減うんざりしてきたころ、「そろそろいくぞ」と紅狼に声をかけられた。
「ああ、すぐいく」
 Fクラスで彼方がどんな日々を送っていたのか知らない生徒たちから奇異な目で見られたが、どうでもよかった。
 長らく身をおいていた巣から、羽ばたく日が予定よりもすこしはやくなったが、問題はない。
 彼方は清々しい気分で、紅い狼が待つ校門へと向かって軽やかに走り出した。




大学生編に続く

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