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 登校してきたばかりなのだろうに、迷いなく自室への道のりをたどった紅狼は玄関で靴を脱ぐなり風呂場へと直行した。茂樹がかけてくれたブレザーを床に放ると、自身も衣服を豪快に脱ぎ捨てシャワーのコックを捻る。
 さあっと降り注ぐ熱い飛沫が心地よかったが、それは同時に快楽もひき寄せた。
「……っ」
「脚、ひらけ」
 逆らってもむだだとわかっていたのでおとなしく紅狼の言葉に従えば、蕾に指を入れられる。中には精液がたっぷり注がれていたので、軽く穴を下にひろげられるだけでとろりと粘液が溢れた。それを、おとこは無言で処理していく。
 一方、彼方は声をあげないよう必死になっていた。こんな状況であんあん喘げば、やつらに望んで犯されたと勘違いされそうだったからだ。だが、薬は持続性があり未だに抜けきっていないため、我慢をするのがひどくつらい。淫乱と罵られてもいいから、紅狼の肉棒で肉壁をめちゃくちゃに掻き回してくれと懇願してしまいたかった。
「は、は、はー……っ、ふ、ぅ、」
――けれど。あの日。おとこと出会った日。屈しなかった自分をおもい出せば、なんとかたえることができそうな気がした。
 湯を入れ、出されと繰り返し、ようやくきれいになったのか指がゆっくりとひき抜かれた。
 浴槽の縁にしがみつき、荒い息を吐いていると「彼方」と驚くほどやさしい声音で名前を呼ばれた。
「……どうしてほしい?」
「――……」
 目の前に人参をぶらさげられた馬のように、誘惑されている。わかっていても、わかっていても――やはり、彼方は自身の矜持にしがみつかざるを得なかった。これを捨てたら、自分が自分でいられなくなるという予感があったからだ。
「紅狼の、好きに、したらいい、……っ」
「――それでこそ、おれがほしいとおもった、おまえだ」
 くっと笑う音が背後でしたかとおもえば、灼熱の棒に貫かれていた。
「ひッ! ぅ、あ、あぁ、く、ろ、」
「薬が切れるまでつきあってやるから、安心しろよ」
「んぁっ、あ、あ……!」
 今さら、紅狼以外のおとこに犯されたからといって特大のショックを受けるということもなかった。しかし、紅狼以外を知らずに済むのならそうしたかったとおもったのも事実だ。
「これに懲りたら、おれから離れて行動するんじゃ、ねえぞっ」
「――ッ! は、ぁ、あ……っ、ふ、ぅ、」
 ごりごり、奥を抉られるとあまりにもたやすく絶頂してしまい、さすがに羞恥を覚えた。
「ぜんぶ薬のせいにしたらいい」
「ん……っ」
 官能の世界と現実の狭間で意識が混濁し、紅狼が放った台詞が脳内でこだまする。
――ああ、そうか。こんなにもこいつのことがほしいのは、薬のせいなのか。
「く、ろ」
「あ?」
 認めてしまえば、楽になった。そして、はしたない言葉が溢れ出る。
「ケツん中……、突かれるの、きもちい、あぁ……ッ」
「っ、なら、もっとくれてやるよ」
「んん、ンッ!」
 ごんっ、と奥の壁を突き破りそうなほどに強く腰を打ちつけられると、瞼の裏で火花が散った。
「ぁっぁっ、あぁ、あ、ぅ、ぁー……、ふ、いく、あぁッ、」
 からっぽになったペニスが震え、射精しないまま達する。ドライオーガズムというやつの感覚にはまだ慣れることができていないし、連続で極まることもすくなくないため、強烈すぎる快感が苦痛にすり替わってしまいそうだ。しかし、怯えたように体を跳ねさせるたびに紅狼は動きを変えてねっとりと内壁をこするものだから、結局はあまったるい愉悦しか感じずに済んでいる。
「ふ、ぁあ、ぁン……っ、くろ……」
「彼方……っ、出す、ぞ」
「ぁ、ぁっ、あーッ、あつ、い」
 ふたたび、肉壷を汚される。だが、ほかのやつらに出されたときほどの嫌悪感はない。というか、そんなものはないに等しかった。
 大切にされている。それがどんな理由からくるものであれ、彼方は紅狼のきもちに応えたくなってしまう。
「くろう……」
 もう一度名前を呼べば、横からくちびるを奪われた。


 ****


 翌日、おとこが呼び寄せたらしい校医とは違った医者に体を診てもらい、「問題なし」と判断されるとおもわずほっとしてしまった。
 朗らかな印象を与える初老の男性が去ったあと、「あのひと、おまえの家の医者?」と訊ねた。すると紅狼は「校医じゃ口どめがめんどうだった。あれがやばい薬だったらまずいから呼んだ」となんでもないことのように答えたが、ここに入る許可がどこからおりたのかと新たな疑問が湧いてきた。
 ほんとうに、何者なんだ、こいつは。
 そうおもうきもちはあるが、やはり詮索する気にはなれなかった。
「いろいろ気を遣ってくれてありがとな」
「……いや。異常がなくてよかった」
 きのうあったことなどたいしたことではないとでもいうように、ごく自然な会話ができてしまう自分が気色わるいが、どうにもできない。
 昔からこうなのだ。トラウマがあるとかそういうことではなく、意志はあるのに自身を持っていないというかなんというか。
 負には負を、正には正を。
 相手の感情に対応するように、自分の心もたやすく変わってしまうのだ。
 親には跡継ぎとして期待されたからそれに相応しい人物になろうと努力した。
 学園の生徒たちには生徒会長としてトップに立つことを求められたから、そこに立つ者として相応しい行動を心がけた。
 すきだと言われれば同じ想いをいだくことはなくともそれに近いものがうまれたし、きらいだと言われれば自分もその人物のことをきらいになるか、無関心になるかした。
 いつもどうしてほしいか訊ねる側で、訊ねられる側になったことはあまりない。だからなのか、紅狼が「どうしてほしい」と聞いてくると、ふしぎなきもちになる。そして、好きにしろと答えてしまう。それでも実際にそうおもっているので、おかしいことはなにもない――はず、だ。
「今日は大事をとって授業は休め」
「ん」
「安心しろ。岡田にはもう会うことはないし、残ったやつらも……まともな脳みそ持ってたら二度とおまえに手を出す気にはならないだろ」
 なにをしたんだ、と眉をひそめたが、その問いを声にすることはしなかった。
「そうか」
 こんなふうにあまやかされ、守られてしまうと外に出たときまともにひとりでいきていけなくなりそうで心配になる。けれど、依存はしていないという自覚があるためまだどうにかなりそうだった。

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