「……ま、おれはこっちでなんだかんだ楽しくやってる。だから、心配はいらない。おれのことはさっさと忘れて、これからは学園のために働くんだな」
 元親衛隊のふたりに告げた台詞と同じようなことを口にし、これ以上話すことはないと踵を返して歩き出すも、後ろから声をかけられることはなかった。
 紅狼はいつも通り、木の幹に寄りかかって彼方を待っていた。
「……終わったのか」
「あー、そうだな。めんどうごとは粗方片づいたんじゃねえ?」
「そうか」
 返事は素っ気ないが、その声にはうれしそうな色が含まれていた。
 これで、ほんとうに問題はなくなったとおもっていたのだ。しかし、彼方はそのか考えが間違いだったと、すぐに「体感」することとなる。


 ****


「っは、あ、あぁ……ッ」
 自分の声が、いやに頭の中で響いている。
 熱い、熱い、熱い。脳味噌が沸騰しそうだ。
 油断していた――というよりは、認識があまかったのだろう。まさか、Fクラスの一部がこんなやばいやつの集まりだったなんて、と彼方は軽率な自身の行動を悔いていた。といっても、やらかしの内容自体はたいしたことがないのだ。単に、寝坊した紅狼をおいて登校した。それだけなのである。しかし、その行為がなによりもまずかった。
 あのおとこが最下層の絶対的な支配者ということは覆しようのない事実なのだが、当然全員に支持されているはずもないのに。それでも――まさか自分に手が伸びるとは、やはり予想できなかったのだ。
「は、いい顔」
「おい、はやく終われよ! あとがつかえてんだ」
「くっそ、待ちきれねえ。おれ、口もらうわ」
 下卑た笑みを浮かべたおとこたちに代わる代わる犯され、どれくらいの時間が過ぎたのだろう。もしかしたら、まだ一時間ほどしか経っていないのかもしれない。
 怪しい薬を使われたせいでやたらと過敏になっているし、伸びてくる掌をうまく拒めなかった。
「っ、く、んん……、」
 きたないと、いやだとおもうのに先端で上顎をこすられるだけで腰があまく痺れる。つい、後ろに入っているものをしめつければ「淫乱」と罵られ、嘲笑された。
「なあ、紅狼さんもとに戻ってくれっかな」
「戻るだろ。だって、他人に手ぇ出されたもんには一瞬で興味なくすじゃん、あのひと」
「まあ、制裁はしかたないにしてもよ、こんだけの人数がいればあのひとの怒りも分散されて多少はましになるっしょ」
 ぼんやりする頭でも、脇で交わされている会話の内容くらいは理解することができる。要するに、最近彼方といることで雰囲気が柔らかくなってきた紅狼をもとの姿に戻したいと願っているやつらのだしにされたということだ。
「おれはあいつの顔が歪むところが見たいだけだけどな」
「紅狼さんのチンポが入った穴を、おれ、犯してる……! あああ、最高だ……!」
 なんだかおかしなやつらも混じっているが、とりあえずこの状況を看過できないやつらが手を組んで自分をひどい目に合わせようと動いたのだということはわかった。とんだとばっちりだ、と嘆いても現状は変わらない。
 はやく終わることだけを願って薬が切れるのを待っていると、尻をひろげられている感覚がなくなったころに、足音が近づいてきた。
 やたらとおちついた静かなそれは、まるで死刑宣告のようだと頭の片隅でどこか他人事のようにそんなことを考える。
「あ……、」
 ずるり、口内から抜けていったペニスから白濁が放たれ、彼方の顔を汚した。
「おまえら、なにしてる」
 冷えきった声音にのろのろと視線をそちらに遣れば、そこには想像通りの人物が立っていた。彼の後ろには真っ青になってくちびるを震わせている茂樹がいる。
「お、シゲが紅狼さん呼んだのか?」
「紅狼さんすんません。我慢できなくてヤっちゃいましたー」
 へらへら笑うおとこたちは、現実が見えていないのだろうか。薬で思考が朦朧とする彼方でさえ、わかるのに。
 空気がひりついている。紅狼は――激怒しているのだ。
 あき教室に踏み入った直後、拳の裏で入り口付近に立っていた生徒を殴り倒すと、つかつかこちらに向かって進みながら紅狼は次々室内にいた輩に一撃をくらわせていく。
「うっ」「ぐはっ」「がぁっ」等、ひしゃげた声をあげて床に転倒した彼らは、そんな目に合っても紅狼のことを憧憬のまなざしで見つめていた。
「こいつをヤるって言い出したのはどいつだ。岡田か」
「あいつです」
「そうです岡田です」
 主犯を問えば指をさして皆が呆気なくそれを教えてしまう。
「あっひでぇ! おまえらおれを売るのかよー!」
 岡田と呼ばれているそいつはFクラスの中でも上の立場に位置するやつなのか、こんな状況になってもなんでもないように笑っていた。
「……こいつに手を出したやつ、順番に並べ。隠しだてしてみろ。ぶち殺すぞ」
 唐突に解放された彼方はぐったりと床に伏し、今からなにが始まるのかじっと眺めるしかなくなる。
「だ、だいじょうぶか?」
 おろおろしつつもそう気遣いの言葉をかけ、上着をかけてくれたのは茂樹だ。「……ありがとう」と、かすれた声でなんとかお礼を言えばばつがわるそうに「いや……」と彼が目を逸らした――次の瞬間、なにかが砕けるような、いやな音が響いた。
「ぐああぁあっ!」
 悲痛な叫びに驚きそちらを見ると、顔を押さえて転がるおとこがひとり。「鼻が、鼻が」と呻いていることから鼻を折られたのだと予測ができた。そして、紅狼は次々並んだFクラスの生徒たちに暴力をふるっていく。そして、彼方にことさら無体を強いた輩は、とくに厳しく殴り、足蹴にしていた。
「薬を用意したやつは」
 という問いに対しおずおず前に出たおとこの指の骨など、一本一本砕かれたのだ。
 阿鼻叫喚とはこのことか、と場違いにも感心してしまいそうになったところで、紅狼は岡田と対峙した。
「最初に言ったよな? こいつには手ぇ出すな、って」
「……あんたらしくないっすよ。ひとりのやつに執着するなんて。だから――手離したくなるように、おれが汚してやったんだ」
「……おまえには、おれの命令に逆らう気がなくなるような罰をやる。おまえらも、これで済むとおもうなよ」
 ひいっと怯えたような声をあげた彼らを一瞥することもなく、こちらへやってくると紅狼は膝をついた。
「だいじょうぶか」
 茂樹と同じ台詞につい笑ってしまい、怪訝な顔をされたが「まあ、なんとか」と返す。すると、倒れているおとこから衣服を破りとって汚れを拭い、彼は半裸の彼方をそのままそっと抱きあげた。
「んっ……、わり、まだ薬が……」
「……ちっ」
 大きく舌打ちすると、以前のように――ではなくいわゆるお姫さま抱っこというやつで体が宙に浮く。

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