「あなたは……っ、いつも、いつもそうだ! わたしたちを自分より下の存在だと見下して……! わたしたちにできないことを平然とやってのけておきながら、それが当然だというような顔をする。わたしはそんなあなたが、だいきらいでした」
 どいつもこいつもばかだな、とおもう。自分はそんな大層な人間ではない。なぜ、そのことに気づかないのか。……いや、気づかないのではなく、気づきたくないだけなのかもしれない。しかし、彼方はそれを言わないでおいてやるほど、やさしくはないのだ。
「じゃあ聞くけど、おまえは努力してたのか? 生徒会の仕事で授業に出られない代わりに、勉強はしたのか? 生徒会役員として、生徒たちのためになにかしたいと考え、それを実行することはあったか? ……おれがおまえらを見下してた? 笑わせんな。隣に立とうとも、実力でのしあがろうともしなかったのはおまえ自身だろうが」
「ど、りょく? あなたは……、自分が陰で努力をしていたと、そう言うんですか?」
「そりゃ、するだろ。なにもせずにひとの上に立つほど、愚かな人間であるつもりはねえよ」
 完璧な人間なんていない。たとえいたとしても、彼方はそれにあてはまらない。
 努力をしていることを主張することはなかったかもしれないが、なにもしていないはずがないのに。
 親衛隊員からノートのコピーをもらい、理解に努め、わからないところがあれば担当の教師を訪ね、あいた時間にはテキストをめくり、彼方は学年一位の座をなんとか保っていたのだ。
 遅くまで改革案を考えていたせいで隈をつくって登校すれば、「遅くまでセックスに耽っていたのだろう」と捉えられることにうんざりしつつも否定しなかった部分は自分がわるかったと認めよう。だが、そのほかは生徒会長として恥ずかしくないおこないをしてきた自負がある。――すくなくとも、必死になることを恥じるようにろくな勉強もせず、与えられる仕事をただ義務的にこなしていた副会長よりは、ずっと。
「生徒会という組織は、古くからこの学園で存在していた。いろいろな代があっただろう。会長がお飾りの代も、役員全員がやる気に満ち溢れた代も。おれたちの代は、おれ以外がやる気のない代だった。そのおれが抜けて――おまえらは、どうしてやっていけるとおもったんだ?」
 恋は盲目というけれど、彼らはほんとうに理性を失ったわけではなかったのだろう。それぞれがそれぞれの思惑を持ち、望んだ結果を得るために行動を起こした。そして、おもい通りにいったにしろいかなかったにしろ、たどりついたのは全員リコールという同じ結末だったというわけだ。
「こんなことに、なるとは、おもっていなかったんです」
 副会長が訴えるように呟いたが、そんな理由で彼方をリコールしたということに呆れるしかない。
 改善、改革案の目安箱はあらゆるところに設置してあり、その回収は親衛隊に協力してもらっていたが、中身は一枚一枚自分が確認していた。そして、「ありだ」とおもえばすぐに議題にあげ、校則の変更、学内設備の変更に勤しんだ。学年と名前が明記してあれば、朝会で表彰し粗品を渡すこともあった。生徒たちがよりよい生活を送れるように全力で努めていたわけだが――、それができたのも役員たちが転入生にかまい始めるまでの話。生徒たちの不満は、そこにもあったのだろう。しかし、五十嵐彼方という人間はひとりしかおらず、生徒会の仕事をすべて請け負った状態でそちらにまで手が回るはずもなく。リコールは成立した。
 そのとき、気づいたのだ。彼らはだれが学園をここまで変えたのかに、気づいていなかったのだと。
 彼方がいなくなったところで、今までと変わらない日常は続く――
 そう、考えていたに違いないと。
 自分がいなくなって初めて、いろいろなことが露見したのだろう。穴を塞ぐために役員は奔走――なんてしたのかは疑問だが――したが、うまくいかず。結局、彼方を頼りにきた。
 自分は、無条件にひとを信じる質で、そのぶん見切りをつけるのもはやい。
 それが厄介なのだと、ここにはいない、数すくない友人のひとりに言われたことをおもい出す。しかし、おもい出したところでどうにもならない。手遅れだった。なにをされても彼方の心はもう、動くことはない。
「……っ、お願いします。どうか、わたしたちを助けてください。生徒会に、戻ってきてください……!」
 改心します。これからは学園のために身を粉にして働きます。会長の隣に立っても恥ずかしくない人間になります。今度こそ期待に応えてみせます。しっかり自分の意見を言えるようになります。今はむりでも、いつか会長を支えられる存在になります。
 懺悔をするように自分の意志を述べる役員たちを見おろし、深いため息を吐き、突き放したと捉えられてもしかなのない言葉を返す。
「ひとひとりの人生狂わせといて自分だけ助かりたいって、どんなわがままだよ。おまえらは結局、おれにわるいとおもって謝罪しにきたんじゃない。自分たちが助かりたくてここにきたんだ。……そんなやつらを、なんでおれが助けてやらなきゃならねえんだ」
 違う! と反論したげな五人を目で制し、続ける。
「それに、まだおまえらはリコールされたわけじゃないだろ。おれみたいになりたくなかったら――最後まであがけ。みっともなくても、惨めでも、信頼を勝ちとるまであきらめるな」
 さっさとあきらめてしまった自分とは異なり、まだ間に合うのだからやれるところまでやれとおもう。
 頼るな。あまえるな。すでに、彼方は生徒会の一員ではないのだから。
「……っ、わかり、ました。そう、ですよね。わたしたちがひき起こした騒動の後始末は、わたしたちがするべきこと。結局、最後の最後まで、あなたに頼りきり、あまえきっていたこと。生徒会役員を代表して、謝罪します。――五十嵐
、ほんとうに申し訳ありませんでした」
「おれへの謝罪はもういらない。おまえらにはほかに、謝らなきゃならねえやつらがいること、わかってるな?」
 はい、とうなずいた五人を見て、これならきっとなんとかなる、と微笑した。
 それはとても困難な道のりであり、どれだけがんばっても今の生徒会を認めない生徒は必ず出てくる。当然だ。しかし、それでも挫けてはならない。それが、彼方を会長の座からひきずりおろした彼らに対する名誉挽回の機会であり、罰なのだ。

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