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くるかこないか、確率は半々だとおもっていた。だが、彼らはきた。謝罪をしに。そして、彼方に会長に戻ってくれと頼みに。
「わたしたちが浅はかでした」
「すみませんでした」
「戻ってきて、ください」
「お願いします」
「お願いします」
左から副会長、会計、書記、庶務ふたり。この学園のトップに立つ五人の生徒が泥で汚れることも厭わず、地面にひれ伏している。
困るなあ、と彼方は頭をがしがしと掻いた。
「おれは戻らねえって、元親衛隊の隊長か副隊長に聞かなかったか?」
聞いたのにここまでやってきたのなら、ますます困るのだ。
「……聞きました。聞きました、が、このまま学園を混沌の渦に巻き込むわけにはいかないと……」
その冷静な判断をもうすこしはやくしてくれていたらなあとため息をつくと、皆の肩がびくりと跳ねる。
「これはおまえらがひき起こした問題だ。だから、おれに頼るのはお門違いだろ。自分たちだけでどうにかしろ」
真っ先に反論しようと顔をあげたのはぐ、とくちびるを噛んで悔しそうな表情をした双子の片割れだ。
「ぼくら、このままじゃリコールされて、親衛隊も解散されちゃうんだよ……! この学園でそれがどれだけ危険なことか、会長だってわからないわけじゃないでしょ!?」
彼方は学園を平和なものにするための改革をおこなってきた。その成果が現れ、風紀に回る暴力や強姦の被害件数は格段に減った。それは親衛隊という組織そのものの見なおしや、罰則の見なおしによる効果であったが、それらを根絶するには至らない。――当然だ。この世から犯罪をなくすことはできないように、この小さな箱庭でもそれをなくすことは実質不可能なのだ。この学園の、根本的な部分が変わらない限りは。
親衛隊は、対象を守るために存在するものである。
それを改めて宣言し、制裁を起こさせない組織づくりをさせるためには親衛対象自身が彼らを信頼し、文字通り「守ってもらう」ことが必要だった。
意識が変われば行動も変わる。嫉妬により勝手に動いていた彼らは信頼を得ることにより、逆に自由な制裁ができなくなったのだ。それこそ、命令を無視して独断で制裁をおこなえば除隊される可能性もある。そうなれば、親衛対象からは一般生徒以下の扱いを受けることになるのだ。
好意をいだいている人物には当然、きらわれるより好かれたい。そのあたりまえの心理を、彼方は利用した。
親衛隊の結成は隊員が二十名からと定められている。もしも隊員がこぞって隊を抜け、定員を割れば親衛隊は解散を余儀なくされるのだ。役員は、それを恐れている。
彼方の親衛隊は解散したが、それは隊員が減ったからという理由ではなかった。ただ単に、Fクラスにおち一日を過ごす校舎も変わる、そんな自分を親衛することはむりだと判断したため、自ら解散させたのだ。
親衛隊は親衛対象を守るために存在する。その意義を失った隊を、勝手に活動させるわけにはいかなかったからだ。
リコールされても、親衛隊が解散してしまう前に信頼をとり戻せば、現役員たちはなんとか学園でやっていけるだろう。ただ、彼らがプライドを捨て、今のような土下座を各々が隊員たちの前でする必要があるわけだが。
そういったことを考えようともせず、ただ彼方に助けてもらおうとするおとこたちにはほとほと愛想が尽きた。
「いや、その言葉そのままそっくりおまえに返すけど。その危険性をわかっていながらおれをリコールしたってことだろ。それでも助けてもらえるって考えてたなら愚の骨頂だな。おまえら、おれを聖人かなにかと勘違いしてんのか?」
ぐ、と言葉につまったそいつに変わって、声を発したのはもうひとりの庶務。
「……じゃあ、なんでぼくらの仕事を肩代わりしてくれたのさ。あんな必死にぼくらのこと助けてくれたんだから、今回だって手をさしのべてくれたっていいじゃん……!」
「あれは、おまえらが戻ってくるっておもってたからだ。初めての恋に夢中になってるとこに、水さしたくなかったしな。まあ、全員帰ってきたらしばらく楽させてもらうつもりではいたけど。こういうのは持ちつ持たれつだろ。……って、おれは考えてたんだがなあ。おまえらは違ったらしい」
自分がどれだけ勝手なことを言っているのか自覚したらしいおとこは青ざめながら口を噤んだが、ほかのやつが黙っていない。
「そんなの……言われなければわからない」
よりによっておまえがそれを言うのか、と眉が寄る。
書記はずっと、できるだけ話さずに生活しているおとこだった。転入生に懐いた理由も、「話さなくても言いたいことをわかってくれるから」だったはずだ。そんなやつに「言わなきゃわからない」と諭されるなど――笑い話でなくなんだというのだ。だいたい、言ったらわかってもらえると彼方が判断できるほど役員が冷静であったなら、こんな結末は迎えていない。
「言わなくてもわかるって言ってくれるやつ追いかけてたおまえにだけは言われたくねえよ」
冷めた表情で事実を突きつければ、叱られた犬のようにしゅんとするがたいのいいおとこに、弱いものいじめをしているようで若干の罪悪感が芽生えるも、自分は間違ったことは言っていないはずだ。たぶん。
「おれたち……信頼されてたの……?」
茫然と呟いたのは会計。
「……おれはおまえたちに期待しすぎてたのかもな」
彼方がつい零した台詞を彼の耳は拾いあげ、怒りに顔を真っ赤にさせた。
「おれらをばかにするのも大概にしろよ! 期待してた? 心にもないことを!」
「はあ? なに怒ってんだ」
「会長、おれに会計の仕事をぜんぶ任せてくれたことなんてなかったじゃん。おれだけじゃない。ほかの役員の仕事だって!」
どうやら盛大な勘違いをされていたようだと気づく。まあ、もう誤解がとけたところで今さらすぎてどうにもならないのだが。
「そりゃだっておまえ……、二度手間になるようなやつはおれがやったほうがおまえらも楽だろ」
「は……?」
「下のやつらの負担を減らして作業を円滑にすんのも上の役目じゃねえの。おれはその役目を果たしただけだ」
会計が言葉をなくして口をひらいたまま唖然としていると、最後に副会長が忌々しいものを見るような目でこちらを睨みつけた。