「……ありがとな、福崎、真島。おれは今、Fクラスで案外楽しくやれてるよ。だから、おまえらが心配することはなにもない。リコールを防げない、不甲斐ない会長で、わるかったな」
「いいえ、いいえ……! 彼方さまは、この学園でもっとも会長にふさわしいおかたです。リコールされても、それは変わりません」
「ぼくらはいつでもあなたさまの味方です。ここを出ても。だから、もしも困ったことがあったら遠慮なく連絡をしてください。この学園で、彼方さまがしてくれたこと……、それに対する恩は、一生をかけて返していく所存です」
 彼方がおこなった改革の数々。それによって、この学園はすこしずつ、しかし確実に変化していった。それでも、それは一生をかけて礼をしてもらうようなものではないはずだ。
「ばかだな、おまえら……。でも、ありがとう。そっちも、なにか困ったことがあったら声をかけてくれ。今のおれにできることがあるかはわからねえが、なるべく力になる」
 自分よりも華奢なふたつの体を同時に抱き込めば、ぐずりと鼻を啜る音が聞こえた。
「お元気そうで、安心しました」
「顔色も、以前よりずっとよくなっています。ほんとうに、よかった……」
 体を離し、彼らの目に浮かんだ涙を順に指で掬う。
 彼方はあたたかいきもちになり、こいつらになら、と秘めていた想いを吐露した。
「……おれはここにくるまで、Fクラスの待遇改革をおこなって平等な学園をつくりたいと考えていた」
 突然の話題転換に戸惑うことなく、ふたりはじっとこちらを見つめてくる。
「けど、それは偽善だったんじゃないかと今はおもう。Fクラスのやつらはたぶんそれを望んでないし、差別はよくないという想いは変わらないが、ここには線びきがあったほうが秩序が保たれるんだ。自分の浅はかさを自覚した。動く前に、ここにきて実態を知って、考えを改め学園を混乱に陥らせる未来を防ぐことができてよかった。……すべて、なるようになったんだ」
 はい、と神妙にうなずく元隊長と元副隊長に話の収束がすぐそこまで迫っていると悟った彼方が、潔くそれを終わらせようと息を吸った瞬間、「でも」と目の前にいるひとりが口をひらいた。
「ぼくたちは、転入生も、ほかの役員のかたがたも、ゆるすつもりはありません」
 目に宿る、力強いひかりに苦笑する。また、厄介な集団を敵に回したものだ。役員たちは。
「……それに関しては、おれが口を出せる領域じゃねえな。好きにしろ。ただし、間違っても処分を受けるようなことだけはするなよ」
「わかっています。ただ、ぼくらは。……静観することを、選択するだけですから」
 生徒会の業務をひとりで回すために、必要不可欠だった生徒会長親衛隊という組織。その協力を得られないとなれば、役員が入れ替わっても学園をたてなおすには必要以上の時間を要するだろう。しかし、それが罰になると彼らは考えているのだ。
 五十嵐彼方という、だれよりも玉座に相応しい人物をそこからひきずりおろした役員たちへの。そして、生徒たちへの。
 今の三年生が卒業するまで、もうしばらくある。その間に行事はいくつもあり、それらはすべて毎年生徒会によって運営されているものだ。仮に今の役員が全員リコールされたとしても、去年から生徒会にいるわけでもなく、まともなひきつぎも受けていない、仕事もよくわからない、そんな人物が新たに役員に就任して、即戦力として働かなければならなくなる。今まで通りに催し事を成功させることが不可能なのは、火を見るよりも明らかだ。
 楽しみにしていた生徒たちには申し訳ないが、我慢してもらおう。
 自分の信頼を裏切った代償がその程度で済むのだから、彼らはある意味幸福ともいえる。彼方自身がなにかをしようとせずとも、暴走する人間が出ることはめずらしくないのだ。
「元気でな」
「はい」
「彼方さまも、お元気で」
 まるで今生のわかれのように、名残惜しげに何度もこちらを振り返りながらふたりは西校舎へともどっていく。それに応えるように手を振り続けていたが、彼らの姿が見えなくなった瞬間紅狼に腕を掴まれ、「いくぞ」とひっぱられた。
「っおい、待てよ、紅狼!」
 教室ではなく寮のある方向に進むおとこをとめようとするも、それはかなわない。抵抗も虚しく、彼方は部屋に帰ってきてしまった。
「おい、午後の授業が残ってんだろ。なんで……」
「うるせぇ黙れ」
 おとこから迸るのは、怒り。初めて紅狼のその感情にふれた自分は、どうしたらいいのかと戸惑うしかなかった。
 ベッドへと乱暴に投げ捨てられ、小さく呻く。のし、と覆い被さってきた体躯に今から起きることを想像し、ため息をつきたくなった。
「なんで怒ってんだ」
「……怒ってなんかねえ」
「怒ってんじゃん」
「怒ってねえ」
 子どもみたいな押し問答をしていると、ばかばかしくなってきて自らくちびるを紅狼のそれにくっつけた。おとこは、驚いた顔をする。それに愉快な気分になり「もう怒ってないってことでいいわ」とひきさがってやれば、なんともいえない微妙な表情をして彼は角度を変え、改めてキスをしてきた。
 しばらく柔らかな感触を堪能したのち、首を軽く振って口づけをほどいて訊ねる。
「……すんの?」
「する」
「授業サボってまでしたかったのかよ」
「……もう黙れ」
 彼方の問いがお気に召さなかったらしい紅狼は、今度は口を食べるようにくちびるを覆ってきて、まともな言葉を発することができなくなった。
 その日のセックスは彼方が完全に意識を飛ばすまでおこなわれた。言葉にできない想いをこめたような激しい突きあげに、ひっきりなしに喘いで何度も果てた。からっぽになってもむりやり快感を与えられたせいで射精せずに絶頂してしまった瞬間はさすがにおとことしての矜持に傷がついたが、それもすぐ愉悦の海に呑み込まれてしまう。
「彼方……っ」
 ふだん、あまり呼ばない名前をその夜おとこは繰り返し紡いだ。その声音にはなんだか不安が混じっている気がしたが、どうやったらそれをとり除くことができるのか、自分にはわからなかった。
 ただ、ひとつだけ。
 こいつに名前を呼ばれるのはきらいじゃないな、と。それだけは、自覚をした。

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