ぽつぽつ会話をしながら、食事を続ける。今日のハンバーグはジューシーにできた。大成功だ。
 高いものばかり口にしてきた自覚があるため、始める前には自炊などできるのかという不安が若干あったのだが、杞憂だった。もちろんシェフにはかなわないが、食べられないほど不味いものを錬成したことはない。とりあえず、今はまだ。
 ゆったりと流れる平穏な日常は、生徒会にいる限り無縁のものだった。あれはあれでやりがいがあったのだが、こんな日々を送るのもわるくはない。
 彼方は心からそうおもっていたが、このまま卒業まで放っておいてもらえるのかは謎だった。
 これが、嵐の前の静けさである予感はあった。だが、自分はもう決めている。なにがあっても嵐に巻き込まれてやるつもりはない、と。


 ****


 昼休みに紅狼と教室で弁当をひろげていたときのことだった。
 なんだか外が騒がしい。向かいにいるおとこも同じきもちなのか、眉が不機嫌そうに顰められている。
 原因を片づけろと彼が命令するのも時間の問題だな――と彼方が考えていると、シゲ――あとから聞いたのだが、本名は谷口茂樹(たにぐちしげき)というらしかった――が慌てたように走ってやってきて教室の扉をひらき、「五十嵐」と彼方に声をかけ、困ったような表情を浮かべた。
「なんだ?」
「転入生がおまえに会いにきてる。今、おれらのクラスのやつらに絡まれて下で足どめくらってるみてぇなんだが……」
「あいつがおれに会いに? なんでだ?」
「知らねえよ。会いたくないっつーなら追い返すけど」
 うーん、と首を捻ってみたが当然、理由はおもいあたらない。どうしたものかと紅狼をちらりと見遣れば、わずかな沈黙ののちに「おまえの好きにしたらいい」とおゆるしが出たので、会ってみることにした。
「わざわざこんなとこまできたんだ。なんか大切な用があるんだろ。会ってみるよ」
「じゃあここにつれてくるから――」
「や、おれが下にいく。ここにあいつがきたらみんながいい顔しねえだろ」
 茂樹の言葉を遮り、席を立って教室を出る。後ろから紅狼がついてきているのは、気配でわかった。
 待ってればいいのに、と呆れそうになったが、ついてきたいのならとめはしない。
 とくに急ぐこともなく外へと出れば、「あっ、会長!」と叫んだ転入生と目が合った。
「元、な。……久しぶりだな。おれに用があるんだって?」
 そちらに歩み寄ると、彼を囲んで威嚇していたおとこたちが舌打ちしつつも距離をとった。彼方のために、ではない。紅狼がいるからだ。
「そう、あの、おれ……、あんたが会長をやめさせられたって聞いて、なんかおかしいとおもってあいつらに話を聞いたんだ。けど、『あなたが心配することはなにもありませんよ』って言われちまって……。でもやっぱり納得いかなくて、いろいろ調べ回ってたら仕事をしてなかったのはあんたじゃなくて、あいつらだってわかったんだ」
 自分をリコールに追い込んだ元凶が一番初めに真実にたどりつき、自分に会いにくるとはなんという皮肉だと内心苦笑していると、「なあ!」と彼は続ける。
「おれからも会長に戻れるよう頼むから、戻ってきてくれないか? 今、生徒会が回らなくて学園が大変なことになってるんだ……。なのにあいつら、おれに会いにくるのをやめなくて、このままじゃみんなリコールされちまう」
 残酷なやつだな、と冷めた目で目の前のおとこを見つめた。彼は彼方のことなどこれっぽっちも考えてはいない。友人を守ることばかりに必死になり、自分に犠牲になれと強要していることにすら気づいていないのだ。
「それでもう一度、おれに同じことを繰り返せっていうのか? ばかばしい。そこまでしてやる義理はねえ。あいつらがリコールされるのは当然だ。おれは自分がリコールされなかったらあいつらをリコールするつもりだった。リコールを回避したいなら、おれに頼むんじゃなくてあいつらを動かせよ。仕事をさせろ。そうすれば万事解決じゃねえか」
「それができないからあんたに頼んでるんだ!」
「おれは自分の人生を狂わせたやつらを無償で助けてやるほどおひとよしじゃねえんだよ」
 淡々と返す彼方に、おとこはくしゃりと顔を歪める。
「なんだよ、あんた、あいつらの仲間じゃなかったのかよ……!」
 その言葉にきょとんとし、「ははははは!」と大声をあげて爆笑したのち、低い声で告げたのはまぎれもない本心。
「――先に、おれの信頼を裏切ったのはあいつらだろう?」
 そう。彼方は信頼していたのだ。生徒会の役員たちを。全校生徒を。
 自分がどんな表情をしているのかはわからない。だが、「友達想いの転入生」を黙らせるくらいには、ひどい形相だったようだ。
「話はそれだけか? なら、おれはこれで失礼する。もう二度と会うこともないとおもうが――学園のたてなおしができるよう、応援だけはしてるぜ」
 踵を返してひら、と手を振って歩き出した彼方を、おとこは呼びとめなかった。
 視線を感じてそれを探るようにゆるく頭を動かせば、紅狼がこちらをじっと見つめていた。
「なに?」
「……いや。さっさと戻って弁当の残り食うぞ」
「おー」
――そこで終わるとおもっていた意外な客の訪問は、ここで途切れることはなかった。
 翌日、ふたたび昼休みに外が騒がしくなった。きのうと同じように様子を見にいくと、今度は親衛隊の隊長と副隊長をしてくれていた生徒がそこにはいた。
「……今、そっちのほう大変なんだって?」
「はい。彼方さまがいなくなり、生徒会が担っていた仕事が滞り、皆が混乱しています」
「おまえらも、戻ってほしいって言いにきたのか」
 彼らには、それを求める権利がある。リコールをとめられなかったのは自分の力が不足していたせいだし、最後の最後まで尽力してくれた親衛隊の者たちにお礼も告げられなかったことは申し訳なくおもっていたのだ。
「ぼくたちは……、彼方さまがFクラスでいわれのない暴力を振るわれたり居心地のわるい想いをされていないか、心配で」
「ふたたび生徒会長になりたいと仰るのなら、ぼくらは全力で動きます。ですが、あなたさまがそれを望まないのであれば、我々がそれを望むことも勝手に動くようなこともありません」
 今も昔も変わらず、自分を心から信頼しこちらの意見を尊重してくれるふたりに感謝の想いが溢れ出す。

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